本間龍さん×白石草さん(その1)2020東京オリンピック「ボランティア」か「無賃労働」か

2020東京オリンピック「ボランティア」か「無賃労働」か

新国立競技場建設費の増大やエンブレムの盗用事件などなど、いろんな問題点が発覚しつつも、開催まであと3年を切った2020年東京オリンピック。けれど、このまま問題に目をつぶって、「オリンピック楽しみ!」な雰囲気に流されてしまっていいの? というわけで、東京オリンピックボランティアの問題に警鐘を鳴らし続けている作家の本間龍さん、オルタナティブメディア「OurPlanet-TV」などでオリンピック関連の取材経験も豊富なジャーナリストの白石草さんに、東京オリンピックをめぐる問題、あれこれを話し合っていただきました。

オリンピックボランティアはなぜ無償なのか

本間 2020年東京オリンピックについてはいろいろ論点があると思うのですが、まず取り上げたいのが「ボランティア」についてです。
 組織委員会では、開催にあたってオリンピック本体に8万人、それ以外の都内の都市ボランティアが1万人、あわせて9万人のボランティアを募集するとしており、これらはすべて無償。応募条件は「10日以上活動できる方」で、大会の成功に向けて「情熱を持って最後まで役割を全うできる方」、そして「お互いを思いやる心を持ちチームとして活動したい方」です。そういう人材を9万人、無料で使おうとしているわけで、それはおかしいんじゃないかということを、僕はこの2〜3年ずっと指摘してきました。
 というのは、1984年のロサンゼルス五輪以降、オリンピックは毎回多額の協賛金を集めて運営されるようになっており、今回の東京五輪ではすでにスポンサーが43社。ざっと見積もっても4000億円くらいの協賛金が集まっているはずなんです。にもかかわらずボランティアは無償というのはあまりにおかしいのでは、と思うんですね。
 白石さんは東京オリンピック関係の現場もたくさん取材されていると思いますが、この問題についてはどうお考えですか。

白石 もちろん、本来はきちんと対価を払って、コストをかけてスタッフを整備すべきだと思います。中にはすごくハイレベルな──道案内レベルではなく運営にかかわるような通訳の仕事さえ、ボランティアに頼りかねない状況のようですし、そういう意味でプロフェッショナルの仕事を尊重していない運営だと感じますね。
 そして、それは多分、単純なコストだけの問題ではないんでしょうね。スタッフとしてきちんと雇用するとなると、まず採用が大変だし、労災保険に入ってとか、最低賃金はとか、残業代はどうするんだとか、雇う側としてはいろいろ責任も生じてきます。それがボランティアだと、労働者みたいに法律で守られるわけではないから、かなり自由に使えますよね。そういう意図もあるんじゃないかと思います。
 ちなみに、現地までの交通費とかは、どうなるんですか。

本間 自己負担だそうです。もちろん宿泊費も出ないし、1〜2年前からはボランティア説明会や研修会などに参加しなければならないのですが、その際の交通費なども自己負担。だから無償どころか、実は参加するのには膨大なお金がかかるボランティアなんです。
 もちろん、オリンピックのたびに開催地に駆けつけてボランティアに参加している、それが趣味で生きがいみたいな人は世界中にいるし、それはそれでいいと思います。その人たちは生活にある程度余裕もあるだろうし…ただ、僕が言いたいのはそこに「搾取のシステム」があるんじゃないか、ということなんですね。
 募集要項には書かれていないけど、オリンピックのボランティアの仕事ってものすごく過酷です。特に、今回のオリンピックが開かれるのは真夏で、酷暑の中を何時間も働かなきゃいけない。「選手の近くにいられるならいい」と思って参加する人もいると思うんだけど、そういうポジションに付けるのはせいぜい2〜3割。残りの人は誘導とか駐車場案内とか、外で観客をさばく係に回されることになるはずで、ほとんど騙されているようなもの。それですべて無償というのは、やっぱりちょっとおかしいんじゃないかと思います。

白石 たしか今回のオリンピックは、アメリカでの放送時間の関係で、ほとんどの試合の開催時間が朝早くか夜遅くなんですよね。ボランティアもそれに合わせるとすると、早朝集合、深夜解散みたいなすごく不規則なスケジュールになるはず。帰り道に事故や事件に巻き込まれたりなんていうことがあったら、誰が責任を取るんだろう、とも思いますね。

本間 あと、これだけの人数のボランティアを一度に動かすイベントというのは、日本でこれまでになかったこと。うまくオーガナイズできるのかという問題もありますよね。白石さんは、ボランティアのスタッフと一緒に活動される機会も多いと思いますが、どうですか。

白石 これも、雇用関係であれば、それぞれのポジションに見合った人だけが採用されるんでしょうけど、ボランティアにはとにかくいろんな人が混ざっています。体力のある人も、ない人も当然いる。私の経験からいっても、その多様な、しかも初めて顔を合わせた人たちをうまくオーガナイズするには、かなりのテクニックが必要です。それを毎日、しかも一つの場所ではなくて分散した会場で続けなくてはならないわけで…。かなりチャレンジングなことだと思いますね。

本間 チャレンジングというよりも、何が起こるのか、怖いですね。

「ボランティア」という名の強制労働?

白石 それにしても、「10日以上活動できる方」って、そんなにまとまった期間、仕事を休んで参加できる人がそれほどいるんでしょうか。

本間 一番希望者が多いのは高齢者でしょうが、酷暑の中で活動するのには無理があるから、おそらく組織委はあまり使いたがらないと思います。スポンサー企業もおそらく社員に「ボランティア休暇」を取らせて参加させるでしょうけど、一番のねらいは学生でしょう。組織委員会の基本計画書にも、学生をボランティアに参加させるためにいろいろ施策を打つ、ということが書いてあります。

白石 そうですね。主に大学生でしょうか。特に、スポーツをやっている学生は縦のつながりがあるから、動員しやすいでしょう。

本間 でも、学生だからただでいい、とは言えないですよね。そもそもボランティアという言葉自体が、別に「無償」の意味ではないはずなんですが、日本ではなぜかそこがイコールになってしまっている。

白石 本当はボランティアって、ボランタリー(自発的)に何かの活動にコミットするということですから、有償のボランティアだってもちろんあり得るんですが、なぜか日本ではボランティアで報酬を得ることに対する批判的な空気がありますよね。NGOやNPOも、職員はあまり稼いじゃいけないみたいな雰囲気がある。

本間 いつからそんなふうになったんでしょうか。

白石 ボランティア論みたいになっちゃいますけど、考えてみればPTAとか消防団とか、日本に昔からある「ボランティア団体」的なものって、ある種の国家や行政の下にある組織がほとんどなんですよね。仕事じゃないけど、でもそこに行くのは自発的というよりもある種の強制。地域の草刈りとかもそうですよね。そういう、「無償奉仕」みたいなあり方が戦前からインプットされているから、強制的に動員されることへの抵抗感は弱いのかもしれないと思います。逆に言えば「労働の権利」に対する意識も低い。
 東京都立の高校には、オリンピック招致と同じタイミングで高校に「奉仕」という授業ができたんですけど、あれも一種の強制だし、そう考えると日本社会って結局、市民の本当の意味での自発的な「ボランティア活動」はしてほしくないんだと思います。

本間 本当の意味での「ボランティア」ね。

白石 そう。自由に自分の頭で考えて、やりたいことに主体的に取り組むという「ボランティア」はやらせたくない。そうじゃなくて、国家や行政、企業の下請けのようなことを強制的にやらせたい。居酒屋チェーン会社のワタミで、過労自殺した新入社員が「ボランティア」の名目で休日出勤させられていたという話がありましたけど、あれみたいなものですよね。ボランティアの名を借りた無償労働。
 「ボランティア」というとあたかも社会的に「いいことをしてる」という美しいイメージですけど、それに惹かれて行ったら、待っているのは単なる強制労働…という。

本間 今回のオリンピックのボランティアもそうかもしれない。

白石 本当は「ボランティアの名を借りた無償労働に参加しませんか?」ですよね。

本間 ちゃんとそう言うべきですね(笑)。

ボランティアが「非国民」をあぶり出す装置に

白石 問題は、そうして「ボランティア」という名の下に多くの人──主に学生たち──が動員されるということになったときに、行きたくない人が「参加したくないです」と言えるかどうかだと思います。
 これから、各地でオリンピックのプレイベントなども行われるだろうし、「オリンピック成功させよう!」という空気がどんどんつくられていく。気が付けば多くの人がそこに取り込まれていって、ボランティア参加を拒否するなんていえば「なぜ協力しないの?」と詰め寄られるようなことにもなるかもしれない。オリンピックに反対する人──いわば「非国民」をあぶり出す装置としてボランティアが機能してしまうのかもしれません。

本間 組織委員会と連携協定を結んだ一部の大学では、オリンピックボランティアに参加することで単位が取れる、なんていう話も出てきていますしね。そうなると「参加して当然」という雰囲気になっていく。

白石 そう考えると、このボランティアの問題には、やっぱり二つの側面があるんですよね。一つは、本間さんが指摘されたように、これだけ協賛金を集めておきながら、市民をボランティアとして利用することでコストを下げようとしているという問題。そしてもう一つが、今述べたような国家主義的な問題です。ナチスドイツ時代のオリンピックでも、非常に「ボランティア」が重要視され、市民が主体的に国家に協力するという形をつくるためにオリンピックが利用されています。
 「主体的に協力」というのでは、選手村の建物の建設に使う木材を、全国の自治体に無償提供してもらうという話もありましたよね。

本間 加工費も輸送費も各自治体の負担で、もちろんそれは地元の人たちの税金でまかなわれる。つまりは単なる供出なんだけど、なんだか「いい話」みたいになっていますね。

白石 これも、もちろんコストカットの意図もあるんでしょうけど、それだけじゃないですよね。戦時中にみんなが戦闘機の材料として鍋とか釜を供出したようなもので、忠誠心を問うというか。「ここの自治体は出した、ここは出してない」みたいに、ある程度参加せざるを得ないような空気がつくられていく気がします。
 これから、オリンピックに関してはあらゆる面でそういう雰囲気ができていくんじゃないでしょうか。みんなが一体化して高揚感があって、というのは一度中に入ってしまえば非常に楽しいし、意識しなければ自然と取り込まれていくと思う。

本間 オリンピックの広報などをすべて取り仕切っているのは、広告代理店の電通ですけど、そういう雰囲気作りはまさに電通が得意とするところ。すでに各地でカウントダウンイベントなどが始まっているし、みんなが参加したくなるようなムードを着々とつくっていくと思います。

(その2へ続く)

本間 龍(ほんま・りゅう)著述家。1962年、東京生まれ。博報堂で18年間、一貫して営業を担当。2006年同社退職。2006年同社退職後、在職中に発生した損金補填にまつわる詐欺容疑で逮捕・起訴され、1年間服役。出所後、その体験をつづった『「懲役」を知っていますか?――有罪判決がもたらすもの』(学習研究社)で作家デビュー。その後、博報堂時代の経験から、原発安全神話を作った広告を調査し原発推進勢力とメディアの癒着を追及。また、東京オリンピックなど様々な角度から大手広告代理店のメディアへの影響力の実態を発信するなど、幅広く活動している。『メディアに操作される憲法改正国民投票』(岩波ブックレット)、『原発広告』(亜紀書房)、『原発プロパガンダ』(岩波新書)など著書多数。

白石 草(しらいし・はじめ)オルタナティブメディア「OurPlanet-TV」代表。番組制作会社を経て、東京メトロポリタンテレビジョン入社。ビデオジャーナリストとして、ニュース・ドキュメンタリー番組の制作に携わる。2001年に独立し、同年10月OurPlanet-TV設立。著書に『ビデオカメラでいこう〜ゼロからはじめるドキュメンタリー制作』(七つ森書館)、『メディアをつくる〜「小さな声」を伝えるために』(岩波ブックレット)ほか多数。