第432回:2017年を振り返る。の巻(雨宮処凛)

第432回:2017年を振り返る。の巻

 2017年も終わりに近づいている。

 今年を振り返ってみると、年明けそうそう衝撃を受けたのは小田原市の「保護なめんなジャンパー」事件だ。ご存知、小田原市の生活保護担当職員が、「保護なめんな」「不正受給はカス」などと英語やローマ字でプリントされたジャンパーを勤務中に着用していた問題である。

 この件に関しては発覚後、すぐに「生活保護問題対策全国会議」が小田原市に申し入れ。私も会員の一人として申し入れに参加した。小田原市では報道や申し入れを受けてすぐに「生活保護行政のあり方検討会」が設置され、再発防止や改善策が話し合われた。人権意識が問われるような事件だったが、評価できる点はこのようにすぐ検討会が設置され、議論が始まったこと、その委員の中に元生活保護利用者がいたことなど。検討会は4回の会合を経て報告書をまとめた(詳しくはこちらで)。また、役所用語満載でわかりづらかった「保護のしおり」も改訂されるなど、大きな見直しが行なわれた。

 そうして始まった17年。同じ1月には「ニュース女子」問題も注目された。高江のヘリパッド建設に反対する人々に対して、誹謗中傷を繰り広げた番組が放送されたという問題だ。保護なめんなジャンパーと合わせて、「ここまで来たか」と思わせるような出来事だった。

 そんな1月には、アメリカでトランプ政権が誕生。就任そうそう、アフリカや中東など、7カ国出身者への一時入国禁止令を出し、世界中が批判の声を上げた。私は今年2月の原稿で、以下のように書いている。

 「入国禁止の大統領令に、『ひどすぎる…』と怒りに震えながらも、どこかで次のように思っている自分もいる。こういうことが繰り返され、そのうち麻痺していくんだろう。麻痺させられていくんだろう。いろんなことに。みんな、それぞれの生活があるわけだから。
 それが、怖い。だから今のこの気持ちを書いておきたい。きっと1年後、トランプ氏がアメリカ大統領として君臨する世界での私の思考は、微妙に、だけど確かに変わっている。そして一人ひとりが、知らず知らずに鈍感にさせられていく。メディアも含め、よほどのことがないと『またか』で終わらせてしまうようになる。その鈍感さが、いつか取り返しのつかない事態に繋がらないと誰が言えるのだろう。実際、大統領選の間でさえ、耳を覆いたくなるような差別的発言に、世界は随分『慣らされて』しまった。よほど自覚的でいないと、その『慣れ』に抗うことは難しい」

 そして2月、安倍首相とトランプ大統領によって、初めての日米首脳会談が開催される。が、そこでは辺野古への新基地建設が「唯一の解決策」と確認され、安倍首相は「一時入国禁止令」については何も言わず、ゴルフしてご飯食べて、「私の腕前は残念ながら大統領にはかなわない」とかお世辞を言って終了。そうして2月からは森友学園問題が浮上し、その後加計問題も発覚してずーっと問題となり続け、今現在も政府の説明に「納得できない」人が8割を超えるわけだが、いまだにマトモな説明はされないまま国会は閉じた。そんな森友問題のキーパーソンである籠池夫妻は8月に逮捕され、現在も勾留されたままだ。その一方で、加計学園は来年春に開校され、12月には特別推薦入試も始まったというのだから驚きである。

 4月、トランプ政権はシリア攻撃に踏み切る。国連決議もないままの攻撃は「国際法違反」という批判が世界中で高まったわけだが、安倍首相はいち早く「支持」を表明。

 6月には、多くの反対の声を押し切って共謀罪が強行採決される。秘密保護法、安保法、そしてトドメの共謀罪が強行採決となったわけだが、成立してしまえば報道も運動もどうしても下火になるので安倍政権の思う壷という状況だろう。だからこそ、ことあるごとに書いていきたい。

 さて、7月の都議選最終日には、安倍首相は「安倍やめろ」コールを上げた人々に「こんな人たち」と発言。露呈したあまりの器の小ささに支持率は一時期3割台まで下がった。が、9月、突然の衆院解散、総選挙。「希望の党」の登場とその後のゴタゴタの果て、立憲民主党の結成などもあったが、やはり与党は「圧勝」をおさめる。そうして現在、安倍政権の支持率は5割近くまで回復しているというわけだ。安倍政権は、おそらく「忘れっぽい人」に支えられている。

 そうして12月に入ってから、トランプ大統領は突然エルサレムをイスラエルの首都と認め、アメリカ大使館をエルサレムに移転するとブチ上げる。この原稿を書いているのはそれから数日後だが、既に大混乱の状態だ。パレスチナをはじめ、エジプトやヨルダン、イラン、インドネシアなどで抗議デモが行なわれ、既に多くの死者も出ている。

 一体、世界はどうなってしまうのか。北朝鮮問題も含め、トランプ大統領という一人の人間にヒヤヒヤさせられっぱなしの1年だったし、緊張は今後更に高まっていくだろう。トランプ大統領に投票した人って、この辺、どう思ってるの? と問いつめたいのは私だけではないはずだ。

 なんだか絶望的な気分になってくるが、嬉しいこともあった。

 それは核兵器廃絶を掲げる国際NGO「ICAN」がノーベル平和賞を受賞したこと。数日前、PEACE BOATの忘年会で「これからオスロの受賞式に出席する」という川崎哲さん(「ピースボート」共同代表で「ICAN」の国際運営委員)と会い、「#YesICAN」のプラカードを一緒に持って写真を撮った。本当に草の根の活動をしてきた身近な人が「核兵器廃絶」というテーマでノーベル平和賞を受賞するという喜び。その一方で、唯一の被爆国である日本は核兵器禁止条約の批准に参加していないという残念感には溜め息しか出てこない。

 さて、もうすぐ17年が終わる。

 年末には、ホームレス状態の人々の炊き出しを回る予定だ。来年は、貧困が大きく注目された「年越し派遣村」から10年。10年経って思うのは、この国の多くの人々が「貧困」に麻痺し、慣れてしまったということだ。「そんな時代なんだからしょうがない」というような諦め。しかし、諦めと思考停止からは何も始まらない。

 諦めと、麻痺と慣れに抗うためにできることは、知り、考え、発信していくことだと思う。面倒だけど、それだけは手放したくない。

ノーベル平和賞を受賞した「ICAN」の川崎哲さんと
ノーベル平和賞を受賞した「ICAN」の川崎哲さんと
雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。