第78回:逆境に向き合い続ける力~続く事故・進む埋め立て~(三上智恵)

三上智恵の沖縄撮影日記

 「オスプレイは8ヶ月で7回も事故を起こした。これからも起きるとしか思えない。だったらもう止めるしかないです。普天間を即時閉鎖し、県外国外に持って行ってもらう。辺野古は造らせない!」

 稲嶺進・名護市長の声に万雷の拍手が重なる。今月15日、オスプレイが落ちて1年という節目に開かれた抗議集会。場所は名護市の室内運動場。去年の墜落直後、しかも高江のヘリパッド完成を祝う日にぶつけた、あの怒りと熱気の抗議集会と全く同じ場所で行われた。

 同じ空間に立ち、また怒涛のように過ぎていくこの1年を思う。今月だけでも、幼稚園に米軍ヘリの部品が落下し、翌週にはCH53型ヘリの窓が窓枠ごと小学校の校庭に落下、児童が怪我をした。そのCH53は今年10月、高江の民家の近くに不時着・炎上したものだ。なんだって落ちてくる。宇宙空間を飛ぶ北朝鮮のミサイルじゃなくて、米軍ヘリの航路の真下に順番にJアラートを鳴らすべきだ。避難のし甲斐があるってもんだ。

 しかし、なんの予告もなく、1年前にヘリパッドが完成した高江では昼夜を問わず、轟音をとどろかせて本格運用が始まっている。辺野古は、といえば、新基地建設工事が再開されてちょうど1年。海の埋め立ても進行した。そして先島に新たに配備される自衛隊のミサイル基地に向けた工事も、宮古島では今年10月末についに着手されてしまった。

 この1年、民意を無視し、安全を無視し、沖縄県民は今後もずっと防波堤の島で生きていけとばかりに軍事要塞化を進めていく政府。これに対して県民は、去年よりもずっと怒って、会場がはちきれるほど結集しなければならなかった。しかし、そうはならなかった。主催者発表3000人という熱気は、私には感じられなかった。もう、怒り疲れたのか。集まり疲れたのか。逃げたくなったのか。何かが下降線をたどっていることだけは隠しようがなかった。

 今回の動画は、抗議集会の後に、どれだけ辺野古の埋め立てが進んでいるのか取材したものをつないだ。この映像は、撮影はしたものの、出すかどうか迷った。あまりにも一目瞭然、海が埋められる場面をクリアに撮ってしまって、何度も見た私でも正視出来ない動画になってる。こんなのを全国の人に見せたら、「ああ、もうこりゃだめだ」なんて簡単に烙印を押されてしまいそうで、そんな逆効果な映像をネットに上げるのはどうなのかと、しばらく悩んでいた。

 もちろん、沖縄に住んでいて新聞をとっていれば、工事が再開されてこの1年の間、日々少しずつ辺野古崎の原型が変わっていく様子はわかっている。しかし、これまでは毎朝真っ先に見ていた「昨日の辺野古報道欄」を、ほかの記事をサッと見てから、ひと呼吸して、エイヤっと見るようになっている自分に気づいた。覚悟がいるのだ。一言でいえば、見たくない、向き合いたくない。

 止められないのは誰のせい? 自分にできることは? もしかしてそれをさぼってる? と毎朝自分に突きつけることになるから、それを伝えるのが仕事の私でもつらいことは後回しにしたい。来年夏公開の次回作の撮影が大変で、また先島のこともやってて、本土に広める活動もしていて…と、自分が辺野古に行く回数が減っている理由を探して反芻してみる。自分を肯定する材料を集めてみても、おばあは今日も座っているのに、由里船長はまた早起きして船を出しているのに、私は…。と苦しくなる。そして、ゲート前の人数が減っている理由の一つに、私のように逆境に向き合う力がハンパで途切れがちなヘタレの存在もあるのだろうと想像する。

 先日、私の映画の上映会で配られていたパンフレットに「完璧な形の辺野古崎」の空撮が写っていた。雲の間から、青い海に突き出す美しい三角形の岬が、その淵にある亀が産卵する砂浜が、20年前と変わらない姿で納められていた。醜いオレンジ色の浮きもオイルフェンスもない紺碧の海。私の心の中にしかもう残っていないはずの本来の大浦湾と辺野古崎。

 「これいつ撮ったんですか?」思わずパンフを製作した女性に聞いてしまう。

 「ちょうど1年前、沖縄から帰る飛行機が運よく辺野古の上を通ったんですよ」

 そうか。去年の「サンシンの日」から工事が中断して、夏には浮きもなくなって、12月に工事が再開されるまでの、つかの間の穏やかな辺野古の海。彼女は奇跡的に飛行機の窓からその最後の姿を、ヘリよりも高い地点から、しかも雲に邪魔されずに撮ったんだ。すごい。なんて美しいんだろう。どれだけこの海に通ったことか。どれだけ水中から、波の上から、櫓の上から、ヘリから、その姿を撮影して報道してきただろう。そして、私はその姿かたちを守れなかったんだ。今回の動画の空撮をした直後だっただけに、私はそのパンフを見ながら、しばらくポタポタと涙を落としていた。

 かなわない夢を見る。達成できない目標に挑む。勝てない相手と戦う。それはどんな人間も不得意だ。達成感も喜びもそこにはない。心が折れて終わり。それが見えているなら、そんなものに乗り出すのはつらいだけだ。落ちるとわかっていて東大を受けて、やっぱり私は偏差値が低いんだと、わざわざ確認する馬鹿はいない。日米両政府を向こうに回して、勝利の日など簡単に来るはずがない。辺野古に行けば、トラックを止めて、搬入をあきらめさせて、土砂の投入が止められますよ。おごれる政府をくじく、確かな手応えも感じることができますよ、それならいい。頑張れる。でも埋められていく海を、300台近く通り過ぎるトラックを見送るしかないという光景は、そりゃ毎日見たいはずがない。かといってあきらめたくはない。さあどうするか。

 きっと今からは、人間が持つ能力の中でも最も大事な力が求められているのだと思う。想像力、哲学、人生観、文学…もっと上等な人間力が必要になるんだと思う。歴史を読み込んで未来を作っていく力とか、喜んでその一つのパーツになろうと思う価値観とか、誰かの思いを引き受ける幸福感とか、とにかく私ができていないのだから言葉を紡ぎだすことは難しいのだが、人間が生きる上でとてつもなく大切な何かをつかみ取る力のことを、私は表現したいのだ。そういうものを身に着けて立ち向かっていかないとかなわないし、そうしたいと思う。

 どうしたらいいのか。わかれば苦労はないが、ヒントはやはり現場にあると思う。その能力に長けた人たちが現場にはたくさんいるのだ。私の映画に登場する人たちを見たらわかってもらえると思う。なぜかみんな軽やかにそれを持っている。たぶん私は彼らを真似したい、学びたいからしつこく付きまとってカメラを回しているのだ。

 否定的なことを言うのは簡単だ。
 肯定的な言動をつづけるのは難しい。

 わかっている。ネガティヴな発信しかできない人に、事態を打開する力はない。警鐘を打ち鳴らすだけでは人は耳をふさいでしまう。理不尽な状況をこれでもか、これでもかと映し出すだけでは目を背けられてしまう。大衆は弱いものだ。病んでいく社会を突きつけられたら、スマホの中の仮想空間に逃げ込んでしまう。わかってはいるが、わたしが精いっぱい希望を盛り込んで映画を作っても、今年の最新作『標的の島 風かたか』でさえ、見るのがきついと言われてしまう。これをどう乗り越えるかが私の最大の課題なのだろう。

 と言いながら、実は今、私は真逆のコースを辿っている。来年初夏の公開を目指して、沖縄戦のドキュメンタリーを作っている。なぜ今ごろ沖縄戦なのか。証言者も激減した中でいまさら何を伝えられるのか。それはまた稿を改めてじっくりお伝えしたい。ただ、今わかるのは、めちゃめちゃ暗いもの、救いのないものを作っているということだ。今、全国で自主上映が進んでいる『標的の島 風かたか』がきついというなら、今度のはきっと誰も見に来てくれないだろう。それならいっそ、もうみんなに嫌われるほどネガティヴを極めてみようかとも思う。どの映画館も公開してくれないかもしれないという恐怖と日々向き合いながらも、だんだん開き直ってきた。毒をもって毒を制す、残酷な戦争の実態をもって次の愚かな戦争を止める。そのための抗がん剤のような映画になれたらと思う。

 この数ケ月、沖縄戦の資料と体験者のインタビューばかりで過ごしてきたから、今、山を見ても、海を見ても72年前の光景がだぶる。私の魂は2017年にいないなと思う。背丈より長い銃を背にこの山を駆け抜けた少年兵の足音が、毒薬を歯に挟んで沖の軍艦に突っ込んでいく15歳の特攻艇乗りが、還らぬ息子を思って山を彷徨う母の姿が、リアルに私の前に現れるから、作らないといけないんだと思う。伝えないといけないんだと思う。全国を回りながら、だから作らせてくださいとカンパをお願いしている。ありがたいことに、徐々にではあるが応援もいただいている。想いは溢れているけれど、なにせ映像がないし、再現VTRを作る予算もない中で、いったいどこまでできるのか顔面蒼白の年末である。

 が、ここだけはポジティブにいく。きっと来年春にはなんらかの、モノをいう作品ができているでしょう。たぶん。間違いなく…ホントかな?

 なので、マガジン9を読んでくださっている皆さんに、この場をお借りしてお願いさせていただきます。次の映画も、ぜひ応援してください。前作も前々作も、マガジン9経由のカンパが大きな支えになりました。これに懲りず、今回も温かいご声援とご協力をどうぞよろしくお願いいたします。

 今年もお世話になりました。皆さんもどうか、私に負けずチャレンジャブルで、アグレッシブな(?)、新たな可能性に満ちた素晴らしい2018年をお迎えください。

三上智恵・大矢英代 共同監督
ドキュメント「沖縄裏戦史」(仮)
製作協力金カンパのお願い

今まで沖縄戦の報道に取り組んできた三上智恵・大矢英代の2人の女性監督が、封印されてきた沖縄戦の「裏」に迫り、戦後72年経って初めて語られ始めた事実を描き出す。ドキュメント「沖縄裏戦史」(仮)は、2018年春完成予定・18年夏劇場公開予定で製作を開始しています。製作費確保のため、皆さまのお力を貸してください。いただいた製作協力金は、「沖縄裏戦史」(仮)の製作費として活用させていただきます。

【製作協力金カンパ内容】
◎製作協力金10,000円以上、ご協力いただいた方(もしくは団体)は、映画ホームページにお名前を掲載させていただきます。
◎製作協力金30,000円以上、ご協力いただいた方(もしくは団体)は、映画エンドロール及び、映画ホームページにお名前を掲載させていただきます。
◎映画ホームページもしくは、エンドロールへの掲載を希望される方はお申し込みの際にお知らせ下さい。ご連絡先が無く、お振り込みされた方の情報に不備があった場合には、お名前をご掲載出来ないこともございます。よくご確認の上、ご記入いただけますようお願いいたします。エンドロール掲載希望のお知らせ方法など、詳しくはこちらをご確認下さい。

■振込先
郵便振替口座:00190-4-673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎銀行からの振込の場合は、
銀行名:ゆうちょ銀行
金融機関コード:9900
店番 :019
預金種目:当座
店名:〇一九 店(ゼロイチキユウ店)
口座番号:0673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

三上 智恵
三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。 (プロフィール写真/吉崎貴幸)