第17回:「沖縄差別」から「沖縄ヘイト」への変質(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 淋しい1年だった…

 風が冷たい夜は、なにか物悲しい。だから、ぼくは冬の夜は嫌いだ。あまり出かけたくないと思う。でも今年は、夜の外出がとても多かった。用事で出かけるのは仕方ないけれど、寒風の駅に帰り着くと、急にさみしさがこみ上げてきたりする。
 別れの多い年だった…。

 会社を辞してからもう11年が過ぎた。やりたいことのメニューは一応そろえていたのだが、どれもうまくは行かなかった。
 ため込んでいた物語を完成させること。でも、なかなか思いはそこへ向かわず、みんな書きかけのまま。
 たくさんの旅をすること。でも、いちばん多かったのは、ふるさとへの旅。おふくろの見舞いが主な目的だった。そのおふくろも、2011年のあの東日本大震災のちょうど1週間前に旅立った。
 かろうじて死に目には会えた。もしあの大災害が数日遅ければ、ぼくは東京へ戻れなかったろうし、もっと遅ければ、死に目に立ち会うこともできなかったろう。遠くに暮らす子どもたちへの、おふくろの最後の心遣いだったのかもしれない。
 今は、96歳の義母。カミさんは毎日必ず、母のもとへ通う。だから、1、2泊くらいしか家を離れられない。一緒にいっぱい旅をしよう、というカミさんとの約束はかなり難しい。そろそろ「老々介護」だし。
 だからいつも夫婦そろって行っていた沖縄へは、最近はぼくがひとりで行くことが多い。

安倍首相への沖縄のまなざし

 沖縄は悲しい。このところの米軍機事故は、ひとつ間違えば悲惨な結果につながりかねない危険をはらむ。やたらに不具合を起こすオスプレイ。落下物の絶えない米軍ヘリ。
 米軍の幹部は決まってこう言う。
 「機体には何の不具合もない。整備不足かパイロットの人的ミスである。今後は十分に注意して事故を防ぐ」
 こんなデタラメな言い訳を、日本政府はすぐに追認してしまう。だがよく考えてみれば、この言い分のほうがよっぽど危険だ。
 「整備ミスやパイロットの操縦ミス」だとするなら、どんなに精密な機体であっても、事故は必然だということになる。人間が動かすのであれば、絶対に事故は防げない。だから沖縄は(いや、それ以外だって)、米軍基地がある限りいつだって危険と隣り合わせなのだ。
 米側のヘリクツを唯々諾々と受け入れる日本政府にとっては、県民住民を守ろうという意識よりも、アメリカの機嫌を損ねないことのほうが、よほど大事なのだろう。
 「あなたはどこの国の総理大臣なのか」
 今年の夏、被爆者たちがそう安倍首相につめ寄ったように、翁長雄志沖縄県知事も沖縄県民も、安倍首相に向かってそれを叫びたいに違いない。だが「非武の民」は胸のうちは煮えくり返っていても、言葉を飲み込む…。
 慰霊の日の式典に沖縄を訪れた安倍首相を見つめる翁長知事以下の参列者たちの、怒りに燃えた眼差しをとらえた1枚の写真。それが今年の東京写真記者協会賞グランプリを受賞したのは記憶に新しい。あの写真を、果たして安倍首相は見ただろうか。見たとして、何を感じただろうか?

愕然とする米軍機事故の多さ

 このところの米軍機事故の多さはただ事ではない。ぼくが調べられた限りの事故を一覧表にしてまとめてみた。始まりはやはり、昨年末のオスプレイの墜落事故だった(沖縄タイムス、琉球新報、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞などによる)。

【2016年】
12月13日  名護市安部海岸にオスプレイ墜落、大破
同日     普天間飛行場にオスプレイが胴体着陸

【2017年】
1月19日   嘉手納基地所属米軍F15戦闘機が燃料漏れで緊急着陸
1月21日   米軍のAH1攻撃ヘリがうるま市伊計島の農道に不時着 
3月8日   宜野座村で米軍ヘリUH1から車のタイヤが落下
6月6日   伊江島米軍補助飛行場にオスプレイ不時着
6月10日   鹿児島県奄美空港にオスプレイが緊急着陸
8月5日   オーストラリア東部沖で普天間飛行場所属のオスプレイ墜落、米兵3名が行方不明
8月28日   山口県岩国基地にオスプレイが白煙あげて不時着
8月29日   上記のオスプレイが大分空港に不時着、炎と白煙
       (なお、上記の機体は伊江島に不時着した同機)
9月29日   石垣空港にオスプレイ2機が緊急着陸
10月11日  東村高江地区の牧草地に米軍ヘリCH53不時着炎上
11月22日  嘉手納基地から発進の空母ロナルド・レーガン艦載機C2輸送機が洋上で墜落、米兵3名が行方不明
11月30日  米軍F35戦闘機が機体からパネルを洋上に落下
12月7日   宜野湾市の保育園の屋根で米軍ヘリCH53の部品発見
12月13日  普天間第二小学校の校庭に米軍ヘリCH53の窓枠落下

 ほんのわずか1年ほどの間に、これだけの事故が起きているのだ。一部には「人命への危険を避けて不時着するのはすばらしい操縦技術」などと逆にパイロットを称賛するような意見まであるけれど、それはたまたま運がよかっただけにすぎない。
 単純明快に言えるのは「米軍基地がなければ、少なくともこれらの事故は起きていない」という事実だ。それでもなお「沖縄は安全保障のために日本国の犠牲になれ」というのだろうか。まさにそれこそが「沖縄差別」の根源というものだ。
 

「弱者」から「抵抗者」への、ヘイト対象の移動

 「沖縄差別」は、最近では「沖縄ヘイト」ともいえるような惨状を示している。ほんとうに最低の連中が、沖縄の人たちの傷口に塩を塗りこむような罵倒非難中傷を投げかけている。まるで、学校でのよってたかってのイジメを連想させるような酷さだ。
 いわく、
「保育園や小学校への米軍機からの落下物は、自作自演だ」
「だいたい、基地のそばに学校を建てたり住んだりするほうが悪い」
「基地のおかげで生活しているのに、文句を言うな」
 こんなことを言う連中は「弱い者イジメは人間としてしてはならないこと」という人間の最低限の矜持さえも失ったのか。つまり、もはや人間であることを放棄してしまった連中といっていい。
  「基地のそばに学校を建てたほうが悪い」などとよく言えたものだ。普通の人間の感覚なら「住民を追い出して基地を造った米軍がひどい」というほうがまともだろう。
 翁長雄志沖縄県知事は、怒りを通り越したような哀しみの表情で、小学校への落下事故へ誹謗中傷に関し、こう述べている。

 目の前で落ちて、誰がどう見ても明らかなものにも『自作自演』とくること自体が、今までにはない社会現象だ。中傷は基地問題だけではなく、弱者に向かってくるような傾向が日本国全体でもある。歴史的にも、他の都道府県には日米地位協定の最前線の苦しみが分かってもらえない。

 今までにない社会現象……。翁長さんに、そこまで言わせてしまう“本土”の人間という存在。
 いくら説明しても、いくら訴えても、いくら憤っても、政府も他の都道府県も、何も反応してくれない。反応しないどころか、ますますの基地負担を押し付けてくるばかり。そして「その見返りが『沖縄振興予算』なんだから、十分に潤っているだろう」などと見当違いの意見を述べる。
 はっきり言えば「沖縄振興予算」というのは、陽炎のようなもの。実質は、他の自治体ではそれぞれの関係省庁からの予算として分類されているものを、沖縄では一括してまとめてそう呼んでいるだけだ。
 県と市町村を合計した普通会計決算ベースでは、人口1人当たりの国庫支出金と地方交付税の合計額は全国5位だし、国庫支出金は計3883億円で全国10位に過ぎない(2015年度分)。それすらも、2018年度予算案では前年より170億円も減額されているのだ。
 どう言い逃れしようと、この予算減額が「米軍新基地反対」の姿勢を崩さない翁長県政と沖縄県民への報復であることは間違いない。

 最近のネット右翼の沖縄に対する言動は「沖縄差別」を越えて、もはや「沖縄ヘイト」の域に達したというべきだろう。彼らは「在日」という弱い立場の人々から、今度は「沖縄」という安倍政権に抵抗する人々へ「ヘイト」の対象を移し始めたのだ。
 弱者から抵抗者への「ヘイト対象」の移動。それはつまり、安倍政権に逆らう者は叩き潰せというメッセージにほかならない。
 それこそが、2017年が見せた「この国の劣化」の道筋だったのだ。

 今年最後のコラムに、こんな切ない文章を書きたくはなかった。でも、どう思い起こしてみても、2017年が、やさしく楽しい年だったとは思えない。劣化する政治、憎悪と卑しさが、なぜか日本ばかりではなく世界を覆った年だったように思えてならない。
 年末には、毎年のように「来年は、良き年でありますように…」と書くのだが、この年末は、心から、胸の奥から、そう願わずにはいられない。

 みなさんにとって、そしてぼくにとっても、来年がほんとうに、ほんとうにほんとうに「良き年」でありますように…。

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。