森永卓郎さん×井上智洋さん(その3)BI導入と「働く」価値観の大転換で、ディストピアをユートピアに

 近年、加速度的にテクノロジーの進歩が進み、2030年には汎用人工知能開発の目処がたち、第4次産業革命が起きる、との専門家の見立てがあります。人間と同じような知的なふるまいをするAIが登場するのも時間の問題です。そうなった時、雇用はどうなる? 私たちの生活はどうなる? 経済システムの構造はどのように変化する? とさまざまな疑問や不安が渦巻きます。近未来は、あらゆる人々が豊かで平和に暮らすことのできるユートピア社会なのか、それとも一部の資本家とAIに支配される超格差で不平等なディストピア社会になるのか?
 マクロ経済の専門家であり、AIと未来社会に関する著書のある森永卓郎さんと井上智洋さんに、アベノミクス6年目の現状の把握から、近い将来に起こるべく大きな社会転換に備え、納税者で有権者である「市民」が知っておくべき問題や考えておきたい課題について、わかりやすく語っていただきました。3回に分けてお届けします。(その1 その2

BI導入と「働く」価値観の大転換を

編集部 昨年から今年にかけてマスメディアでは、AI(人工知能)をめぐる記事が非常に多く見られました。

井上 AIと人間は共生できるとか、補完的な関係にあるということを強調する人が知識人に多いですね。しかしむしろ私は、AIと共生できない可能性のほうをしっかりと考えておかないと、社会の仕組みはこのままでいいや、という話になってしまうのではと懸念しています。BI(ベーシックインカム)のような生活を保障する仕組みの準備が何もなされないままだと、本当に生きていけなくなる人が出てくる。未来のことなので誰にもわかりません。ただ共生できない可能性というのも、きちんと考えたほうがいいと思うんですね。

編集部 AIが進み、雇用がなくなることで、賃金がもらえないという問題だけでなく、仕事がなくなることに恐怖心を持つ人もいませんか?

井上 案外それもありますね。企業の講演で、「AIが発達しても、BIを導入すればディストピアをユートピアに変えることができますよ」と言うと、「いや、そんなのはユートピアじゃない」「労働する権利を奪わないでくれ」と怒られることもあります。だから、「BIはけしからん」となるんですが、別にBIが「労働」を奪っているわけじゃなくて、奪うのはAIなんですが、その辺の勘違いもあり、たまにBIが目の敵にされることがあります。ちょっとした誤解なんですけれども。しかしAIの発達は止められないですからね。仕事を奪われる可能性がある中で、じゃあ、どう生きるかというのを考えないといけない。

森永 私なんかは、AIとロボットが働いてくれるんだったら、がんがん働かせて、こっちは好きなことをやりゃいいから、やったぜって思うわけですけど、意外と「することがなくて困る」という人が多い。

井上 仕事で頑張れば頑張るほど、もらえるお金の量がふえていく。お給料が通信簿でそれが好きという人が結構いるようです。だから、ボランティアでは嫌なのかもしれない。

編集部 いわゆる賃労働をしていないと、「人でなし」みたいな風潮もありますからね。

井上 実は『人工知能と経済の未来』の本のあとがきにも、働かなくてもいい世の中でいいじゃないか、みたいなことを書きました。役に立たない人間は生きていちゃいけないみたいな今の価値観は、ものすごく今の日本社会を息苦しくしていると私は思います。

編集部 しかし、今のままの仕事や生き方の価値観で、しかもBIのような分配の制度がないと、未来はますます苦しくて、なかなか明るい展望は描けませんよね。「働かざるもの食うべからず」という従来からの価値観が、BIの導入を妨げているようにも思いますが…。昨年話題になったルドガー・ブレグマンの著書『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』(文藝春秋)についてはどう思われましたか?

井上 この本の書評を書くお仕事をしたのですが、筆者は、オランダ人の若き歴史学者、歴史系の人です。膨大な歴史的事例を取り上げて、BIを導入しても、人々は怠けるようにはならないということを論証しています。

森永 サブタイトルに1日3時間労働とありますが、これは週21時間労働という意味でしょうか?

井上 ケインズが、世界大恐慌が進行中の1930年に著したエッセイ「わが孫たちの経済的可能性」で、人類は100年後には1日3時間働けば済むようになると予言していて、そこから取っているんです。

編集部 あとがきに「週15時間労働」とあります。

森永 そうなんですね。ずっとここのところ、完全週休3日、8時間労働を4日行う週32時間労働というのを、いろんな人に言い続けているんですが、とにかく反発がすごい。ちょうど32年前に、私が経済企画庁で働いていた時、私が発想したわけじゃないですけど、長時間労働を是正しようというので、完全週休2日制と年間総実労働時間2000時間以下という目標を掲げたんです。掲げた瞬間、通産省や労働省に呼び出されて、「君は妄想を言っているのか、週2日も休んだら、日本の中小企業は全部つぶれるぞ。それで、全員が失業者になったときに、責任がとれるのか」って、袋だたきにあいました。しかし今はどうですか。何らかの週休2日は9割以上の企業で行われています。 
 だから、週休3日もやる気になったらできるんです。しかも、これからAI化が進んでロボットが仕事をしてくれるんだったら、簡単にできる。何でそういう楽しい未来を描かないのでしょうね。働き方革命を言うんだったら、これが一番の働き方革命だろうと思います。

上からか下からか、BIへの道

井上 未来の社会を考える上で、世界の超セレブたちは今、何を考えているかという話なんですが、フランス革命当時の本を読んだりしているそうです。要するに、このまま超格差時代が到来すると、民衆の反乱が起きて自分たちが殺されるんじゃないかと思ってびくびくしているらしい。だからBIにも興味を持っているそうした超セレブの方から、BIを導入しないとどうしようもないという意見が出てくる希望は、少しはありますよね。日本は、まだそこまでも行っていないという状況ですけどね。

森永 私は、今の日本のお金持ちとつき合ってきた経験で言うと、彼らはお金中毒という極めて重い中毒症状にあって、100億を持つと200億にしたい、200億持つと400億にしたいという、いわば薬物中毒と同じ症状を呈しているんですよ。私は、彼らを強制収容して矯正施設で更生させるほうが社会のためになると思うんですけど、それは一切通らないので、彼らに期待するのは、やっぱりちょっと難しいかな。

井上 自分たちが反感を買って殴り殺されるかもしれないという危険よりも、自分たちの税金をBIに使われるほうが耐えられないという、それぐらい、お金中毒になっているということですか?

森永 残念ながらそうです。だからこうなったら、国の審議会に今から井上さんを送り込んで、ここで権力の階段をずーっと上がっていって、最後、権力を掌握した時点で本性をあらわすとか(笑)。

井上 本性はもうばれちゃってると思いますけど(笑)。官庁の人工知能に関する会議に参加した時に、BIについても好き勝手に提案をしたりはしていますが、私には何の権限もないので、それが政府のトップのほうに行って何か採用されるという見込みはあまりないですね。官僚の人たちは先進的なので、個人的にはBIに興味を持ってくれる人もいますが…BIについて真面目に行政機関が議論するのはダメだろう、みたいな空気はありますね。森永さんが週休2日を提案した時とは、また違うかもしれないですが、国民をだらける方向に行かせてはいけないという、そんな場の空気を感じます。
 経産省でBIの講演をした時も、皆さんその後、熱い議論をしてくださったんですが、国民が堕落することについてすごく警戒していましたね。「遊んで暮らせる、最高っすね」みたいなこという若い官僚もいましたが(笑)。

編集部 タダでお金を配っても、身を持ち崩すこともなく、より豊かな生活を送れるよう工夫や努力をする、ということは世界のBIの実験から実証されているのに、やっぱりエリートの人たち、庶民にお金を与えると働かなくなって、悪の道に落ちると思ってるんですね。

森永 堕落なんかしないですよ。

井上 クリエイティブになるということですよね。

編集部 BIの導入について、上(トップ)からが期待できないのなら、下(ボトム)からの声を上げていくことが大事になるかなと思います。これは左右のイデオロギーには関係のない話だろうと思っていますが、「現実的でない」とまじめに聞いてもらえない雰囲気が、まだまだ私のまわりにもあります。

井上 私は以前より「AIの時代にはBIが必要」ということを言ってきましたが、最近ではダボス会議においても、そのような意見が聞かれるようになりました。日本においては、これまでも何回かBIブームが起こりましたが、一昨年あたりからAIを背景としてのBI必要論に注目が集まっています。私の本もそこそこ売れ、日経新聞をはじめ、朝日新聞や読売新聞など、大手新聞も、書評を載せてくれたり、私の話を取り上げてくれたりしたので、日本もかなり変わってきたなと感じています。「常識の枠」でしか物を考えられないという人が大半ですからね、森永さんが週休2日の提案をした時のように、BIも今は荒唐無稽だと思われたり、スルーされたりすることが少なくないですが、そのうちにBIの議論をすることは、当たり前になると思いますよ。

編集部 そうですね。未来は「ディストピアよりユートピア」だと、希望の持てる社会を描きたいです。そのために今、何をすべきかを考えていきたいと思います。今日は長時間ありがとうございました。

(構成/塚田壽子 写真/マガジン9編集部)

【対談にも登場した、働き方や「AIとBI 」について理解を深めるための必読書】


『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』井上智洋


『雇用破壊 三本の毒矢は放たれた』森永卓郎


『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働』ルトガー・ブレグマン

井上智洋(いのうえ・ともひろ)駒澤大学経済学部准教授、早稲田大学非常勤講師、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員、総務省AIネットワーク化検討会議構成員。慶応義塾大学環境情報学部卒業、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位修得退学などを経て現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。著書に『人工知能と経済の未来』、『ヘリコプターマネー』、『人工超知能—生命と機械の間にあるもの—』など。

森永卓郎(もりなが・たくろう)獨協大学経済学部教授、経済アナリスト。東京大学経済学部卒業、日本専売公社、経済企画庁、UFJ総合研究所などを経て現職。テレビやラジオ、雑誌、講演でも活躍中。主な著書に『年収崩壊』『年収防衛』『雇用破壊』『庶民は知らないアベノリスクの真実』など多数。50年間集めてきたコレクション約10万点を展示する「B宝館」を所沢にオープンさせ話題に。