第20回:いくたびも雪の深さを尋ねけり(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 雪が降った。東京ではかなり珍しい大雪。テレビが前日から大騒ぎしていた。この程度の雪で、首都機能が麻痺する。我がふるさと秋田の冬を思い出して、ぼくは苦笑いする。故郷はこの冬、とても雪が多く、もう11月から雪の便りが届いていた。
 独り暮らしの姉は、今年も雪下ろしに苦労しているだろうな、とぼくは遠い目をして思う。
 正岡子規の句にこんなのがある。

 いくたびも 雪の深さを 尋ねけり

 結核の病床にあって、立ち上がって雪を見に行くこともできない子規が、家の者に「どれくらい降ったかなあ…」と何度も尋ねている、という情景らしい。なにか、雪の切なさが伝わってくる。
 さびしい雪。
 そういえば、ダークダックスが歌っていた『白い想い出』(山崎唯・詞曲)やアダモの『雪が降る』(アダモ曲、安井かずみ詞)も、さびしい雪だったな。さびしい気分の時は、さびしい歌が思い出される。でも、ぼくがいちばん好きな雪の歌は『雪の降る街を』(中田喜直曲、内村直也詞)。

 雪の降る街を 雪の降る街を 思い出だけが通り過ぎてゆく…

平和ボケ老人になりたかったが…

 この正月は、ぼくはほとんど引きこもり状態だった。年の暮れにひいたらしい風邪がお腹にきて、どうにも調子がよくない。いろんな打ち合わせや会議などもほぼキャンセル。一回だけ、どうしても行かなきゃならない打ち合わせで新宿へ出ただけ。あとは近所の散歩くらい。
 でもなんだか、こんな暮らしがぼくにはいちばん似合っている、としみじみ思ったな。会社を辞めたとき「これからは平和ボケ老人を目指します」と、友人たちに書き送った。平和にボケることができたら、こんな幸せなことはない。今でもそう思っている。でも、なかなかそうはいかない……。
 積もった雪を眺めていると、そんな“よしなしごと”が頭をよぎる。年が明けてもろくなニュースがない。

小さなガッツポーズ!

 だけど、いいニュースもあったんだ。
 21日に投開票が行われた沖縄県南城市の市長選で、翁長県政を支えるオール沖縄が擁立した瑞慶覧長敏氏が、大接戦の末、現職で自公維新推薦の古謝景春氏を破って当選したのだ。瑞慶覧11,429票、古謝11,364票と、わずか65票差という際どい勝利だった。
 21日深夜(というより22日未明)、やっと正式な選管発表で瑞慶覧さんの当選が確定した。ぼくはネットでずっと現場中継を見ていた。あまりの接戦でなかなか当確が出ない。0時30分、ようやく当選が出たとき、ぼくは「やったなっ!」と思わず小さなガッツポーズをしていた。
 古謝氏はすでに3期12年を務め、自公などによる強力な組織戦で圧倒的有利が伝えられていた。自民党も、この後に続く名護市長選や沖縄県知事選の前哨戦と捉え、有力議員を次々に投入し、開発予算をちらつかせて古謝氏を応援した。
 だが、古謝氏の政治姿勢はネット右翼そのもの。ネット上でのフェイクニュースをそのまま垂れ流し、それが間違いだと指摘されても謝罪も訂正もなしという、まさにミニ・トランプの様相。本人は自信満々でそれを繰り返していたのだろうが、言葉を弄ぶものは言葉に復讐される。さすがに南城市民は「カネよりも正義」を選択したのだ。
 この結果は、安倍政権にとってはかなりの打撃である。このところの県内の首長選挙では、自民系候補が3連勝していたが、それに“待った”がかかったからだ。
 度重なる米軍機の事故や故障。それをがんとして認めず謝罪もしない米軍司令官の沖縄をなめ切った態度。沖縄の怒りは、あまり基地の影響を受けない南部の南城市にも浸透してきたといえる。
 これが大きなうねりとなって2月4日投開票の名護市長選へ波及することを、安倍政権は極度に恐れているのだ。
 名護市ではすでに、凄まじいほどの闘いが展開されている。南城市でも瑞慶覧候補に対するヘイトじみたビラがばら撒かれたし、瑞慶覧陣営の法定ビラの毀損など妨害行為も行われた。それと同じことが、名護市でも大々的に展開されているのだ。現市長の稲嶺進氏を誹謗する怪文書じみたビラも見つかっている。
 稲嶺進氏は、辺野古新基地建設絶対反対の立場。対する渡具知武豊氏は市議会自民党系会派会長で、これまで「辺野古基地容認」を公言してきたのだが、ここにきて「基地容認」は封印。演説でもまったく基地問題には触れず、ひたすら政権とのパイプを吹聴し「稲嶺氏では政府からの予算が取れない。自分なら太いパイプで潤沢な予算をぶんどれる」と、とにかくカネを強調する作戦に出ている。それを後押しするために、自民党は有力議員を次々に名護へ送り込み、まるで天下分け目の決戦もよう。
 だがそれよりも問題なのは、公明党の態度だ。沖縄公明党はこれまで「辺野古への基地移設反対」を訴えてきた。ところが名護市長選では「辺野古基地についての賛否を明らかにしない」という条件で、渡具知氏に推薦を出したのだ。選挙戦では封印していても、渡具知氏が基地容認なのは明らか。つまり、公明党は自民党に恩を売る、ということを優先して自らの基地移設反対をひっくり返してしまったのだ。
 これは、支持者への裏切りだろう。沖縄でもっとも大きな政治の焦点といえば「基地問題」だ。それをあっさりと、権力癒着のためにゴミ箱へ投げ捨てる。22日から始まった通常国会で「改憲」がひとつの焦点になる。そこでもまた、公明党は改憲に慎重な姿勢をコロリと変えるのだろうか。この党は、ほんとうに信用できない。
 ぼくは、稲嶺さんの当選を、心から祈っている。

南相馬市に原発容認派市長

 ちょっとがっかりの選挙結果もあった。
 福島県南相馬市の市長選だ。ここでは3選を目指した現職の桜井勝延氏が、自民公明の支援を受けた門馬和夫氏に敗れたのだ。桜井氏は福島原発事故後、脱原発を明確な旗印にして、再稼働を図る政府を批判してきた。一方、門馬氏は原発容認の立場。
 これは、とても残念な結果だとぼくは思う。
 福島という原発事故の現地で原発容認派が勝ったというのは、なんとも言いようがない。これで原発再稼働に弾みがつくとも思えないが、原子力規制委員会の更田豊志委員長が「除染の目安である空間放射線量(1時間当たり0.23マイクロシーベルト)は高すぎて、実態に添わないのではないか」という見解を示していることとあいまって「早く住民が避難先から帰還できるようにすることで、事故終息をアピールしたい」との政府の圧力が高まることも予想されるのだ。
 生活する住民のことより、とにかく早く事故終息と安全宣言をしてオリンピックを迎えたい政府の思惑が見え隠れする。

国会前を埋め尽くせ!

 トランプ大統領就任からちょうど一年。
 アメリカでは「反トランプ」を訴えるデモが各地で行われ、とくに「ウィメンズ・マーチ(女性大行進)」では参加者は軽く100万人を超えたという。ニューヨーク約20万人、ロサンゼルス約60万人、シカゴ約30万人、ほかにも多くの都市でデモが行われた。
 このあたりがアメリカン・デモクラシーの奥深いところだ。

 安倍首相は22日に始まった通常国会の所信表明演説で「憲法改正」に言及し、「各党が改憲案を持ち寄って論議すべきだ」と主張した。これはかなりおかしい。「改憲」に反対する側が、なぜ「別の改憲案」を持ち寄る必要があるのか。「改憲反対」であれば「別の案」など必要はない。
 安倍首相のヘリクツは、なんとか「改憲論議」に持ち込んで「改憲ムード」煽ろうとする姑息な詐欺だ。
 枝野幸男立憲民主党代表は「安倍改憲は『改正』ではなく『改悪』です」とはっきり言っていた。ぼくもそう思う。だからぼくは、他人の言葉を引用するとき以外は「憲法改正」という言葉は使わない。とりあえず「改定」と言うことにしている。
 それでも安倍首相は、岸信介おじいちゃんの悲願の「改憲」に打って出る時期を狙っている。
 アメリカの「反トランプ・デモ」はすごいけれど、日本でだって、もし改憲発議が行われるような事態になったら、多分、国会前はすさまじい人波で埋め尽くされるだろう。ぼくはそれを疑っていない。絶対にそうなる。

 巨大な人々の結集で、安倍改憲を葬り去る。それが、日本の民主主義が甦るときだ。

雪の夜は、仄かに明るい。……雪の降る街を 思い出だけが通り過ぎてゆく……。ふるさとの遠い思い出が

庭の「猫神様」も、綿帽子を被って……

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。