名護市長選結果を生み出したもの(西村リユ)

 日曜日に行われた沖縄県名護市の市長選挙は、一貫して「辺野古基地建設反対」を訴えていた現職の稲嶺進さんが落選、自公などの推薦を受けた新人候補の渡具知武豊さんが当選するという結果に終わりました。「接戦」という話は聞いていたものの、まさか、という思いが今も抜けません。衝撃ややりきれなさや、いろんな思いが頭の中をぐるぐるとしています。
 「基地建設の受け入れ」が真正面から問われて、それで地元の人たちが「容認」を選択したのであれば、また感じ方は違ったのかもしれません。でも、実際には今週のコラムで想田和弘さんが指摘されているように、渡具知さんははっきりと「容認」を訴えていたわけではありませんでした。むしろ、「辺野古」「基地」にはできるだけ触れないように、話題にしないように選挙戦が進められていたように見えます。
 名護市民が積極的に「基地容認」を選択したわけではないことは、沖縄タイムスと琉球新報、共同通信が共同で実施した出口調査の結果からもうかがえます。「普天間飛行場の辺野古移転」に「反対」と答えた人は49.4%。「どちらかといえば反対」の15.2%を加えれば、6割以上の人が「反対」を表明しています(「賛成」「どちらかといえば賛成」は合計25.0%)。
 にもかかわらず、その「反対」の声を誰よりも代弁していたはずの稲嶺さんが、なぜ敗れたのか。その理由は、簡単に分析できるような単純なものではないでしょう。
 ただ、「オール沖縄」でこれでもかとまでに反対の民意を示しても、辺野古での工事は「粛々と」進められていく。「沖縄の振興策と基地問題はリンクしている(=基地を受け入れないなら振興予算を減らす)」などと、「脅し」としか思えない発言が政府から堂々と発せられる。ネットやテレビでは「沖縄ヘイト」が飛び交い、機動隊による「土人発言」にすら政府は「差別とは判断できない」と知らん顔。それどころか、毎週のように米軍ヘリや飛行機による事故が伝えられる中で、「何人死んだんだ」との野次が政治家の口から発せられる…。
 そんな状況の中で、「いくら反対を示しても、どうせ基地は止まらない」というあきらめの思いが、生まれてこないはずはない、と思います。そして、それならばせめて少しでもいい条件を、少しでも経済が活性化する(と思える)ほうをと、いろんな思いを飲み込んで一票を投じた人も、少なからずいたんじゃないだろうか──。
 それも、市外、県外の人間の勝手な推測なのかもしれません。けれど、当選した渡具知さん自身、「選挙結果は辺野古容認の民意だと思うか」と問われ、「思わない」と答えています。
 少なくとも、先に述べた沖縄の「状況」をつくり出しているのが、今の政権を容認し、継続させ続けている私たちであることは間違いない。そのことは、絶対に忘れてはいけない、と思っています。

(西村リユ)

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!