第44回マガ9学校:北朝鮮は本当に「悪魔の国」か?〜世界の事例から見る「国難」のつくられ方

2018年2月4日(日)
@新宿区NPO協働推進センター
講師:伊勢﨑賢治さん(東京外国語大学教授)+東京外国語大学伊勢﨑ゼミ生
ゲスト:望月衣塑子さん(東京新聞記者)

テレビの報道や政治家の発言だけに触れていると、まるで今にも北朝鮮が日本に攻め込んでくるかのようにも思えてくる昨今。でも、本当にそうなのでしょうか。北朝鮮は本当にまったく話の通じない「悪魔の国」で、日本にとっては力でもって対抗するしかない「国難」なのでしょうか?
今回のマガ9学校では、ちょっと視点を変えて、世界の他の国々が北朝鮮をどんなふうに見ているのか、そして各国で今の日本と同じように「国難」が叫ばれたとき、そこにどんな構図が見られたのかを検証。各国の事例から、今私たちが学ぶべきことは何か、伊勢崎賢治さんと東京外国語大学伊勢崎ゼミの学生たち、そして東京新聞記者の望月衣塑子さんとともに考えました。

セキュリタイゼーションとは何か

 第一部は伊勢崎ゼミ生によるプレゼンテーション。それに先立ち、伊勢崎さんから今回のテーマについて説明がありました。
 「難しい言葉なので、あえて講座のタイトルには使わなかったのですが…」という前置きで解説いただいたのは、今回の講座全体のキーワードとなる「セキュリタイゼーション」という言葉について。こちらでも詳しく説明いただいていますが、法律をつくる、政権交代を実現するなど、政治的に何か大きな変化を起こしたいと考えた人々が、それまでその社会で顕在化されていなかった安全保障上の「脅威」を強調し、「これに迅速に対応しないと大変なことになる」などと扇動することで世論を味方につけて目的を達成する──という手法を指す概念だといいます。
 いわば、目的達成のために「国難」を意図的につくり出すこと、ともいえるでしょう。「北朝鮮の脅威」が声高に叫ばれ、政権が改憲に前のめりになっている今の日本もまた、この「セキュリタイゼーション」の波にのまれつつあるといえるのかもしれません。
 世界各国で過去に行われてきた「セキュリタイゼーション」の事例を知ることで、日本の現状を少し視点を変えて、客観的に見つめてみよう──。その狙いのもと、プレゼンテーションでは、セキュリタイゼーションの一般的な構造についての解説に続き、世界10ヵ国のセキュリタイゼーション事例、そしてその国々で「北朝鮮」という国がどのように報道されているかについての解説がありました。
 それを聞いていて、印象的だったことが二つあります。

 一つは、北朝鮮と正式な外交関係を結んでいない日本が、世界の中では想像していた以上の「少数派」であることです。この日扱われた10ヵ国の中で、北朝鮮と外交関係を持っていないのは日本と韓国、そしてフランスのみ。北朝鮮に大使館を置いている国も、自国に北朝鮮の在外公館を置いている国も多数ありました。昨年夏に「北朝鮮への強い非難」を盛り込んだ「日印共同声明」が発表されましたが、そのインドも北朝鮮に大使館を置き、首都ニューデリーには北朝鮮大使館があります。
 もちろん、核開発については批判する報道や発言も多く見られるものの、だから外交関係を絶つ、という短絡的な話ではないのでしょう。少なくとも、日本の報道からイメージされるような、「北朝鮮=一切話の通じない異常な国」という図式が一般的なものではないことが分かります。

どんな政府であっても、セキュリタイゼーションは行われる

 そしてもう一つは、各国のセキュリタイゼーション事例が、実に多様であることです。「脅威」として喧伝されたのも、隣国、国内における少数派民族や難民、テロ組織(とされた反体制派組織)、イスラム原理主義などさまざま。多くは政府が政権の延命・強化のために仕掛けたものですが、中には野党が、与党によるイラク派兵を批判し、「与党に任せていたら国内でまたテロが起こる」と喧伝して政権交代を実現させた、マドリード列車同時爆破テロ事件後のスペインのようなケースもありました。伊勢崎さんも「セキュリタイゼーション自体は別に悪いことではなくて当たり前のこと」だと強調されていたように、セキュリタイゼーションが行われることそのものが悪だというのではなく、重要なのは誰が何のために、そしてどのように脅威を煽っているのかをしっかりと見極めることなのでしょう。
 その意味では、韓国の軍艦が爆発・沈没したいわゆる「韓国哨戒艇沈没事件」の後、政府が「北朝鮮の仕業だ」として危機感を煽ろうとしたものの、メディアや市民が「十分な証拠がない」「政府が情報を隠している」などと指摘、結果として「脱セキュリタイゼーション」を実現させた韓国のケースも、非常に興味深いと感じました。
 また、南アフリカ政府が権力を強化するため、周辺国からの移民によって「雇用が奪われる」「治安が悪化する」などと喧伝してゼノフォビア(外国人嫌悪)を煽ったという事例には、アパルトヘイト(人種隔離)政策を撤廃し、多民族が共生する「虹の国」として再出発したという歴史があるだけに、大きな衝撃を受けました。どんな国であっても、どんなに優れた指導者であっても、セキュリタイゼーションは行われる。その前提に立って、どう易々とそれに乗せられない耐性を身に付けるかが問われているのかもしれません。
 最後にまとめとして発表された、「各国の事例から導き出される北朝鮮問題に対しての提言」は、「日本人の認識は世界共通の認識ではない」と理解しておくこと、「このままではこんな危険がある!」と喧伝される「推定犠牲」に対しては常に懸念を抱くこと。制裁が北朝鮮の国家崩壊を招きうる事を想定しておくこと、の3点。さらに、二部に続く問いかけとして、民主主義指数+報道の自由度の低さとセキュリタイゼーションの成功度合いには関連性があるのではないか? という仮説も示されました。

「セキュリタイゼーションされやすい」日本人

 第二部は、一部の内容をもとにした、伊勢崎さんと望月さんによるトークセッション。冒頭、望月さんからは、「各国の北朝鮮報道についての報告を聞いていて、日本の報道はアメリカ寄りになっていないかと、改めて問われた気がする」と、ジャーナリストらしい感想が述べられました。
 伊勢崎さんからは、「北朝鮮の核開発はもちろん許してはいけません。しかし、中国とも関係が悪化し、超大国のアメリカは挑発してくる。北朝鮮からすればそれに反応しているだけなのに、我々はそれを『挑発』だと言う。挑発しているのはどちらか、『敵』の心理を考えることは絶対に必要です」とのコメントが。望月さんも、「自衛隊の装備品の購入などがどんどん決まっていく動きも、北朝鮮にとってみれば『挑発』ですよね」と頷きます。

 また、セキュリタイゼーションはどこの国でも起こりうる、そして起こっているものですが、伊勢崎さんは、「テロの防止に不可欠」など、政府の非常にいい加減な説明だけで「共謀罪」法が成立してしまった例などを挙げ、「日本人が特にセキュリタイゼーションされやすい国民であることは間違いない」ときっぱり。それに対して、望月さんからは「どうすれば『ちょっと待てよ、ほんと?』という目を持てるのでしょうか」という問いかけがありました。
 セキュリタイゼーションに歯止めをかけるには、それに対抗する言説を同じように喧伝する「対抗セキュリタイゼーション」も考えられますが、伊勢崎さんはこれには否定的。「批判することで、逆に相手を元気づけてしまうことが多い。特にナショナリズムは、反論されればされるほど結束が高まり、元気になるという傾向があります。だから、批判するのではなく全然違う見方を提示することでセキュリタイゼーションを骨抜きにする『脱セキュリタイゼーション』が必要なんです」。
 ただ、今の北朝鮮報道については伊勢崎さんも「まだ、いい脱セキュリタイゼーションの方法が思いつかない」とのこと。「だからせめて、『北朝鮮の脅威』についての取材には何も答えない、ということにしています。何を言ってもセキュリタイゼーションに利用されるのが目に見えているから」。

「脱セキュリタイゼーション」にたどりつくには

 一部のプレゼンテーションのまとめで「セキュリタイゼーションが成功するかどうかは、報道の自由度の低さに比例しているのではないか」との指摘があったことについては、望月さんが「身につまされる思いがしました」とコメント。2014年に、自民党がテレビ局に対して、選挙報道において「公平中立な報道を心がけよ」との文書を送りつけるという、衝撃的な出来事があったことを挙げ「かつてはそういう圧力をかけること自体が恥ずかしいという意識がまだあったと思うけれど、現政権にはそれもない」と指摘しました。
 「もちろん、報道の自由度の低さは、メディアが『忖度』しているということでもある。メディア側にも、本当にこれでいいのかという思いはあるのですが、それだけに今回の指摘は堪えました」
 望月さんの発言を受けて、伊勢崎さんがもう一つ指摘したのは、「たしかに現政権の姿勢は問題だけれど、だから政権を倒せばいいということでもない」ということ。「権力は、誰が握っても権力。南アフリカの例にも見られたように、どんなにリベラルな政党が政権を取っても、必ず政権は腐敗するし、秘密を隠すもの。その前提に立って何をしなくてはならないのかを考えるべきです。無知は罪ではないけれど、そういうことを知ろうともしない『拒知』は許されないというのが、最近僕が考えていることなんです」。この「拒知」についての発言には、参加者の間でも大きく頷く姿が見られました。
 トーク終了後の質疑応答では、「南北朝鮮の統一には何が必要か?」との質問も。伊勢崎さんは「北朝鮮にも『融和』を求める声はある。そもそもの問題は、冷戦時から変わらない状況が朝鮮半島にあり、国連軍と言いつつ実態はアメリカ軍が韓国に駐留していることです。北朝鮮が、なぜ核を持たなくてはならないと考えるのかを想像すべきでしょう」とコメントしてくれました。
 さらに「『脱セキュリタイゼーション』にたどりつく発想を持つにはどうすれば?」との質問には、望月さんが「もう一歩、みんなが賢くなること。マスメディアは信じられないかもしれないという、一歩引いた視点を持つことではないでしょうか」と回答。自身がマスメディアで活動する方だけに、覚悟を感じる発言でした。
 このマガ9学校の後、韓国で開催された冬季五輪を機に、「南北融和」のムードは一気に高まりましたが、日本の政治家からは変わらず「圧力強化」のみを主張する声が。そして、マスメディアにおいても、「北朝鮮に騙されるな」といった、融和ムードを歓迎しない論調が(いわゆる「リベラル」と言われるメディアも含め)目立ちました。
 叫ばれている「脅威」は、本当に脅威なのか? そこには何か、別の意図が隠れていないか。北朝鮮のことに限らず、常に持っておくべき視点ではないかと、改めて感じました。

伊勢崎賢治(いせざき・けんじ) 1957年、東京都生まれ。大学卒業後、インド留学中にスラム住民の居住権獲得運動に携わる。国際NGOスタッフとしてアフリカ各地で活動後、東チモール、シェラレオネ、アフガニスタンで紛争処理を指揮。現在、東京外国語大学教授。紛争予防・平和構築講座を担当。著書に『武装解除 紛争屋が見た世界』(講談社現代新書)、『国際貢献のウソ』(ちくまプリマー新書)、『紛争屋の外交論-ニッポンの出口戦略』(NHK出版新書)、『本当の戦争の話をしよう 世界の「対立」を仕切る』(朝日出版社)、『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』(集英社・布施祐仁との共著)など。

東京外国語大学伊勢崎ゼミ生  伊勢崎先生のもとで平和構築について学ぶ東京外国語大学3年生。大学で専攻する言語や分野はさまざま。

望月衣塑子(もちづき・いそこ) 1975年、東京都生まれ。東京・中日新聞社会部記者。慶応義塾大学法学部卒業後、東京新聞に入社。千葉、神奈川、埼玉の各県警、東京地検特捜部などで事件を中心に取材する。2004年、日本歯科医師連盟のヤミ献金疑惑の一連の報道をスクープし、自民党と医療業界の利権構造の闇を暴く。経済部記者などを経て、現在は社会部遊軍記者。防衛省の武器輸出政策、軍学共同などをメインに取材。著書に『武器輸出と日本企業』(角川新書)、『武器輸出大国ニッポンでいいのか』(共著、あけび書房)、『新聞記者』(角川新書)。二児の母。


参加者の声

(アンケートに書いてくださった感想の一部を掲載いたします)

・日本の新聞報道を鵜呑みにすることが危険だと感じました。海外の報道も参照にすべきだと思いました。(平川菜那さん)

・世界各国の北朝鮮の見方は、いろいろあることを知りました。日本の報道の自由さが非常に低いと思いました。(浅野敏勝さん)

・勉強になりました。セキュリタイゼーションを考えてみます。外語大のパワーに感動し、世界のニュースを見ていくことの大事さを実感しました。是非、広く公開を。(六反田千恵さん)

・学生の皆さんによるプレゼンテーションが非常に面白く、勉強になりました。セキュリタイゼーションは、初めて聞く言葉でしたが、どのように作られて操作されてゆくのか、各国の事例を上げてくれたので、理解しやすかったです。二部の対談も、もっと聞きたいと思いました。メディアの選択は大事ですね。(梨木かおりさん)

・学生さんの調査、発表がすばらしかったです。それを踏まえた伊勢崎さんと望月さんのトークも面白かったです。(匿名希望)

・日本の北朝鮮に対する認識は、世界と違うということは、うすうす感じていましたが、今日確認することができました。これからは、この事実を発信していくことが、大切だと思いました。(匿名希望)

・学生の皆さんのプレゼンは、拙い点もありましたが、大変新鮮で参考になりました。セキュリタイゼーションを意識して、政治の動きを観察していきます。
(匿名希望)

・学生さんのレベルが高くて未来に希望を持てました。(匿名希望)

・セキュリタイゼーションについて、望月さんはメディアの責任のことを言われていましたが、でも一番はやっぱり私たち、一人ひとりの意識なのではと考えてしまいます。私たちが望むものをメディアは差し出すのですから。(匿名希望)

・北朝鮮と他国の関係、全然知りませんでした。セキュリタイゼーションという概念が、社会を変えるかもしれない、という希望を感じます。望月さんのお話、面白くワクワクしました。(匿名希望)