法曹の業務の魅力と責任〜検察官として、弁護士として~ 講師:落合洋司氏

 1989年に検事に任官して以来、平成の30年間を法曹として活動して来られた落合洋司先生は、検察官として、また弁護士として刑事事件をはじめ多くの事件に取り組んで来ました。通常業務以外にもマスコミ関係者からの取材、ドラマや映画の法律監修など多方面で活躍されています。検事の適性や退官後の進路、「ヤメ検」弁護士だからこそ感じるやりがいやメリットなど、貴重な経験をお話しいただきました。[2018年2月3日(土)@渋谷本校]

検察庁当時印象に残る事件

 1985年~86年まで伊藤真先生の論文講座を1年間受講し、大学4年生のときに司法試験に合格しました。私が検察官に任官された1989年の司法試験合格者は480名余だったと思います。そのうち検事になった51名中、今なお検事を続けているのは25名ほどです。
 検事任官時代に印象に残っている事件としては、1995~96年に起きたオウム真理教関連事件があります。1995年3月に地下鉄サリン事件が起きましたが、まさに同年4月に名古屋地検から東京地検公安部に異動した私は、否も応もなく捜査の現場に放り込まれました。当時30代と若かったこともあり、赴任した4月から夏くらいまでは休みなしの状態で連日連夜取り調べに行きました。関連事件として警察庁長官狙撃事件及びオウム真理教諜報省関連事件、松本サリン事件、坂本弁護士一家殺人事件、銃器・薬物関連事件などがあり、公安部に所属していた私は、主に警視庁長官狙撃事件等の取り調べを担当しました。翌年夏くらいまではオウム関連事件を相当数取り扱いました。
 1996年くらいからはバブル崩壊に伴う経済事件が増加しました。住宅金融専門会社がバブル崩壊とともに多額の不良債権を抱え、救済手段として6000億円の公的資金を投入することになり、国会で大きな騒ぎになりました。そこで、東京地検特捜部が刑事事件として捜査することになりました。今でいう国策捜査の走りです。公安部から応援にいかされた私は捜査班の一員として銀行から預かった膨大な資料を読みあさり、事件になりそうなものはないか探しました。大変な作業でしたが背任事件のポイントを学ぶことができ非常に勉強になりました。
 1997年に静岡地検に異動し、暴力団関連事件を多く取り扱いました。2000年に異動した千葉地検では刑事部麻薬係で薬物事件の担当をしました。成田空港での密輸事件では「中身を知らずに預かった」と否認するケースが多く、捜査にかなり苦労しました。
 2000年8月に退官するまで11年5ヶ月ほど検事として捜査の現場にいましたが、オウム真理教など百年に1度といわれる事件を担当したという意味では、かなり貴重な経験をさせてもらったと思います。

検事の適性

 検事の適性について質問を受けることがよくありますが、よく先輩検事から言われていたのは「いい加減でもいいから早く」ということでした。検察や警察は何か事件が起きたときには、とにかく分かったことからどんどん上に報告しなければなりません。詳細は第二報、第三報として伝えればいいのであって、正確なことが分かってから報告しようと一人で情報を握ったままじっくり考え込む学者タイプはあまり検事には向きません。体力や気力が旺盛で、とにかくテキパキと常に体が動いているような体育会系のタイプは重宝されます。
 また、相手の心をつかんだり、被告人がなぜ否認しているのかを見極めて上手く説得したりして、自白供述がとれる人間は評価されます。もちろん経験がものをいうところもありますが、司法修習の指導をしていると取り調べが上手いタイプ・そうでないタイプが分かることもあります。とりわけ特捜部で扱う知能犯は供述で事件をつなぎ捜査を進めていくところが大きいので、取り調べが上手だと特捜部に入りやすいです。
 ただ、供述をとるのが上手いからといって必ずしも出世出来るわけではありません。部長・副部長等の立場になると事件の見極めや筋立てができなければ務まりません。事件が起きたときに、どのように法律構成をして立件するのか、捜査はどのように進めていくかなど、事件全体を見通して統括出来なければ特捜部の部長、副部長にはなれません。

なぜ検事を辞めて弁護士になるのか?

 検察官を退官するパターンとして、検事総長や検事長まで勤め上げて定年退職をするケース、50代後半以降に勇退するケース、40代くらいまでに中途退官するケースがあります。定年・勇退の場合は、退官後は公証人や弁護士として第二の人生を歩む人が多いようです。弁護士になった後は、知人の弁護士事務所に客員的に在籍したり自宅兼事務所で活動したりするケースが多いです。最近では法科大学院の教員になる人もいます。中途退官の場合は、その後弁護士になる人が多く、刑事事件を専門に扱う人、民事刑事両方手掛ける人、民事中心でたまに刑事事件を手掛ける人など様々です。
 中途退官する人たちの代表的な理由として、上司との不仲、人事の不満、本人や家庭の事情、不祥事などがありますが、最近の傾向としては中途で辞める人は減っているような印象を受けます。おそらく弁護士になっても検事時代と同じくらい稼げる見通しが立てにくいからでしょう。例えば私の同期で検事正クラスの人間だと年収1800万以上もらっていると思いますが、弁護士として事務所経費や事務員の給料を差し引いて同じくらい稼ごうと思うとかなり大変です。
 私は30代半ばに中途退官しましたが、一番大きな理由は、別の場所で別のことをやってみたいという気持ちが大きくなったことです。たまたま縁があってヤフー株式会社に採用してもらえることになりました。1年ほどで常勤から非常勤になったので、2001年からは弁護士活動も並行するようになりました。

「ヤメ検」の強み

 元検事弁護士、いわゆる「ヤメ検」に刑事事件を依頼するメリットとして、刑事事件の流れや捜査機関の手の内をよく知っているため事件の見通しがいいということがあります。人にもよりますが、警察や検察との交渉力も期待出来るでしょう。また、刑事事件は損害賠償請求や破産などの民事事件が付随することが多く、刑事・民事あわせて同じ弁護士に依頼出来るというのもメリットの一つです。
 テレビのニュース番組などでコメントしている弁護士にはヤメ検が少なくないですが、おそらく刑事事件を捜査機関内部で見たことがあるので踏み込んだコメントを期待出来るからでしょう。また「元検事」という肩書きは視聴者や読者へ訴求力があります。私は2004年から個人ブログで事件事故のコメントをしており、それを見たマスコミ関係者から取材が入るようになりました。以来、私のブログやツイッターを見たマスコミ関係者からコメントを依頼され、出演した番組を見てまた新たな依頼が来るという流れが続いています。
 また、ドラマや映画等の法律監修の依頼が来ることもあります。「監修」といっても私には何の権限もなくアドバイスをする程度で、判断はあくまでプロデューサーです。以前テレビドラマ『HERO』の監修もしました。ドラマはフィクションなので現実には有り得ないストーリーですが、目が肥えている視聴者を満足させるために、所作や言葉のディテールをリアルに作り込みたいという意識を、制作側がもっている場合は法律監修をつけるようです。この場合も、検察の視点も弁護人の視点も併せもちアドバイス出来るという点で、ヤメ検が重宝されるようです。

司法試験への臨み方、合格後の進路

 検事希望者は、司法試験は早く合格するに越したことはありません。なるべく試験ではいい成績で合格し、修習中も検察教官や修習地の指導担当検事に評価されるように頑張ってください。
 弁護士を志望する人は、指導力のある法律事務所に入ることが非常に重要です。検察庁にいたときに見ていて思いましたが、若手弁護士をしっかり教育しているところとそうでないところは一目瞭然です。若手時代に癖のある弁護士のもとで働くと、変なやり方を覚えてそれが当たり前になってしまいます。
 人生は思い描いたようにはいきません。私自身、検事に任官したときに今のような生活を全く想像していませんでした。どんな道であれ、自分の持ち味や個性を活かし頑張ってください。

講師:落合洋司 氏(弁護士、「泉岳寺前法律事務所」代表、元検察官)
1987年早稲田大学法学部卒業。1989年司法修習(41期)後、東京地方検察庁検事任官。その後、徳島地方検察庁、名古屋地方検察庁、東京地方検察庁、静岡地方検察庁、千葉地方検察庁を経て、2000年検事退官。同年9月ヤフー株式会社法務部勤務(常勤)、10月弁護士登録。2001年ヤエス第一法律事務所に入所。ヤフー株式会社は非常勤となる。後にイージス法律事務所(港区虎ノ門)を設立。2007年ヤフー株式会社退職。2008年泉岳寺前法律事務所(港区高輪)設立。2010年~2017年東海大学大学院実務法学研究科特任教授。