第25回:ぼくの絵(写真)日記 〈3月11日〉(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 今年の3月11日は日曜日でした。
 あの東北の大地震と津波、それに続く福島第一原子力発電所爆発事故から、もう7年も経ってしまいました。
 7年も経つと、大震災のきおくも原発事故のこわさも、だんだん薄らいでくるようです。止まっていた原発が、またどんどん動き出します。この14日にも関西電力大飯原発3号機が再稼働の予定だそうです(この日記を書いているのは11日ですので、まだ動き出してはいません)。これで、6基の原発がまた動き出したことになります。
 ぼくは、原発には大反対です。あんなこわいもの、よく平気でうごかせるなあ、と感心してしまいます。「絶対だいじょうぶだよ」って言ってた人たちが、事故のあとしばらくはおとなしくしていたのに、このごろはまた大きな声で「だいじょうぶだよ、へいきだよ」と言い始めました。ウソっぽいです。
 神戸製鋼という大きな会社の子会社が、原発でつかう鋼材の品質データをごまかしていたり、原発の中のケーブルが決められたとおりの耐熱性のものでなかったり、お金がかかりすぎるからといって、免震重要棟とかいう事故が起きたときにはとても大切な施設を造らなかったり、なんだか不安になることばかり聞こえています。
 それに、原発が事故を起こしたときに、まわりに住んでいる人たちの逃げ道が、きちんと整備されていないということも聞きました。四国電力伊方原発のある佐田岬半島の地図を見ると、とってもこわいです。どうやって逃げるんでしょう? 新潟県の柏崎刈羽原発も、まだ逃げる方法がきちんと作られていないって聞いています。それなのに東京電力は、これを動かそうと一生けんめいです。
 ぼくは弱虫なので、そんなこわいものはまっぴらです。だって、これも聞いた話だけど、福島事故のときには、もう東京まで危なくて、首都圏をふくめて3,000万人もの人たちが避難しなきゃなんてことも、あのときの菅直人首相や枝野幸男官房長官たちが、真剣に考えていたっていうじゃないですか。こわいです。

 ぼくはもう、原発なんていらないと思います。
 新聞を見ていると、再生可能エネルギーというのがどんどん発展していて、そんなこわい原発にもう頼らなくてもいいみたいですよ。
 2016~17年の統計だと、世界中の再生エネはこんなに伸びていると、今日(11日)の東京新聞に書いてありました。
 カナダ  65.7%
 スペイン 38.5%
 ドイツ  29.2%
 中国   25.2%
 イギリス 24.6%
 フランス 17.3%
 日本   15.8%

 ネット右翼の人たちがいつもバカにする中国だって、もうこんなに再生エネが普及しているし、原発大国っていわれているフランスも日本より上なんですよ。日本は、せっかく作った電気を送る送電線を電力会社がひとり占めしているから、なかなか再生エネがうまくいかないんだそうです。さっさとみんなで使えるようにすれば、原発にたよることもいらなくなるとぼくは思うんです。
 それに日本は「洋上風力発電」という能力が、世界の中でもとびぬけて高いと言われているらしいです。ぜーんぶ海に囲まれている日本列島だから、そういわれればそのとおりですよね。さすがに日本のエライ人たちも、なんとかしなきゃって考え始めたらしくて、福島沖で実験を始めていて、2019年にはちゃんと実用化させるって言ってます。

 そんなわけで、もうこわい原発はみんなやめてしまえばいいと、ぼくは前から思っているんです。だから11日、ぼくは「原発反対」をみんなといっしょに叫んでこようと、内幸町にある東京電力本店前へ行ってきました。
 ぼくが着いたときにはもう集会が始まっていて、たくさんの人たち(絵1)が集まっていました。アコーディオンで替え歌の抗議をする人たちもいました(絵2)。鎌田慧さんや落合恵子さんのお顔も見えました。ほんとうにいつも先頭でがんばっておられるのに、ぼくは感謝しています。だから、ちょっとだけごあいさつしました。

(絵1)

(絵2)

 青空の下にそびえたつのが東電本店のビルです(絵3)。
 しばらくして、抗議の代表者たちが、東電の方へ原発をもう止めるようにという「抗議文」を手渡していました(絵4)。東電の方たちはしんみょうな顔で受け取っていましたが、ちゃんと読んでくれるかなあ…?

(絵3)

(絵4)

 集会では、つぎつぎにいろんな人のあいさつが続きました。いつも金曜日に首相官邸前で太鼓をたたいてがんばっているおじさんが、ここでも演奏してくれました。若い人とおふたり、はっぴに「多摩川太鼓」とありました。ぼくの家も多摩川の近所。なんだか嬉しくなりました(絵5)。
 おもしろかったのは「肉球新党」という人たちです(絵6)。ぼくはツイッターで、よくこの人たちを見かけていたので、とても親近感がわきました。そこでそばへ行って、缶バッチを買っちゃいました(絵7)。

(絵5)

(絵6)

(絵7)

 終わりのほうで、東海村(東海第二原発があります)の元村長・村上達也さんが、お話しになりました。東海第二原発の30キロメートルの内がわには約96万人もの人が住んでいるんだそうです。こんな大勢の人たちが、もし事故が起きたときに、どうやって逃げるんでしょうか。福島のときと比べてみると、とてもムリだということがよく分かります。地元の元の村長さんがいうんだから、東電や政府のエライ人たちは、ちゃんと聞くべきだとぼくは思いました。

 最初は少しあたたかかったのですが、そのうちお日さまがかくれてしまって、とても寒くなりました。風邪ぎみだったぼくは、くしゅんくしゅんとくしゃみが出てきて止まらなくなりました。
 ほんとうは、このあとで国会前で行われるもっと大きなデモへも行こうと思っていたのですが、風邪がひどくなると困るので、今日はここで帰ろうと思いました。

 3月11日の「ぼくの絵日記」、これでおしまいです。

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。