第77回:財務省決裁文書改ざん事件の本質は何か(森永卓郎)

 財務省の決裁文書書き換え事件について、私は大きな危機感を抱いている。その不安をさらに大きくする記事が、3月18日の朝日新聞に掲載された。3月17日、大阪府高槻市内で行われた集会での辻元清美立憲民主党国会対策委員長の発言だ。
 「昨夜、首相官邸前で雨の中、ものすごい数の人が集まっていたが、『官僚頑張れ!』のコールが出てきた。普通、決裁文書の改ざんが起きれば『官僚は何なんだ』となるが、『今回は違う。誰かを守っている』とみんな見抜いている」
 私は、今ごろ、財務省は高笑いをしているのではないかと、感じているのだ。

 財務省が国会に提出した決裁文書から昭恵夫人の名前が消えていたことで、野党やマスメディアは、安倍総理の関与を再び追及する構えをみせている。もちろん、それはやらなければならないことだが、今回の決裁文書で、安倍総理の関与を示す証拠は出てきていないのだから、そこに力を注ぐより、財務省の責任をきちんと追及することのほうが、優先順位が高いと、私は考えている。それどころか、安倍内閣が弱体化することは、逆に財務省の思うつぼになる可能性が高いのだ。
 財務省は、国会に改ざんした決裁文書を示して、それに基づいて1年間も国会審議がなされてきたのだから、改ざんは国会への冒涜に他ならない。しかも、ミスによって誤った文書が出されたのではなく、悪意をもって、組織ぐるみでやったのだから、再発を防ぐためにも、厳罰を下す必要があるのだ。

ノーパンしゃぶしゃぶ事件の教訓

 ここで再確認しておくべきことは20年前の不祥事だ、財務省の前身の大蔵省は、いまから20年前に、いわゆるノーバンしゃぶしゃぶ事件を起こした。金融業界から過剰接待を受けて、内部情報を漏らしていたとされる事件だ。このときの大蔵省へのペナルティは、4つの方法で行われた。
 まず、刑事責任の追及だ。6人の大蔵官僚(OBを含む)が逮捕され、全員に執行猶予付きの有罪判決が下された。第二は、大蔵省としての処分だ。停職1人、減給17人など112人に対する処分が行われ、局長クラスも複数が辞任した。第三は、政治責任だ。当時の三塚博大蔵大臣は、この事件の責任をとって辞任した。そして第四は、大蔵省という組織へのペナルティだ。この事件をきっかけに、大蔵省から金融庁を切り離すことになり、そして大蔵省という名称自体も財務省に変更されることになったのだ。
 今回の決裁文書改ざんは、罪としては、ノーバンしゃぶしゃぶ事件よりもずっと重いだろう。有印公文書偽造は、最高刑が懲役10年の重罪だ。
 ところが、第一の刑事責任の追及に関して、いまのところ検察の具体的な動きがみられない。証拠固めをしているのかもしれないが、改ざんに関わった官僚は、すべて逮捕すべきだろう。
 そして、第二の財務省としての処分も動きがみえない。麻生太郎財務大臣は、決裁文書の改ざんは、3月11日になって初めて知ったのであり、自分は一切関与していないと断言している。もしそうだとすれば、財務省は、国会をだましただけでなく、自省のトップをも欺いていたことになる。それによって、国会を空転させ、内閣を窮地に追い込んだのだから、私は、改ざんを実行した財務官僚は、懲戒免職に相当すると思う。いまのところ、改ざんに関わった具体的な官僚の名前は出てきていないが、それが判明したときに、もし手ぬるい処分が下されることになったら、麻生大臣の関与が改めて疑われることになるだろう。
 第三の政治責任だが、麻生財務大臣の辞任は避けられない。仮にまったく知らないところで改ざんが行われたのだとしても、監督責任は大きいからだ。
 そして、第四の財務省という組織に対するペナルティだ。麻生大臣は、問題を起こした理財局の分離を示唆しているようだが、それでは意味がない。私は今回こそ、国税庁の切り離しをすべきだと思う。財務省がなぜ日本の支配者として振る舞う強大な権力を持ってきたのかといえば、国税庁を抱えているからだ。財務省を批判したり、逆らったりすると、税務調査や国税の査察を受ける。だから、怖くて財務省批判ができないのだ。国税庁を分離すれば、財務省は普通の役所になり、国会や国民を欺いてまで、自らの政策を強行することができなくなるのだ。

なぜ国有地は8億円引きで払い下げられたのか

 以上で述べた財務省へのペナルティをきちんと行ったうえで、次に追及すべき問題が、そもそもなぜ財務省が森友学園に国有地を8億円もの値引きをして払い下げたのかということだ。ある元経済産業官僚は、私に、「官邸での地位低下にあせった財務省が、安倍総理にこびを売るためだったのではないか」と語った。安倍政権発足前は、財務官僚は官邸で圧倒的な地位を占めていた。ところが、安倍総理は政界のなかで唯一の「反財務省」の政治家だ。だから官邸内の主要ポストを経済産業省出身者で固めた。日本の支配者である財務省としては、当然面白くない。そこで、安倍総理の歓心を引こうと、昭恵夫人肝いりの森友学園に便宜を図ったというものだ。確かに、その可能性は十分ある。しかし、私は財務省にもう一つの思惑があったのではないかと思う。
 実は、一昨年の秋ごろから、安倍総理に「消費税引き下げ」の動きがみられた。昨年1月号の「文藝春秋」には、安倍総理の参謀である浜田宏一内閣官房参与が、『「アベノミクス」私は考え直した』という論文を寄稿し、減税の必要性を訴えた。その後、安倍総理自身も、官邸にイギリスのアデア・ターナー金融サービス機構前長官を招き、会談している。ターナー氏は、ヘリコプターマネーの提唱者として有名で、日本がデフレから脱却するためには、減税が必要と主張している。来年10月からの消費税率引き上げを控えて、安倍総理がこうした動きをすることは、財務省にとっては看過できない事態だ。そこで、財務省は安倍総理に取り入ることができなかった場合には、安倍総理を失脚させても構わないという含みをもたせて、8億円引きを行ったのではないか。
 3月16日の参議院予算委員会で、財務省の太田充理財局長が、「政府全体の答弁は気にしていたと思う」と述べて、安倍総理が「自分と昭恵夫人が、払下げに関与していたら、総理も議員も辞める」と発言した国会答弁が、決裁文書改ざんに影響したことを否定しなかった。この期に及んでも、財務省が安倍総理退陣を目論んでいることを示唆する答弁なのではなかろうか。そして、その財務省の戦略は、内閣支持率の急低下やメディアの論調をみていると、思惑通りに進んでしまう可能性が高まっているようにみえるのだ。
 私は、働き方改革や原発の新増設、憲法改正といった安倍政権の政策には反対だが、もし安倍政権が崩壊したら、来年10月の消費税引き上げが予定通りに行われて、景気が失速するだろうと考えている。ポスト安倍の面々は、例外なく親財務省だからだ。

財務省はウソツキ

 今回の決裁文書改ざん事件で、明白になったのは、財務省はウソツキだということだ。そして、財務省がついてきた一番大きなウソは、「日本の財政は先進国のなかで最悪の状態にあり、財政の持続可能性を考えたら、消費税引き上げ以外に方法がない」というものだ。40年も前から始めたこの財務省のキャンペーンは、いまでも多くの国民が信じ込んでいる。しかし、財務省が作成している「国の財務書類」という統計をみると、連結ベースで国が抱えている債務は1400兆円となっている。しかし、同時に国は950兆円という世界最大の資産を保有している。差し引きすると、国が抱える純債務は450兆円にすぎない。これは、先進国の普通のレベルだ。しかもアベノミクスの金融緩和は、日銀が保有する国債を大幅に増やした。日銀が保有する国債は、事実上返済や利払いが不要なので、借金ではなくなる。経済学では、通貨発行益と呼ぶ。いま、日本の通貨発行益は450兆円にも達している。通貨発行益と純債務を通算すると、ちょうどゼロだ。つまり日本政府は、現時点で無借金経営になっているのだ。もちろん消費増税の必要性など、かけらもない。
 国民が、この財務省が作り出した最大のウソに、一日も早く気付くことが、今回の決裁文書改ざん事件から受け取る最大の教訓なのではなかろうか。

森永卓郎
経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。