青井未帆さんに聞いた(その1):自民党の「改憲4項目」を、改めて検証する

国会では「森友問題」の追及が続き、安倍政権の支持率も急降下。しかし、3月末には自民党憲法改正本部が自衛隊明記など「改憲4項目」に関する条文案を作成、党大会では安倍首相が改めて決意を表明するなど、「改憲」を急ぐ動きはいまだ止まりそうにありません。この動きがさらに加速して、「改憲」が現実のものとなったら、いったい何が変わってしまうのか。『憲法と政治』などの著書もある憲法学者の青井未帆さんに、自民党が掲げる「改憲4項目」について、改めて検証いただきました。
※インタビューは、条文案などが示される以前の1月末に行いました。

憲法を支える土台が、どんどん崩れてきている

──青井先生には自民党が憲法改正草案を発表した2012年にも一度インタビューをさせていただいています。そこから政権交代があって自民党が再び与党となり、憲法をめぐってもさまざまな動きがありました。まず、この5年あまりを振り返ってどんな印象を持たれますか。

青井 2012年の時点では、憲法研究者の多くは自民党の改正草案について「近代立憲主義の系譜から外れている、お話にならないレベル」という評価だったと思います。私もそう考えていましたし、そのこと自体は今もまったく変わらないのですが、この5年半で、憲法そのものの意味が非常に軽くなってしまった。同時にもはや議論がまったく噛み合わない、いくら「こんなことはおかしい」と理屈で指摘しても聞いてもらえないような状況が広がってきていると感じます。憲法学者を含めて専門知を軽視するような発言が繰り返されてきたことも、その表れではないでしょうか。

──「憲法の意味が軽くなってしまった」ことを示す最たるものが、集団的自衛権行使容認の閣議決定から安保法制の成立に至る流れだったのではないかと思います。

青井 私も、安保法制は明らかに違憲だったし、正当化はできないと今も思っています。それが通ってしまったことで、無理が通れば道理が引っ込むという言葉のとおり、「たがが外れた」状態になってしまったのではないでしょうか。政府解釈をああいう形で乗り越えてしまったことの影響が、いろんな方面に出てきてしまっている気がします。本来なら絶対に許されないことでも「力で押せばなんとかなる」という前例をつくってしまったわけですよね。
 たとえば、昨年6月、野党議員が憲法53条に基づき臨時国会の開会を要求しましたが、政府は3カ月あまりにわたって開会を拒否し、やっと開会したと思ったら冒頭解散してしまったことなどもそうです。また、今表に出てきている森友・加計の問題なども、そうした「力で押せばなんとかなる」という流れの上にあるのではないでしょうか。
 安保法制制定に至る国会の議事録を見てみても、同じ発言の繰り返しばかりで、正面からのきちんとした説明はほとんどありません。議論しない「言論の府」とはいったい何なのかという、政治の質そのものにも関わる問題だったと思います。

──ご著書では、そうした状況を指して、「ここ数年に私たちが目撃してきたことは、政治が憲法を乗り越えようとするさまだ」と表現されていました。

青井 違う言い方をするならば、憲法を支える土台がどんどん崩れてくるさまだった、ということでしょうか。憲法を最終的に支えているのは、私たち国民の「憲法は守られなくてはならないもの」という認識です。それが、憲法を軽視する発言や、憲法を守らない行動などを政治家が繰り返すことで、「憲法を守らなくても許される場合がある」という認識が広がってしまった。それによって、立憲主義や民主主義、そして憲法そのものを支える土台が揺らいできているといえるのではないでしょうか。
 昨年5月に、安倍首相のブレインである日本政策研究センターから刊行された『これがわれらの憲法改正提案だ』という本があります。それを読むと、「いまは千載一遇のチャンスだ、これまでのこだわりは捨てて改憲運動に取り組もう」ということが、驚くほど赤裸々に書かれています。出てきた改憲案などに対して、理論的に「ここがおかしい」と指摘していくことももちろん重要ですが、そうした「何が何でも、なりふり構わず改憲を」という、もはや理屈の通じない動きにどう対抗していくのかも考えなくてはならない。そういう状況に来ていると感じています。

「緊急事態条項」は、国民ではなく国家を守るためのもの

──昨年12月には、自民党憲法改正推進本部が「憲法改正に関する論点取りまとめ」として、「自衛隊」「緊急事態」「合区解消・地方公共団体」「教育充実」の4項目を挙げました。このそれぞれについてはどうお考えでしょうか。

青井 一つずつ見ていきましょう。
 まず「緊急事態」ですが、自民党改憲草案の98条・99条では、政府に権限を集中させて国民の権利を制限するという内容の規定が設けられていました。これは本当に危険ですし軽視していいものではないと思いますが、ほとんど議論は進んでいません。現状では主に、国会議員の任期延長についての規定を設けることが検討されているようです(※)。

※3月に自民党憲法改正推進本部が公表した条文案では、緊急事態に内閣が「(国会の事後承認で)政令を制定することができる」とする条文、国会議員の任期の特例について定めた条文の双方が含まれている。

──衆議院の任期満了を前に大災害が起こり、選挙を予定どおりに行えなくなったときに、そのまま議員の任期が切れて国会が開けないということにとならないように、議員の任期延長をできるようにしよう、というものですね。

青井 しかし、他にも取り組むべき課題は山積している中、国民投票などに膨大なエネルギーや予算を使ってそれだけを憲法に書き込むことにどれほど意味があるのでしょうか。すでに現行憲法の54条には参議院の緊急集会についての定めがあります。正確には「衆議院が解散されたとき」の定めではあるのですが、それを衆議院の任期満了時にも適用したところで、何か問題の起こるはずもありません。少なくとも、新たに何か規定を設けておかなくては緊急時に大変なことになるというようなお話だとはとても思えません。
 そもそも、憲法における「緊急事態」が意味するのは、国家の危機であって国民の危機ではありません。この二つはイコールではないし、緊急事態条項は国民ではなく国家を守るために定められるものだということは、もっと知られていいように思います。軍隊が国民ではなく国家を守るためのものだというのと、基本的な発想は同じですね。

──憲法に緊急事態条項を置いたからといって、それが国民の命を守ることにつながるとは限らない…。

青井 国民の命を守るためというのであれば、すでに災害対策基本法などの法律がありますから、緊急時にはこの現行法を活用して、必要に応じて現場に権限を与えたりすることのほうが、よほど現実的な対処だと思います。

──「合区解消」はどうでしょうか。参議院選挙では「一票の格差」の解消のため、2015年から二つの県を一つの選挙区にする「合区」が導入されましたが、これを解消し、各都道府県から最低一人は議員を選出できるようにするというものです。

青井 これは、本来は選挙を私たちの社会の中でどういうものとして位置づけるのか、グランドデザイン的に考えるべき問題だと思います。つまり、どうしても議員に都道府県代表の意味を持たせる必要がある、そのためには憲法改正が必要だというのなら、それはそれで理屈は通っているのではないでしょうか。もともと、参議院は現状では衆議院のカーボンコピーに過ぎないなどといわれており、改革の必要性は指摘されてきたわけですから。
 ただ、その改革がどういう波及効果をもたらすのかということについては、議論が欠落しているように思います。憲法43条には、衆参両議院は「全国民を代表する選挙された議員」で構成される、とあります。双方がともに全国民の代表で、同じような民主的正当性をもつからこそ、憲法上持っている権限もほぼ同じになっているわけです。
 それが、合区を解消して都道府県代表的な意味合いを持たせるとなると、そうはいきません。参議院の権限をもっと小さくするなどの変更が必要です。つまり、参議院とは衆議院とはまったく別のものだという位置づけをするところまで含めて見直すのであれば、それはそれで意味はあると思うのですが、そういう視点を含んだ議論がされているかというと、残念ながらそうではない。現職議員が自分の首を守るために持ち出している底の浅い議論にとどまっているように思います。

──もちろん、過疎県などではあまりに選挙区が広すぎて人々の声が国政に届かないといった問題はあると思いますが…。

青井 私も昨年、合区が導入されている島根県や鳥取県を訪れる機会があったのですが、たしかに「実感として政治が遠くなった」という声はあるようです。これは大きな問題ですし、手を打たなくてはならない政治課題があることは間違いないでしょう。ただ、そのためにひとり一票という原則を曲げてでも改憲をするというのであれば、もっともっと議論を示す必要があると思います。

──もう一つ、「教育充実」についてはどうでしょう。

青井 これはそもそも、憲法に書き込んだからといって教育予算がどこかから出てくるわけではないし、何が変わるというものではありません。当初の「教育の無償化」を条文に入れ込むという話もどこかに消えて、倫理規定というか目標として入れるというだけの話になっています。「理念として憲法上明らかにする」といいますが、それに留まるのであればわざわざ変える必要もない。議論にも値しないというのが正直なところです。

(構成/仲藤里美・写真/マガジン9編集部)

あおい・みほ
1973年生まれ。学習院大学大学院法務研究科教授。専攻は憲法学。国際基督教大学教養学部社会科学科卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、博士課程単位取得満期退学。信州大学経済学部准教授、成城大学法学部准教授などを経て現職。著書に『国家安全保障基本法批判』(岩波ブックレット)、『憲法を守るのは誰か』(幻冬舎ルネッサンス新書)、『憲法と政治』(岩波新書)などがある。