青井未帆さんに聞いた(その2):憲法への自衛隊明記。「現状を1ミリも変えない」なんてことはあり得ない

国会では「森友問題」の追及が続き、安倍政権の支持率も急降下。しかし、3月末には自民党憲法改正本部が自衛隊明記など「改憲4項目」に関する条文案を作成、党大会では安倍首相が改めて改憲への強い意欲を口にするなど、「改憲」を急ぐ動きはいまだ止まりそうにありません。この動きがさらに加速して、「改憲」が現実のものとなったら、いったい何が変わってしまうのか。『憲法と政治』などの著書もある憲法学者の青井未帆さんに、自民党が掲げる「改憲4項目」について、改めて検証いただきました。→(その1)はこちら
※インタビューは、条文案などが示される以前の1月末に行いました。

「自衛隊の存在を憲法で認める」ことが意味するもの

──前回は、緊急事態条項など自民党の「改憲4項目」のうち3項目について検証いただきました。残る一つ、「本丸」というべき「自衛隊について」はどうでしょうか。

青井 自民党の中でも、9条2項を削除するのか残すのか、あるいは「自衛隊」という言葉を使うのか使わないかという点で意見は割れていたようですが(※)、いずれにせよこれは、自衛隊の存在を憲法で認めるという提案だと理解できるかと思います。それについて、自民党は「これまでの政府解釈を1ミリも動かさない」などとして、「今実際に存在しているものを憲法に書き込むだけだ」と主張していますが、それだけで終わるはずがありません。
 自衛隊の存在を憲法で認めるとは、言い換えれば自衛隊が「憲法上の機関」になるということです。

※3月25日の自民党大会などで示された条文案では、9条2項を残しつつ自衛隊の存在を明記する内容となっている。

──「憲法上の機関」?

青井 憲法にその根拠を持つ機関、ということで、国会や内閣、裁判所、会計検査院などがそうです。国の権力をその機関それぞれにどう分割するか、どの機関がどういう権限を持っているかを定めているのが憲法で、すべての機関はそこで与えられた権限の中でしか行動できません。たとえば、立法府である国会には人権侵害をするような権限はありませんから、人権を侵害するような法律をつくることは違憲、ということになる。あるいは、「内閣の行為は違憲だ」と我々が指摘するときには、それは憲法が定める「内閣がやっていいこと」の範囲外だ、という意味なわけです。
 そして、「憲法上の機関かどうか」ということは、その組織を統制する法律の内容に大きな影響を与えます。これまで、憲法上の機関ではない自衛隊を政府がどう位置づけていたかというと、「普通の役所の一つ」だったのです。

──自衛隊が「役所」ですか?

青井 つまり、防衛省は文科省や法務省などと同じ、横並びの省庁の一つですよね。その防衛省を別の角度、任務や活動という視点から見ると「自衛隊」なんだという理屈。憲法上に根拠がない以上、そう説明するしかなかったわけです。
 そうすると、他の役所に適用される法は、基本的には自衛隊にも適用されることになります。たとえば、特定秘密保護法ができる前は、軍事にかかわる情報だからといって基本的には特別扱いはできず、他の役所が持つ情報と違う扱いがしにくかったのです。また、任務中のいわゆる「敵前逃亡」について、自衛隊法では「7年以下の禁固もしくは懲役」に相当します。最高刑を死刑にしている国もある中で、決して重いとはいえない規定ですが、他の公務員の職務放棄の最高法定刑は3年であって、そことのバランスを考えるとあまり重い刑罰は定められないわけです。
 つまり、自衛隊が「役所」である以上はどうしても特別扱いができない、特別な法制度を定めにくいというのが、憲法9条のもとにある自衛隊という防衛組織の最大の特徴だったと思います。
 ところが、軍隊というのはそもそも「普通の役所とは違う」ところに意味があるものです。いくら「集団的自衛権は行使できる」と閣議決定したところで、自衛隊が「役所」のままでは効果的に動かせません。だから特別扱いができるようにしたい、そのための根拠を憲法に書き込みたいというのが、9条改憲の目指すところだと思います。

──そうすると、そこからさまざまな面で「特別扱い」が始まっていくのでしょうか。

青井 そうなるでしょう。「特別扱い」にふさわしい権限を、そこに与えていくことになる。今出ている議論では、自衛隊の存在を憲法で認めるというだけで、それをどうやって統制するのか、どういう権限を持っていて他の機関とはどういう関係にあるのかといったことがまったく明確化されていません。
 自衛隊のような組織を明確に憲法上の機関と位置づけるのであれば、やはり軍法会議のようなシステムも必要だという議論が強まるでしょうし、そうすると憲法76条の「特別裁判所の禁止」を改定する必要も出てきますし…あるいは、防衛省は「役所」なのに自衛隊は憲法上の機関だとなれば矛盾も出てくるし、そこをどう説明するのかという問題もあります。そうした矛盾を調整するために、間違いなく次の改憲、また次の改憲へと流れていくでしょう。「そんなことまで認めたつもりはなかったのに」と後で驚く人もたくさん出てくるのではないでしょうか。「現状をただ書き込むだけ」なんてことは、どう考えてもあり得ません。

──ちなみに、現憲法のもとで、ここまで解釈改憲が進んできてしまった以上、むしろそこに歯止めをかけるために改憲すべきだ、憲法に自衛隊の存在と活動範囲を書き込むべきだ」とする、いわゆる「立憲的改憲論」も出てきていますが、これについてはどうお考えですか。

青井 それを主張される方たちの、改憲提案の内容そのものについては私もまだきちんと検討はできていませんが、たとえば東京外大の伊勢崎賢治さんがおっしゃる「現行憲法下で、自衛隊を海外に出すべきではない」という主張そのものには賛成です。憲法9条がある以上、自衛隊は軍事力を持って国外に出ることはできないと理解しています。
 ただ、その先──「新9条」として憲法をどう変えるかの議論を積極的にしていこう、という動きには慎重になる必要があると思っています。というのは、今お話ししたように、憲法の条文を1カ所動かすということは、それだけでは終わらず必ずさまざまなところに波及していくからです。「自衛隊の活動範囲を限定する」といっても、それを条文に書き込むことによって、いろんなことが変わってしまう。もし本気で変えていきたいというのなら、ただ「憲法をこう変えよう」というのではなく、なぜ変える必要があるのか、それが他の条文や法律にどう影響を与えるのかなど、幅広く議論しなくてはなりません。でも私には非現実的な、フワフワした議論がなされているに過ぎないように見えます。

問われるのは「どういう国にしていきたいのか」

──本来、憲法を変えるという提案をするのなら、それによって何がどう変わるのか、を明確に示す必要があるはずですが、今の改憲論議はそこの部分をとにかく避けて、むしろ国民に「気付かれないように」進められているように見えます。

青井 改憲によって私たちをどういうところに連れて行こうとしているのか、判断材料を示すこともなく、ただ「何も変わりません」「信じてください」と繰り返すだけというのは、本当に国民を馬鹿にした話だなと思います。
 集団的自衛権の行使容認にしても、よかったのか悪かったのかまだ分からないという人も多いと思うのですが、いま自衛隊の存在を憲法で認めるということは、集団的自衛権の行使容認を追認するということにもなってしまいます。現状の政府解釈では、自衛隊の任務に集団的自衛権の行使も含まれているわけですから。

──「自衛隊の存在を憲法で認める」というときの「自衛隊」はいまや、集団的自衛権も行使する自衛隊、なわけですね。

青井 でも、ほとんどの人はそんなことまでは考えないでしょうから、気付かないうちに追認させられてしまうという、詐欺的なやり方だと思います。
 詐欺という意味では、よく改憲の必要性の前提として持ち出される「安全保障環境の悪化」も、信用できない話だと思っています。もし本当に安全保障環境がそんなに悪いのなら、改憲発議なんてしている場合じゃないだろう、と思うからです。

──というと?

青井 特に憲法9条を変えることについてはこれだけ反対の声が大きい状況で、無理矢理改憲発議をして国民投票に持っていくというのは、国民を二分して、国を不安定化させるということです。改憲派がしばしば強調するように、もし本当に日本に対して侵略や攻撃を仕掛けようとしている国があるとしたら、すごいチャンスですよね。わざわざそんな状況をつくり出そうというのは、危機だなんて真剣には思っていないからだとしか思えません。
 よく「国民的議論を」といいますが、そのときの「国民」というのは、もしかしたら安倍首相のいう「こんな人たち」ではない人たちのことではないのか、と思いますね。

──冒頭におっしゃられたように、まさに「なりふり構わず」で改憲への動きがつくられようとしているように感じます。このまま本当に国民投票へ、などということになれば、議論が成熟するというよりは、国民が分断されて疲弊してしまうだけではないかという懸念もありますが、私たちはこの動きにどう対抗していくことができるのでしょうか。

青井 いま問われているのは、ただ自衛隊という言葉を憲法に入れるかどうかというだけではなく、私たちがこの国をどういう国にしていきたいのかということでもあると思います。日本は、まがりなりにもこれまで平和国家として自己規定してやってきたけれど、一部の人たちはそれを捨てて、力で他国をねじ伏せる大国になりたがっている。それでいいのか、ということですよね。
 これまで、自衛隊を持ちつつなお9条を維持していくという、ある意味で「綱渡り」のような困難なことが可能になっていたのは、国民の「平和」への強い思いがあったからだと思います。「戦争は絶対にしてはいけない」「平和を守らなくてはならない」という強い意志を私たちが持ち続けること。憲法論からは外れてしまいますが、9条を、そして「平和国家」としての日本を今後も維持していくのであれば、それが何よりも不可欠なのではないでしょうか。

(構成/仲藤里美・写真/マガジン9編集部)

あおい・みほ
1973年生まれ。学習院大学大学院法務研究科教授。専攻は憲法学。国際基督教大学教養学部社会科学科卒業、東洋大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、博士課程単位取得満期退学。信州大学経済学部准教授、成城大学法学部准教授などを経て現職。著書に『国家安全保障基本法批判』(岩波ブックレット)、『憲法を守るのは誰か』(幻冬舎ルネッサンス新書)、『憲法と政治』(岩波新書)などがある。