『女神の見えざる手』(2016年フランス、米国/ジョン・マッデン監督)

 ロビイストは日本では耳慣れない職業かもしれない。業界における自分たちの利益を守るため、あるいはそれを最大化するために政府への働きかけを行うのは圧力団体であって、彼らをクライアントにするのがロビイストだ。
 この映画でいえば、圧力団体は全米ライフル協会に当たる。米国では銃乱射事件が起きるたびに、銃規制を訴える声が上がるものの、なかなか法律化されないのは同協会の豊富な資金力といわれている。物語は大手ロビー会社の凄腕、エリザベス・スローン(オリジナルタイトルは『ミス・スローン』)が「銃規制法案の成立を阻止してほしい」「とりわけ女性を味方につけたい」との依頼を受けるところから始まる。
 ここで思い出されたのが『ドキュメント戦争広告代理店』だった。1990年代から民族紛争が激しくなった旧ユーゴスラヴィア、とりわけ多民族・多宗教のボスニア・ヘルツェゴビナにおいて、ムスリム勢力から依頼を受けた米国のPR会社がメディアを巧みに操って、敵対するセルビア人勢力を悪玉に仕立てていく。同書は過程を詳細に描き出す。クライアントの要請に応えるためには事実を捻じ曲げることも躊躇わないビジネスマンたちの恐ろしさを知らしめられたドキュメントである。
 一方、ミス・スローンは自分の信念を曲げなかった。銃規制に賛成の彼女はオファーを蹴り、会社からクビを宣告される。すると部下を引き連れて、銃規制のキャンペーンを展開する中堅ロビー組織に転職するのである。
 が、ミス・スローンの仕事への姿勢は、戦争広告代理店並みだ。巨大な敵に勝つためには手段を選ばず、銃規制に対する態度を留保している政治家がいれば、彼の家族のことも調べ上げ、心をくすぐるような言葉で取り入って賛成の側に誘導するのは序の口。世論を味方につけるためなら、平気で部下も欺く。
 私たちは、ミス・スローンの速射砲のような言動についていくのがやっとで、全編にあふれるスピード感は、いつのまにか私たちの関心を銃規制の是非よりも、敵とどう戦い、いかに倒すのかに向けてしまう。終盤のどんでん返しまで、観る者の目を離させない。そのことがこの映画の難点なのではないかと私は思ったが、勝つためにはどんな手でも使う人間こそがロビイストの究極だとすれば、この映画はテーマの本質を衝いているといえるだろう。

(芳地隆之)

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