第10回:南北首脳会談を前に(姜誠)

 いよいよ南北首脳会談が始まります。その後にはトランプ大統領と金正恩委員長との米朝会談も控えています。中国の習近平主席も近々、ピョンヤンへ訪問する予定です。朝鮮半島を舞台に、いわゆる首脳間のビッグゲームが始まろうとしています。
 こうしたダイナミックな動きを見て、日本国内でもさすがに米朝首脳会談のお膳立てに動く韓国・文在寅政権を冷笑するムードは影を潜めましたが、それでもまだいくつか、違和感をもつことがあります。

 一つ目は安倍外交のあまりな対米追随ぶりです。日本にとって拉致問題の解決と、北朝鮮が配備している中距離ミサイルの廃棄は大きな関心事でしょう。しかし、安倍政権は北朝鮮への圧力を言い立てるだけで、自らは北朝鮮との交渉のパイプがないまま、二つの関心事を「米朝会談の議題にしてほしい」と、トランプ大統領にお願いするだけになっています。
 北朝鮮が核を放棄するまで強い圧力をかけ続けるというのは、外交政策として一つの見識なのかもしれません。しかし、対話のフェイズに入ったときに何も手立てがなく、アメリカ頼みというのでは外交的に失態と見るべきです。どれだけ圧力をかけても、いざ対話となった時に交渉のテーブルに着けるよう、しっかり自席を確保しておくのが本当の外交でしょう。
 しかも、「100%ともにある」はずのアメリカはトランプ大統領が米朝首脳会談を受け入れたときも、ポンペオCIA長官が極秘訪朝したときも、事前に日本に教えてはくれませんでした。なぜ、日本は独自に対北外交を展開しないのか、ぼくには不思議でなりません。
 
 二つ目の違和感は朝鮮半島へのまなざしです。
 冒頭に書いたように、表立って南北融和へと動く韓国を冷笑するようなことはなくなりましたが、それでも依然として、文政権が北朝鮮との対話に前のめりになりすぎるあまり、金正恩政権に取り込まれてしまうのではないかと心配する声が絶えません。 
 ただ、コリアンにとって南北が対話と交流を通じて和解し、朝鮮半島に平和がもたらされることはかけがえのない願いなのです。それはまた、38度線で分断された南北のコリアンがふたたびつながることを意味します。
 わたしにも北と南、それぞれになつかしい従兄弟がいます。
ひとりは北朝鮮の新義州に住んでいる2つ年上のコウちゃんです。都内の同じ大学にも通ったのですが、コウちゃんは大学3年の時、突然、「北朝鮮で映画を作る」と言い残して、新潟から帰国船で帰国してしまいました。当時は外国籍では日本企業への就職がむずかしい時代でした。だからこそ、新天地を求めるつもりで身寄りもいない北朝鮮に単身帰国したのでしょうが、コウちゃんとはそれっきり会えずじまいになっています。
 韓国には釜山市に、ダイちゃんという同じ年の従兄弟がいます。ダイちゃんとは20代の時、大ゲンカをして一時気まずくなってしまいました。1980年の光州事件のとき、ダイちゃんは徴兵に行っていて、「暴徒鎮圧」のために光州市に送り込まれたのですが、そのダイちゃんに向ってぼくは、「どうして国民に銃を向けたのか?」と問い詰めてしまったのです。
 ダイちゃんは最初はだまってぼくの非難を聞いていましたが、やがて「徴兵にも行かないおまえに何がわかる!」と、猛烈に怒りだしました。「望んで出動したわけではない」、「精神を高揚させるクスリを飲んで、やっと現地入りしたんだ」とも言っていました。数年前、釜山のチャガルチ市場の食堂で久々に会い、その時のケンカをふたりでなつかしく語り合ったものです。
 南北は分断され、ぼくは日本に住んでいます。従兄弟3人で集まって話すことは現状ではままなりません。でも、いつか、38度線のなくなった朝鮮半島で従兄弟3人集まってお酒でも酌み交わしたい――。ぼくはそう願っています。
 そして、ぼくのようなコリアンは無数にいます。そうしたコリアンはみな、今回の南北首脳会談で朝鮮半島の緊張が緩和し、人々が自由に往来できるような平和な環境がもたらされないかと、息を詰めて見守っているのです。そうしたコリアンの願いもわかってほしいのです。

 三つ目の違和感は「非核化」の中身です。
 日本では非核化はもっぱら、北朝鮮に核を放棄させることと理解されています。北朝鮮から核がなくなれば、すべて問題は解決ということなのでしょう。
 しかし、北朝鮮が主張している「非核化」は朝鮮半島の非核化です。また、現状ではその真意がはっきりしませんが、4月20日に北朝鮮が核実験とICBM発射の中止、さらにはプンゲリの核実験場の廃止を宣言しましたが、すでに開発・配備した核については何の言及もありません。
 北朝鮮は自国の安全と体制保障のために核を開発してきました。そのため、非核化は体制保障につながる朝鮮戦争の終結、アメリカとの国交回復、国連の制裁解除など、核放棄だけでなく包括的な合意を求めていると考えるべきです。また、核を手放した途端、アメリカが心変わりしてはたまらないと、核廃棄は段階的に進めたいと主張するはずです。
 そのような北朝鮮に、自国内の核をまずは廃棄しろと迫っても受け入れるはずがありません。しかも、いま日本は事実上、非核化交渉では「カヤの外」にあるのです。交渉の手札はないも同然です。
 ただ、一発逆転がないでもありません。それは北朝鮮や朝鮮半島の非核化ではなく、北東アジアの非核化に向けて日本が主導的に動くことです。非核化交渉は朝鮮戦争の終結を含む包括的な合意になることもあって、朝鮮戦争に関与した米韓朝中の4カ国で進むことになるでしょう。過去に6者協議を行ったという実績があるにせよ、ここに日本が割り込むことはそう簡単なことではありません。
 しかし、北東アジアの非核化を提唱するとなれば話は別です。北東アジアには日本列島も含まれています。しかも日本は憲法9条や非核3原則を持っています。日本が韓国、北朝鮮といっしょになって非核地帯を形成し、アメリカ、中国、ロシアの周辺核保有大国が非核地帯への核脅威を与えないという国際条約を結ぼうと提唱すれば、その瞬間から日本は非核化交渉の当事者性を取り戻し、主要なプレイヤーとして交渉テーブルに自席を確保できるのです。
 そこにピョンヤン宣言にもとづいた日朝国交交渉、そして拉致問題解決の交渉のテーブルをセットすれば、日本もバイとマルチのツートラックで独自に対北交渉ができます。それこそがアメリカ頼みではない自主外交のはずです。

 安倍政権には北の脅威を防衛力強化に利用しようという狙いが透け見えます。それだけに、米朝首脳会談をきっかけに朝鮮半島だけでなく、北東アジアの非核化をめざそうというアイデアは政治シーンではほとんど注目されていません。
 でも、日韓に暮らす人々にとっては有用なアイデアだと思います。朝鮮半島での非核化の動きをきっかけに、もう一度北東アジアの非核化構想を考えてみてはどうでしょう?

姜誠
かん・そん:1957年山口県生まれ(在日コリアン三世)。ルポライター、コリア国際学園監事。1980年早稲田大学教育学部卒業。2002年サッカーワールドカップ外国人ボランティア共同世話人、定住外国人ボランティア円卓会議共同世話人、2004~05年度文化庁文化芸術アドバイザー(日韓交流担当)などを歴任。2003年『越境人たち 六月の祭り』で開高健ノンフィクション賞優秀賞受賞。主な著書に『竹島とナショナリズム』『5グラムの攻防戦』『パチンコと兵器とチマチョゴリ』『またがりビトのすすめ―「外国人」をやっていると見えること』など。TBSラジオ「荒川強啓 デイ・キャッチ!」にて韓国ニュースを担当。