第11回:ベルリンの光景を思い出した南北首脳会談(姜誠)

 南北首脳会談が終わりました。文在寅大統領と金正恩委員長が手をつなぎ、南北を隔てる軍事境界線を往復したシーンにはちょっと感動してしまいました。まるで、ふたりが「南北の政治リーダーが決心さえすれば、38度線の往来はかんたんにできる」と、世界に宣言しているかのように思えたのです。
 1989年にドイツ統一を取材するため、ベルリンに1週間ほど滞在したことがあります。その時、東西ベルリンを遮断する「チェックポイント・チャーリー」を東西ベルリン市民が何度も行ったり来たりを繰り返しては喜んでいる様子を見てうらやましく思ったものですが、ひょっとしたら、「朝鮮半島でも同じようなことが近い将来、起きるのでは?」と期待を抱かせるようなシーンでした。
 もうひとつ、印象に残ったのは金委員長の率直な物言いでした。たとえば、こんな発言。
「軍事境界線は人が越えるのが大変なほど、高くそびえているものではなかった。だれでもたやすく飛び越えられるのに、ここまで来るのに11年間もかかってしまった」
 軍事境界線はコンクリート製のブロックで高さは5センチほどです。パフォーマンス的な発言と酷評する人もいますが、その物言いからは金委員長が南北分断とそれがもたらす弊害について、彼なりに考え抜いてきたことが伺われます。
 文大統領が北の白頭山を訪問したいと語ったときの発言も心に残りました。金委員長はまず韓国の高速道路が素晴らしかったと伝えたうえで、「文大統領が白頭山を訪問すれば、私たちは恥ずかしい思いをするかもしれない」と、北の道路事情の悪さを率直に認める発言をしたのです。
 北の経済難を自ら口にするその姿を見て、核開発と経済発展を同時に進める「核・経済併進路線」から、核を放棄して「経済発展路線」へと転換したいと、金委員長が本気で考えていると思った人はぼくだけではなかったはずです。

北の変化はかなり以前から準備されていた?

 この北の大胆な変化は唐突なものでなく、準備されたものだと私は受けとめています。じつは在京の北朝鮮筋から16年秋頃には今日のような北朝鮮の方針転換があるという説明を聞かされていました。今から1年半以上も前のことです。核開発を完了し、核保有国宣言を行う。その後、核凍結を対話の入口として米朝交渉に乗り出し、体制保証と国連制裁の解除を目指す。そのプロセスでは朝鮮戦争の停戦協定から平和協定への転換、米朝国交樹立も論議され、交渉の進展次第では米朝交渉の出口で核の完全放棄もありえるというブリーフィングでした。
 とはいえ、その通りに事が運ぶかどうか、ぼくには判断できませんでした。ただ、その後、北朝鮮はふたつの「予測外で幸運な当選」に遭遇します。
 ひとつは米トランプ大統領の当選です。当時の米大統領選はクリントン氏が優勢で、政治経験のないトランプ氏が大統領に当選するとの予測は少数派でした。クリントン氏はオバマ政権の国務長官で、「戦略的忍耐」という名前の北朝鮮無視政策の実行責任者でもありました。当然、大統領当選後もホワイトハウスは北朝鮮無視政策を継続すると目されていました。
 ところが、トランプ大統領が当選しました。トランプ大統領はトップダウンによるディールを好みます。米朝首脳会談を快諾した背景には、そうしたトランプ大統領のスタイルがあったと考えるべきでしょう。クリントン大統領だったら、数週間後に予定されている米朝首脳会談はありえなかったはずです。
 もうひとつは韓国の文在寅大統領の当選です。この場合は当選というより、その時期が米朝首脳会談実現にとって絶妙でした。国政壟断スキャンダルで朴クネ前大統領が弾劾され、大統領選挙が8ヶ月前倒しで行われました。本来のスケジュールでは大統領選挙は昨年末に行われ、朴クネ大統領は今年2月のピョンチャン冬季五輪を花道に任期満了で大統領職を退くことになっていたのです。
 もし、朴クネ前大統領の弾劾がなく、文政権のスタートが今年初めだったら、おそらくピョンチャン五輪をきっかけとした南北対話は準備時間の不足でできなかったはずです。当然、数週間後の米朝首脳会談もありえません。この意味で、トランプ大統領と文在寅大統領の当選は北朝鮮にとってラッキーだったと言えます。
 そこで忘れてはならないことがあります。朴クネ政権を弾劾し、文政権を1年近くも前倒しで誕生させた原動力は韓国全土を埋め尽くした無数のローソクデモでした。16年10月29日から17年3月11日まで、計20回行われたこのデモに参加した人数は韓国全人口の32.8%、約1650万人にのぼりました。そう考えると、朝鮮半島が急速に緊張緩和へと向い始めているいまの情勢をもたらした真の立役者はローソクデモに参加した無数の市民なのかもしれません。人々が街に出てローソクを灯すだけでも政治が変り、民主主義が機能することもあるのです。

北もアメリカの「手のひら」返しを恐れている

 さて、今後の展開です。米朝首脳会談の主テーマは北朝鮮の非核化です。ただし、前回のコラムでも触れたように、非核化だけでは北朝鮮は動きません。非核化を完成させるには北朝鮮の警戒心や恐怖心を解き、だれからも攻撃されないという安心感を与える必要があります。
 北朝鮮が一番恐れているのはアメリカの「手のひら返し」です。日本の報道では「裏切り」という言葉づかいで、北朝鮮が国際社会との核廃棄の約束を何度も破ったことがしきりに強調されます。
 ただ、北朝鮮にも彼らなりの言い分があるのです。それは「アメリカもまた、約束を破り続けているではないか」という言い分です。
 たしかに94年の米朝核枠組み合意では核開発中止の見返りに供与されるはずだった重油50万トンは北朝鮮に届きませんでした。直後の中間選挙で北との交渉に反対する共和党が勝利し、議会承認が得られなくなったためです。また、枠組み合意の最大合意である軽水炉の提供も結局は実現しませんでした。
 05年の核廃棄を約束した6者協議合意も北朝鮮はホゴにしていますが、それは合意とほぼ同時にアメリカが発動した対北金融制裁に強く反発したためでした。
 政権や議会構成が変れば、アメリカとの合意がホゴにされることもある――。
 そんな苦い記憶に朝鮮戦争がいまだに終結していない現実が相まって、小国で核の傘もない北朝鮮をハリネズミのように用心深くさせています。リビアのように最初にすべての核を廃棄し、その後で94年や05年のような「手のひら返し」を食らったら、もはや身を守る術がないという猜疑心です。そのため、北朝鮮はこれまで段階的な核削減や開発の凍結に応じるが、最終的に安全が保証されるまでは核を手放すことはないと、一貫して主張してきたのです。

「リビア方式」と「イラン方式」の折衷案も

 対するトランプ政権は北朝鮮に対し、交渉の入口ですべての核廃棄を求めています。数週間後に予定されるトランプ・金首脳会談ではこの米朝間の非核化に関する認識の溝を両首脳がどう埋めるかがカギとなります。
 ぼくはアメリカが求める「リビア方式」と、北朝鮮がこだわる段階的な核廃棄(注・コリアウオッチャーの間では「イラン方式」とか、「サラミ方式」などと呼ばれています)の折衷案がトランプ大統領と金委員長の間でディールされる可能性があると考えています。
 交渉の入口で北朝鮮が核の全廃を宣言し、アメリカは北が一番欲している体制保証につながる具体的措置の履行を約束し、それらを包括的・一括的に合意するのです。核全廃のメニューにはすでに保有する核の廃棄に加え、場合によっては一部核の先行廃棄も盛り込まれるかもしれません。また、核廃棄の見返りとしての補償も求めてこないことも考えられます。
 アメリカが約束する体制保証のメニューには戦術核を含む核兵器の先制不使用、米中南北4カ国による朝鮮戦争の終結、米朝国交正常化、国連制裁解除などが挙げられるでしょう。そのうえでそれぞれのメニューについて不可逆的で検証可能な措置を取り決め、実行に移して行くのです。
 その履行期間について、アメリカはトランプ大統領の任期中である2021年1月まで、対する北朝鮮側はトランプ次期政権の保証もほしいため、それ以降にずらしたいと主張し、綱引きになる可能性もあります。
 いずれにしても、次の米朝首脳会談が今後の北東アジアの国際秩序を大きく左右する「ディールの場」になることはまちがいありません。

姜誠
かん・そん:1957年山口県生まれ(在日コリアン三世)。ルポライター、コリア国際学園監事。1980年早稲田大学教育学部卒業。2002年サッカーワールドカップ外国人ボランティア共同世話人、定住外国人ボランティア円卓会議共同世話人、2004~05年度文化庁文化芸術アドバイザー(日韓交流担当)などを歴任。2003年『越境人たち 六月の祭り』で開高健ノンフィクション賞優秀賞受賞。主な著書に『竹島とナショナリズム』『5グラムの攻防戦』『パチンコと兵器とチマチョゴリ』『またがりビトのすすめ―「外国人」をやっていると見えること』など。TBSラジオ「荒川強啓 デイ・キャッチ!」にて韓国ニュースを担当。