第13回:安倍政権は、なぜ責任を取らないのか(柴田鉄治)

 昨年から続いている森友学園・加計学園疑惑(もり・かけ疑惑)は、ひと言でいえば「権力者による行政の私物化」であろう。安倍首相の夫人や友人に官僚が特別の便宜を図り、それを隠そうとして官僚機構は崩壊寸前、国会や国民はウソの答弁によって愚弄され続けてきたのである。この中心人物が安倍首相なのに、まったく責任を取ろうとしないのは、なぜなのか。
 今月の国会審議で、首相秘書官だった柳瀬唯夫氏の参考人招致が実現し、3年前に愛媛県や今治市の職員と首相官邸で会っていたことをほぼ認めたうえ、加計学園の関係者と3回も会っていたと証言した。
 ところが、不思議なことに「加計学園の関係者に3回も会っていたことを安倍首相には報告しなかった」と言い、安倍首相も「聞いていない」というのだ。そんなことがあり得るのか。どうみても安倍首相の「加計学園が候補に挙がっていることを知ったのは昨年の1月だ」という発言と矛盾しないよう、口裏合わせをしたようなのだ。
 そういえば、加計学園問題では文部科学省から「総理のご意向」といった文書が続々と出てきたのに、発言したはずの総理補佐官らは、口をそろえて「記憶にない」と言っていた。安倍首相の発言に合わせようと、秘書官や補佐官が涙ぐましい努力をしているのだ。
 森友学園疑惑はもっとひどい。安倍夫人を名誉校長にしたことで、国有地が8億円も値引きして払い下げられ、籠池理事長に「神風が吹いた」と言わせただけでなく、ゴミ処理のトラックが何千台も通ったと言ってくれと口裏合わせまでやらせたのだ。
 安倍首相が国会で「私や妻が関わっていたら、総理も議員も辞める」と答弁したことを受けて、財務省の佐川理財局長は「交渉記録は破棄した」とウソの答弁を繰り返しただけでなく、記録の中の安倍夫人や政治家が出てくる部分をすべて消し去るという、公文書改ざんの犯罪行為にまで手を付けてしまったのである。
 佐川氏はその論功で国税庁長官に出世したが、改ざんが明るみに出て辞任となり、減給処分もされた。
 財務省といえば、もう一つ、福田事務次官のセクハラ疑惑も、財務省が調査した結果、それを認めて次官を辞任させ、減給処分にした。
 財務省でここまで不祥事が続いているのに、最高責任者の麻生財務相は、責任を取ろうともしない。改ざんは佐川氏らが勝手にやったもので、セクハラに至っては「セクハラ罪という罪はない。はめられたという説もある」と、一時は言っていたほどだ。
 麻生財務相の居座りもひどいが、「官僚に忖度させた」のは首相なのである。それにしても政治家や官僚の「巨悪は眠らせない」と公言していた地検特捜部は何をしているのか。背任や公文書の改ざんといった犯罪容疑に対して事情聴取はしたようだが、「不起訴の方向」と一部のメディアが報じている通りなら、地検特捜部まで最高権力者の意向に添おうとしている、と思わざるを得ない。

「安倍一強の弊害」とそっくりな事例がアメフトにまで

 そういえば、以上に述べてきたような権力者と追従者との関係は、日本の社会にどんどん広がってきたようだ。アメリカンフットボールの日大・関西学院大戦で、そっくりな事例が現れたことにはびっくりした。
 日大の選手が関学大のQBに無法なタックルでけがをさせ、「日大の監督が指示したのではないか」と報じられ、関学大からの抗議文に対して、日大からは「監督はそんな指示をしてないし、選手も指示はなかったと言っている」と回答したというのだ。
 報道によれば、日大の監督は大学の常務理事も務める絶大な権力者で、アメフト関係者によると「監督の指示でもなければやらないタックルだ」という。現にその選手は、無法タックルでも退場せず、その後も無法プレイを2回繰り返して退場させられているのだ。
 選手が監督の意向を「忖度」して無法なプレイを繰り返したのだろうか。日大の監督は事情説明こそしなかったが、謝罪して辞任した。政界のほうは?

ヒットラーとアイヒマンの間にも「忖度」が?

 「忖度」について、興味深い論評が5月19日の朝日新聞のオピニオン欄に載っている。豊永郁子・早稲田大学教授の「政治季評」で、ナチスのホロコーストを指揮したアイヒマンが、ヒットラーからの命令があったのかどうかが裁判で問題となったが、なかったとしても「忖度」はあったに違いないというのだ。
 これは、森友学園事件で証人喚問された佐川理財局長と安倍首相との関係とそっくりで、佐川氏は首相からの指示はなかったというが、恐らくアイヒマンと同じように忠誠心と自身の立身出世を目指して「忖度」したのだろうという。
 そして、リーダーの周辺に忖度が起こると、忖度する個人の小さな、しかし油断のならない悪がはびこり、そのリーダーがやめない限り続くのだ、というのである。

初の米朝首脳会談、6月12日シンガポールで

 ところで、北朝鮮をめぐる国際情勢はどうか。4月27日に行われた南北首脳会談でさらに緊張緩和の方向に進み、初の米朝首脳会談が6月12日にシンガポールで開かれることが決まった。
 南北首脳会談は、板門店の国境線(軍事境界線)をまたいでの握手、両首脳が手をつないで一緒に国境をまたぎなおす姿などが生中継され、南北融和の進展を世界に強く印象付けた。中身のある「板門店宣言」に両首脳が署名しただけでなく、金正恩委員長からの米朝首脳会談の提案をトランプ大統領がすぐに受けたこともよかった。
 その後、米朝首脳会談の打ち合わせのため訪朝したポンペオ国務長官が、釈放された3人の米国人を連れて帰国できたこともあって、東アジア情勢はよい方向に一気に動き出した感があった。
 こうした情勢の変化を、日本政府は歓迎しながらも半信半疑の姿勢を崩さず、日本のメディアには「北朝鮮に騙されるな」といった報道も少なくなかった。北朝鮮がその後、米韓軍事演習を理由に首脳会談の中止をちらつかせたとき、「それみたことか」と報じたところまであったほどだ。
 しかし、米国は、中止のちらつかせにも動じなかった。トランプ大統領は、「北朝鮮が非核化に応じれば、金正恩体制を保証する。『リビア方式』も適用しない」と明言したのである。リビア方式というのは、リビアの独裁者だったカダフィ大佐が非核化を宣言したあと体制が崩壊したことで、北朝鮮が核保有にしがみつく原因になったと言われているものだ。
 米国がそこまで言うとは、北朝鮮との水面下の交渉がかなり進んでいるのだろう。その下交渉は、国務省ではなくCIAがやっているようだ。北朝鮮の情報は、外交官より情報機関のほうが詳しいからだろう。『スパイ同士』の交渉が案外、うまくいっているのかもしれない。
 いずれにせよ、米朝首脳会談の結果を見守るほかないが、東アジアより中東情勢のほうが心配だ。米国のエルサレムへの大使館移設で危機が一気に高まったからだ。猛反発しているパレスチナのデモ隊にイスラエル軍が発砲し、子どもたちまで含む60人以上の死者が出ている。
 日本はパレスチナ、イスラエル双方に友好関係があり、安倍首相の中東歴訪の際にも両首脳と会談しているのだから、米国に「エルサレムへの移転はするな」ともっと強く進言すべきだったのだ。
 イランとの核合意からの離脱といい、トランプ氏の中東政策はイスラエル寄り過ぎて、危険極まりない。欧州諸国は米国に同調していないから、大丈夫だとは思うが、中東情勢にも当分、目が離せない。

今月のシバテツ事件簿
朝日新聞阪神支局襲撃事件から31年

 1987年5月3日、朝日新聞阪神支局に目出し帽をかぶった男が突然、銃を持って現れ、小尻知博記者(当時29歳)が射殺され、犬飼兵衛記者(当時42歳)が重傷を負った。「赤報隊」を名乗る犯行声明が届き、朝日新聞社に対する赤報隊の襲撃・脅迫事件は計8件に及んだが、いずれも犯人逮捕に至らず、時効になっている。
 メディアの記者が国内で政治的なテロによって殺された事件はほかになく、日本の言論史上初めてのことである。
 私が東京本社の社会部長を退任した直後の事件で、在任中にもやはり関西を中心に起こった「グリコ・森永事件」が東京にも飛び火し、私も振り回されたが、この事件も犯人が捕まらないまま時効になっている。
 こんな大事件が相次いで起こったのに、いずれも犯人が捕まらないとは、どうしたことか。とくに言論テロという国家の根幹にもかかわる大事件が未解決のままとは、由々しきことである。
 この事件が起こる3年前まで阪神支局に勤務していた樋田毅記者は、この事件を追う取材チームに加わり、定年まで、さらに退社後も取材を続けている記者だ。その樋田記者が今年、『記者襲撃――赤報隊事件30年目の真実』という本を書き、岩波書店から刊行した。
 それによると、容疑者は次々と現れ、いま一歩まで迫りながら、すべて証拠不十分で消えていった様子がよく分かる。同時に、戦後の日本にもこんなに多くの右翼団体があり、朝日新聞を敵視しているのかと、あらためて驚いた。
 それに対して朝日新聞はテロによって萎縮することもなく、〈「みる、きく、はなす」はいま〉という連載記事を続けて、言論の自由を守ろうとキャンペーンを続けてきた。
 そして30年後のいま、安倍政権は右翼団体の日本会議に支えられており、日本社会全体も「右寄り」になった感がある。樋田記者は著書のあとがきで、時効になったことでもあり、いまからでもいいから名乗り出よ、と赤報隊に呼びかけている。
 いま「もり・かけ疑惑」で安倍政権と厳しく対峙している朝日新聞に対し、赤報隊がいまも当時と同じ思いを抱いているのか、私も訊いてみたい。

柴田鉄治
しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。