中学の道徳教科書を読んできた(西村リユ)

 近所の公民館で、来年度から公立中学校で使用される「道徳」の教科書見本展示会が開かれていると聞いて、足を運んできた。
 これまで教科外活動の位置づけだった「道徳」は、今年度から全国の公立小学校で、そして来年度からは中学校で、正式の教科として位置づけられることになった(こちらのインタビューなど参照)。正式の教科になって大きく変わるのは、文科省の検定を通った「教科書」を使って授業が行われるということだ。これまでの、使用するかは学校や教員次第だった「副読本」とは意味合いが大きく異なる。
 検定を通過した道徳の教科書を発行しているのは、東京書籍、廣済堂あかつき、日本文教出版、学校図書、光村図書、学研教育みらい、教育出版、日本教科書の8社。今後、各自治体がそれぞれこの中から使用する教科書を選定し、公立校で使用することになる。私の住む自治体では、その前に「市民の意見を募る」として、展示会を開いていたのだ。
 8社3学年分の、全部で24冊! ということで、じっくり読み込むほどの時間は取れなかったのだけれど、ざざっと目を通した印象を記しておきたい。

 以前に小学校の道徳教科書も読み比べてみたことがあるけれど、それに比べると全体的に「ソフト」な感じを受けた(こちらが慣れただけかもしれないけれど)。写真入りで、角度まで指定した「正しいお辞儀の仕方」が解説されていたりした小学校教科書のような、ぱっと見てぎょっとするようなページは見当たらない。
 とはいえ、全体として「日本ってすばらしい!」「人に迷惑をかけず、規律を乱さないのが大切」が強調されているのは変わらない(これはもう、学習指導要領がそうなっているので、教科書の執筆者がどうにかできるものではないのだろう)。
 中でも顕著だったのが、「道徳専門の教科書会社」として今回から初めて市場に参入した「日本教科書」(安倍首相の政策ブレーンとされる八木秀次・麗澤大教授が代表取締役を務めていたことでも知られる)の教科書。かつて日本が台湾を植民地支配していた時代に、「どれだけいいことをして、どれだけ感謝されているか」という話が、ご丁寧にも1年・2年と2回にわたって掲載されていたり、「子どものときからおばあちゃんに『日本はすばらしい国』と聞かされて育った」というウズベキスタンからの留学生が登場したり…。「ホームレスの人々の排除や警察権力の強化につながる」などの批判がある「割れ窓理論」が、ほぼ無批判に掲載されているのにも首をかしげたくなった。
 「学校図書」の教科書も、「日本文化がいかに素晴らしいか」の記述が目立つ。せっかく、中国と日本の二つの国にルーツを持つ王貞治さんの話を取り上げておきながら、それに続く問いかけが「あなたは日本のどこが好きですか?」なのにはコケそうになった。他の社の教科書もそうだけれど、読み手は全員、生まれも育ちもルーツも日本、という前提で作られている気がしてならない。
 「家族は助け合って当然」的な価値観も、あちこちに散見される。中でもいやーな気持ちにさせられたのが、「日本教科書」に出てくる家族の話。祖母の調子が悪く病院に付き添いが必要になるのだけれど、父親は仕事、子どもたちは学校……で結局、母親が管理職への昇進のかかった大事な仕事を休んで付き添い、「今はそういう時期じゃないみたい」といってキャリアアップを断念する…というもの。
 いったい、この話から中学生に何を学ばせたいのか。もちろん、そういう選択をする母親が悪いわけではないけれど、それが教科書に「いい話」として載った瞬間に、「介護は家族で(もしくは女性が?)担うべき」というメッセージになってしまうのでは? そういえば、小学校の教科書も含めて、家事や介護を外注する話(ヘルパーを入れるとか、施設にお願いするとか)ってほとんど出てこなかった気がする。介護などで家族みんなが疲れ果てて倒れそうになったときに、どこに助けを求めればいいかといった知識のほうが、よっぽど役に立つんじゃないだろうか……ともやもやした。

 小学校も中学校も、教科書なんて大人になってしまうと手に取る機会はほとんどない。自分に学齢期の子どもがいなければなおさらだ。でも、子どもたちが今、どんなことを学んでいるのかは、少し先の社会のあり方と間違いなく直結する。本来なら、もっと多くの人が読んで、意見を言い合うべきものだと思う。
 文科省が定めている「教科書の展示会」期間は、「6月15日からの14日間」(場所は全国の教科書センターなど、こちらから確認できる)なので、もう終わってしまうところも多いのだけれど、自治体によっては期間を延長しているケースもあるよう。まだ間に合う人はぜひ足を運んでみてほしい。会場には、教育委員会宛に意見を届けられるアンケート用紙もあります。(西村リユ)