『ゲッベルスと私』(2016年オーストリア/クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー、オーラフ・S・ミュラー、ローラント・シュロットホーファー監督)

 ブルンヒルデ・ポムゼルが鮮明なモノクロ画面に登場した途端、彼女の顔に刻まれた皺の陰影に釘づけになった。撮影当時、103才。彼女はヨーゼフ・ゲッベルスが大臣を務める、ナチスドイツ国民啓蒙・宣伝省で働き、後に同大臣の秘書になった。70年以上前の出来事をなるべく正確にと努めるような語り口は、とても100才を超えた人とは思えないほど明晰だ。
 普段のゲッベルスは身なりのいい、育ちのよさを感じさせる人物だったという。その彼が激怒したのは、自身の出張先に、愛犬家である大臣の心情を慮った部下が空路で飼い犬を運んだときである。いままで見たことのないような感情の爆発をさせたという。
 そんなエピソードから話は徐々にナチス体制そのものに近づいていく。
 ベルリンのスポーツ宮殿でのゲッベルスの演説にポムゼルは戸惑った。空虚な内容にもかかわらず、なぜ聴衆たちは熱狂、陶酔しているのか。人の群れの中で呆然としていた彼女と同僚のエヴァ・レーヴェンタールは、背後にいた上司から「なぜ君たちは拍手をしない?」と声をかけられ、2人は仕方なく両手を叩いた。
 ポムゼルはインタビュアーに問う。(ナチス政権下の)そういう状況であなたは命令を拒否できると思いますか、と。
 彼女は、反ナチス抵抗組織「白バラ」のメンバーだったハンスとゾフィーのショル兄妹が捕らえられ、ギロチン刑に処されたことを苦々しく回想する。彼らの行動がほとんどの国民には真似できないものだったからだろう。
 ポムゼルのモノローグの合間には、ゲッベルスの語録、そして当時の映像がしばしば挿入される。前者では、「嘘はつき通せ」「この戦いは総力戦」「歴史に名を刻む」といった言葉が紹介され、後者では、骨と皮になったユダヤ人たちの無数の死体が、家畜のように、墓穴に次々と落とされていくシーンが映される。
 ポムゼルはホロコーストを知らなかったという。同僚のエヴァはユダヤ人であったがため、1943年にはアウシュヴィッツ近くにあるビルケナウ強制収容所へ連行された。そこでエヴァが命を落としたのをポムゼルが知ったのは戦後だった。彼女はソ連軍に拘束され、ワイマール郊外にあったブーヘンヴァルト強制収容所に入れられた。そこでの数少ない楽しみは、ごくたまに浴びることができる温かいシャワーだったという。戦時中はガスが出ていたかもしれない、そのシャワーである。
 ポムゼルを批判するのは簡単だ。その前に私たちは、彼女と同じような状況に置かれたとき、自分ならどうするか、どうすべきかを自問すべきだろう。いや、まずは彼女の語りと表情を見つめるところから始めたい。自分なりの答えを捜すのはそれからだ。

(芳地隆之)

『ゲッペルスと私』(2016年オーストリア/クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー、オーラフ・S・ミュラー、ローラント・シュロットホーファー監督)
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