第451回:『フェイクと憎悪』との向き合い方。の巻(雨宮処凛)

 BBCが制作した、伊藤詩織さんを追ったドキュメンタリー番組『日本の秘められた恥』を観た。

 観ながら、何度か言葉を失う瞬間があった。それは、詩織さんをよく思わない人たちによる明らかな二次被害。特に自民党・杉田水脈氏の、詩織さんに「落ち度がある」というような発言には、目の前が暗くなるほどの絶望を覚えた。そしてネット番組で詩織さんを嘲笑するように振る舞う杉田議員や他の女性たち。

 詩織さんをバッシングする男性に関しては、もはやなんとも思わない程度には世の中に絶望している。しかし、女性たちが詩織さんを嘲笑する姿を見ると、怒りではなく胸がざわざわする。どうして彼女たちはそのような振る舞いをするのか。そうさせているのはなんなのか。この国に女として生まれ、生きていれば多くの人が性被害を経験している。私は詩織さんを笑う女性たちが、奇跡的にそのような経験をしなかった「幸運な」女性たちにはまったく見えない(実際、杉田氏もいろいろな目に遭ってきたことは認めている)。逆に、レイプ被害を訴える彼女を笑い、「なかったこと」にすることで痛みを麻痺させているような、そんな構図まで浮かんでしまう。

 この番組は、ある意味、日本が「ここまで来てしまったのか」と愕然とするものだった。が、それは何も今に始まったことではない。ゆっくりと、しかし確実に準備されていた。だけど、私はある時期まで、それらを「見ないふり」をすることによってやり過ごしてきた。「相手にしない」という作法を取ることによって、「そのうちおさまる」なんて、なんの根拠もなく思っていた。が、今思う。それはなんて甘かったのだろうと。

 そう思うのは、『フェイクと憎悪 歪むメディアと民主主義』を読んだからだ。

 沖縄の反基地運動を恐ろしく歪めて報じた「ニュース女子」問題。書店で売れる定番となった「嫌韓・嫌中」本たち。マスメディアに溢れる「反日」「売国」といった言葉。そして「ニュース女子」で槍玉に上げられ、ドイツへの移住を余儀なくされた辛淑玉さんや、慰安婦報道をめぐって大学教員のポストを奪われ、家族まで危険に晒された元朝日新聞の植村記者。一方で、思想など一切関係なく、「金になる」という理由だけでフェイクニュースを作成し、拡散させる人々。

 それぞれ、知っていたし問題視していたことだ。が、まとまった形で突きつけられると「この国はここまでひどい状況になっていたのか」と愕然とする。『フェイクと憎悪』では、13人のジャーナリスト、メディア人がそれらを検証する。

 「テロリスト」呼ばわりされるなどの形で歪曲されて報じられる沖縄の反基地運動。歴史修正主義と陰謀論が蔓延する保守論壇の劣化。嫌韓本やヘイトを全面に出した記事が予想以上の売れ行きを示したことからエスカレートしていくブーム。「韓国は叩け! さもなければつけ上がる 稲田朋美×片山さつき」といった対談が自民党議員によって堂々となされ、問題にもならない状況。

 著者の一人である川端幹人氏は、1990年代後半、「新しい歴史教科書をつくる会」が登場した頃まで振り返って保守論壇の変化を読み解く。そこに浮かび上がるのは、「本が売れない」出版業界の斜陽化という身も蓋もない現実だ。

 「1990年代後半の『つくる会』や2000年代前半の拉致問題で保守論壇に起きた変化と、2012年から2013年にかけて起きたことは、根本的に性質の異なるものだ。前者は『右翼運動との一体化』が原因だったが、後者は明らかに『売る』こと、ビジネスを目的としたヘイト化でありネット右翼化だった。そして、出版業界のこの『売るための劣化』はその後も進行し続けている」

 そして保守論壇を、安倍政権は最大限、利用する。川端氏の原稿によると、この5年と少しの間に安倍首相が保守論壇誌に登場した回数は「『正論』には三回、『WiLL』にはなんと五回。二年前に創刊したばかりの『Hanada』でもすでに一回、インタビューが掲載されている。一国のトップが特定メディアで単独インタビューに応じるだけでも公平性を欠くとの批判があるのに、現役の総理がヘイトや歴史修正主義も飛び交う極右雑誌の取材や企画をこんなに頻繁に受けるというのは、前代未聞だろう」

 しかも、自身が再び総理の座に返り咲くのを応援してくれた保守論壇の人々への恩返しに、安倍首相は彼らに「公的地位」まで与える。

 百田尚樹氏と長谷川三千子氏をNHK経営委員に就任させ、首相の諮問機関・教育再生実行会議に八木秀次氏、中央教育審議会委員に櫻井よしこ氏、「日本の美」総合プロジェクト懇談会座長に津川雅彦氏、規制改革推進会議委員に長谷川幸洋氏と、安倍応援団が次々と就任。また、道徳教科化を巡る動きでは八木秀次氏らの提言が元になったそうなのだが、八木氏は「日本教科書株式会社」なる道徳教科書専門の出版社を設立。同社の道徳教科書は2019年の検定に合格しているという。さらに2018年にはアパグループ傘下の財団が創設した「アパ日本再興大賞」なる表彰制度を、内閣府が「公益目的事業」として認定していたことが明らかとなる。アパグループと言えば、「南京虐殺はなかった」とする著書をホテルの部屋に置くなどが問題になった一方で、会長が安倍首相のビッグサポーターであることは有名な話だ。

 さて、このように政権とがっちり組んだ動きがある一方で、「小遣い稼ぎ」のためにヘイトを煽るフェイクニュースを量産する者もいる。例えば2017年、2万件以上シェアされた「韓国、ソウル市日本人女児強姦事件に判決 一審無罪へ」という見出しの記事。このニュースを報じたサイトを運営するのは25歳の無職男性で、サイトに掲載されているすべてのニュースがでまかせだったという(『フェイクと憎悪』/「フェイク」と「ヘイト」のスパイラルに抗するには BuzzFeed Japan編集長 古田大輔)。目的は、政治的なものではなく純粋に、金。韓国へのヘイトを煽る記事が拡散されやすいことから、広告収入のためにそのような記事を作ったのだという。彼がこのような「小遣い稼ぎ」の方法を知ったのは、アメリカ大統領選のニュース。アメリカから遠く離れた東欧マケドニアの若者たちが、小遣い稼ぎのために、トランプ陣営に有利でヒラリー陣営に不利なフェイクニュースを量産していたことを報じた記事から思いついたのだという。

 明らかな「デマ」が一人歩きする。それは「ニュース女子」でも露呈した。反基地運動の活動家が救急車まで止める、などと「悪質極まりない行動」が番組でまことしやかに語られたのだ。が、MBS報道局番組ディレクターの斉加尚代氏は、このデマを検証している。調べたところ、デマの発信者は沖縄在住の災害看護師であり、後日、「デマだった」と謝罪したというのだ。

 が、ネット社会で恐ろしいのは、このようなデマを発信者が「デマだった」と否定したとしても、拡散し続けてしまうことだ。斉加氏は、以下のように書く。

 「デマを流しているのはなにも特別な人たちではない。消防本部の責任あるトップが何度否定しても、その事実をなお受け入れようとしないのはなぜだろう。彼らは、見たいものだけを見ているようで、そのほうが楽だからか。あるいは、強い者の側に立って誰かを叩けば、少なからず満足感を味わうことができるからだろうか。事実に基づかない情報に引き寄せられる、感情だけでものごとを判断する、そんな風潮が強まっていく社会は、いずれにせよ危険だと言わざるをえない」

 前述した古田氏の原稿によると、2018年3月に公開された研究「The Spread of True and False News Online(オンラインでの真実と嘘のニュースの拡散)」でtwitter上でのニュース拡散を調べたところ、嘘のニュースは真実のニュースより70%高い確率でリツイートされていたという。

 「特に、斬新で奇抜な嘘ニュースほどリツイートされる確率が高かったという。正確で淡々と記された真実よりも、斬新で奇抜な嘘を好む。情報の受け手の態度もまた問われている」

 『フェイクと憎悪』を読みながら、この流れ、止めるのって無理じゃないか? と何度もため息をついた。人は自分の見たいものしか見ないし、知りたいことしか知ろうとしない。つまらない「真実」よりも、面白い「嘘」の方に魅力を感じる。これはおそらく誰の中にもある特性で、その特性とネットは相性がとてもいい。おそらく、フェイクやヘイトの拡散にしても、悪意があるのは一部で、加担してしまう大勢の人たちは、そのことによって「誰かが死ぬほど傷つく」なんて考えてもいないのだ。嘘の情報の拡散によって、誰かの人生がねじ曲げられるなんて、想像もしていないのだ。だからこそ、やっかいなのだ。

 そんなことと、巧妙に「金儲け」の論理や政権の思惑が混じり合って、今の状況を作っている。

 私がショックを受けたのは、沖縄での機動隊員による「土人」発言のあと、大阪で開催された「機動隊員を偏向報道から護るデモ」での一幕の描写。自民党の長尾敬議員らが祝電を送ったということにも驚いたが、斉加氏は、「沿道のおばちゃんの言葉」が胸に深く刺さったと書いている。

 「『(機動隊員に)暴言吐いている人たちのほうがひどい。私だって、客からクレームつけられたら言い返すわ』。おばちゃんは『私らネットからも情報を得てる』と語った」

 既存のメディアではなく、ネット情報に「真実」を見るという心性はわからないでもない。が、斉加氏は、基地反対運動の番組について、視聴者からの意見に「現場へ行って調べろ」ではなく「ネットを見ろ」「ネットで調べろ」というものが複数あったことへの驚きを隠さない。

 「ネットを見ろ」。プロの取材者に吐く言葉ではないが、多くのメディア人が同じような経験をしているのではないか。考えてみれば私も、生活保護バッシングや在日特権などということを言う人からそのような言葉を吐かれたことがある。お前は何もわかっていない。ネットにこそ正しいことが書かれているのになぜそれを見ようとしないのだ、と。

 これまでは、「ああまた来たか」という感じで深く受け止めていなかった。しかし、おそらくそれではダメなのだ。

 フェイクと、ヘイト。自覚なき加害と、巨大な権力の思惑の間で歪められる真実。

 これらの問題への向き合い方について、改めて、深く深く、考えている。

雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。