冤罪が発生する刑事手続きの問題点の検証~具体的事件を素材にして 講師:今村 核氏

新聞やテレビ等のマスコミが冤罪事件を報道することがあっても、どこか遠い世界のことのように感じられ、自分の日常とは結びつきにくいかもしれません。しかし、これまでいくつもの冤罪事件に立ち会ってきた今村核先生は、ごく平凡な生活を送っていた人が、ある日突然に冤罪の犠牲になることがあると言います。
「無実の人が有罪にされる」というあってはならないことが、起きないようにするためには、どのような仕組みが必要なのでしょうか。今回の講演では、日本の刑事司法の問題点を検証しながら、どのように冤罪事件が生み出されるのかについて、今村先生がかかわった刑事事件から、具体的事例をもとにお話しいただきました。[2018年5月26日(土)@渋谷本校]

虚偽の証拠の作成過程①「目撃証言」

 捜査の過程で得られる目撃証言や被害者証言というのは、実は非常に危険な証拠です。地下鉄半蔵門線で起きた三つの窃盗未遂・脅迫事件では、最初に起きた二つの事件の被害者が「犯人は薄いサングラスの男」と証言したことから、別事件で逮捕された被告人Sが全ての事件で起訴され有罪となりました。
 私は控訴審でSの弁護人となりました。面会時に「最初の二つの事件は絶対にやっていない。真犯人は三つ目の事件で一緒に捕まったYです」と涙ながらに訴えるSの姿に、少々疑いながらも調査を開始しました。
 Sが犯人だと被害者が断言した際に使用された写真台帳は、一審で証拠として提出されていませんでした。まず私は、それを不思議に思い証拠開示請求をしました。開示された写真台帳を見てみると、複数名の中でSだけが薄いサングラスをかけていました。また、SとYの写真だけが他の者に比べて薄暗く、顔の面積が大きいことに気付きました。
 続いてSと一緒に捕まったYに面会に行ってみると、Yがいつもは薄いサングラスをかけているが逮捕時にはかけていなかったこと、20年ほど前から窃盗を続けており現在は半蔵門線を縄張りにしていることなどを話してくれました。確かに、Yは16年前から同じような犯罪を行っているという前科がある一方で、Sは今回が初犯でした。
 さらにYの記録に載っていたYの兄貴分Hに話を聞き、私はYが真犯人であると確信しました。Hの証人尋問請求をしたところ、Hは半身不随で入院していたのですが、高裁の裁判官がHの入院先の病院まで出張尋問に来てくれました。審理の末、被告人Sは最初の二つの事件で無罪となりました。
 今回の事件でSが犯人だと断言した被害者は、もちろん嘘をついているつもりはありません。無意識のうちに「犯人は薄いサングラスの男」とのイメージが「Sが犯人である」という記憶に “上書き保存”されていったのです。

虚偽の証拠の作成過程②「虚偽自白」

 ベテラン刑事いわく、自白は、「私がやりました」と認めるだけでは不十分で、犯人が語ったことと現場の状況がピシッと合っていることを確かめられなければ、本物の自白とは言わないのだそうです。
 その一方で、被告人が無実であるにもかかわらず取り調べで罪を認めさせられ、かつどうやってやったのかについて喋らされることを「虚偽自白」といいます。被告人は、やってもいないことを説明しなければならないので、最初は何も話せません。しかし刑事の誘導により、想像しながら少しずつ答えていき、警察の持っている情報と異なれば、何度も言い直しを求められ、どうにか「正解」に辿り着くというのが虚偽自白の作成過程です。
 「下高井戸放火事件」では、被告人は2日間にわたる「任意」の厳しい取り調べの中で、警察から少しずつヒントを与えられながら虚偽自白をするに至りました。しかし、被告人が述べた放火場所と消防が判定した火元が異なったため、裁判では被告人の自白の信用性が争点となりました。検察側が被告人の自白をもとに「火元は2階と1階の2ケ所に存在する2階である」という鑑定を出してきたため、弁護人側でも大工さんや消防研究所、大学教授などの協力を得ながら火災実験を行ったうえで鑑定を出し、「火元は消防の判定のとおり1階のみ」と主張。証人尋問の末に検察の主張を崩すことに成功し、被告人は無罪判決を得ることができました。

虚偽の証拠の作成過程③「偽証」

 目撃証言と異なり、わざと嘘をつくことを「偽証」といいます。この典型事例として「浅草四号事件」があります。
 深夜、浅草警察署のパトカーがフロントガラス以外全てのガラスに真っ黒の遮光フィルムをつけている車を発見し停止を呼びかけましたが、車両は赤信号を無視して逃げて行きました。カーチェイスの末、渋滞にぶつかりようやく犯行車両が停車したので、警官2名がパトカーから降りて同車の運転席に呼びかけたところ、突然車両が急発進して前後の車体にぶつかりながら無理矢理路肩から逃げていきました。
 後日、写真台帳で警官2名が選別したことが決め手となり犯行車両の所有者Kが起訴されました。警官2名は法廷でも「この男に絶対間違いありません。当日は明るかったので顔がよく見えました」と証言し、犯行現場が十分明るかったことを示す実況見分調書なども提出され、Kは有罪となりました。
 控訴審で弁護人になった私が面会に行くと、Kは「車は暴力団のAに貸していた。車内はAの持ち物でめちゃくちゃ汚かった」と必死で訴えてきました。そこで、送検されずに浅草警察署に保管されていた犯行車両を見に行くと、遮光フィルムにより車内が想像以上に暗いことに気付きました。後日、弁護団で犯行現場を再現し照度を検証したところ、顔を判別するなど不可能なほど暗く、警察の実況見分調書の内容が虚偽であることが分かりました。さらに一審で全く検討されていなかった車内の遺留品などを新たな証拠として提出し、Kは控訴審で逆転無罪となりました。
 この事件では偽証した2名の警察官のみならず、虚偽の現場検証の報告書を作成した大勢の人間が嘘をついていました。警察が組織ぐるみで嘘をつき冤罪を生み出そうとしていたのです。

虚偽の証拠の作成過程④「物証と科学鑑定」

 人の記憶に残った供述証拠と異なり、非供述証拠(物証)は劣化することはあっても記憶違いをしたり嘘を言ったりしません。ただし、素人がただ眺めても何の情報も得られず、専門家が科学法則を適用して正確に読み取る必要があります。ここで読み取り方を間違えると大変なことになります。
「今市事件」(栃木県日光市(旧今市市)の小学1年生の女児が、2005年に殺害された事件)では、「林道で小学校1年生の女の子の胸を10回刺し、斜面を下り山林に裸にして捨てた」という自白調書と、警察が撮った2枚の現場写真をもとに、被告人は一審で無期懲役となりました。この警察写真にはルミノール反応により辺り一面が青白く光っている様子が写されていました。ルミノール反応とは、血痕にルミノールと過酸化水素水の混合液をかけると血液中の鉄を触媒として青白く光るという化学反応です。一審では「現場に血は見えないが、ルミノールが反応しているから土に血が染み込んでいる」との判断でした。
 控訴審で受任した私は、発見された女の子の体には血がほとんど残っていなかったのに現場に全く血がなかったことを不思議に思い、現場の山から土と落ち葉を持ち帰り実験してみました。すると土にルミノールをかけても全く光らなかったのに、落ち葉にかけると葉っぱの形に真っ青に光ったのです。専門家に鑑定してもらったところ、葉っぱの有する鉄分が、葉が枯れるにつれ酸化した鉄となり触媒として有効に反応したとのことでした。翌日もう一度現場を訪れ、犯行現場と少し離れたところにルミノール試薬をかけてみたところ、警察写真と全く同じ写真が出来ました。
 この事件は現在も係属中です。現場性の判断に疑問が生じたことで今後裁判がどのように展開していくか分かりませんが、警察の証拠を鵜呑みにしてはいけないと痛感しました。

警察・検察、裁判官、弁護人の問題点

 これまでどのように「嘘の証拠」が作られるかという観点から話をしてきましたが、冤罪が生まれる原因について、裁判にかかわる者(訴訟主体)としての観点からも述べたいと思います。
 まず、警察については代用監獄制度(*)が問題だと考えます。

(*)旧監獄法の規定により、監獄に代用することが認められていた警察署に付属する留置場。監獄法を改正・改題した刑事施設法によっても同様な施設が認められている。

 日本のように、警察にある留置場で最大23日間逮捕・勾留でき、自由に取り調べができる国は、世界に例をみません。また、警察官の意識の問題として、「目の前の人間を見て、犯人ではないかもしれないとは絶対に思ってはならない」という教えが警察内部で受け継がれているそうです。そういう意識でないと取り調べに迫力が出ないと考えているのでしょう。
 検察については証拠開示の在り方の問題があります。そもそも警察から検察へ全ての証拠が送付されていないケースがあり、検察もそれを認めています。全ての証拠を検察に送り、それら全てを弁護人に開示するという方法を辿らなければ、誤判はなくなりません。
 裁判官については人事制度の問題があります。裁判官の人事処遇は最高裁事務総局の人事局が全て決めており、ここでの評価の基準は事件処理数です。全ての裁判官が「早く事件を処理しなければ」というプレッシャーに常にさらされているのです。冤罪事件や無罪判決は慎重に審理を行うためどうしても公判回数が増えてしまうので、神経を使って無罪判決を書くよりも、適当なところで審理を打ち切り、有罪判決を書いた方が事件処理数が伸び高評価を得られるのです。実際にどんなに優秀な裁判官でも無罪判決が多い人は出世していません。
 弁護人については不熱心な弁護活動や怠慢な態度が問題です。これまで述べてきたとおり、弁護人が相当頑張らないと無罪はとれません。弁護士は誰かに管理されているわけではないので、不適切弁護をする者や不始末を起こす者も少なくありません。弁護士も冤罪を生み出す一つの原因といえるでしょう。

今村 核 先生(弁護士、「旬報法律事務所」所属)
東京大学法学部卒。司法修習44期、1992年弁護士登録(第二東京弁護士会)〈趣味〉⑴将棋⑵生物学、生理学、生化学、認知心理学等の人間科学、情報科学等のリテラシーを学ぶこと 〈主な活動内容〉日本弁護士連合会全国冤罪事件弁護団協議会座長、法と心理学会理事 〈著書〉『冤罪弁護士』(旬報社、2008年) 『冤罪と裁判』(講談社現代新書、2012年)シリーズ刑事司法を考える第1巻『供述をめぐる問題』(岩波書店2017年、執筆分担「間違った目撃・被害者供述はどのように生じるか」)等多数。