医療と法律の架け橋をめざして~医療事故・個人情報・認知症高齢者家族の責任を考えながら 講師:米村 滋人氏

医療と法律の架け橋をめざして~医療事故・個人情報・認知症高齢者家族の責任を考えながら 講師:米村 滋人氏

 米村滋人先生は、医学部学生のときに法律家を志すようになり、研修医として2年間勤務した後に法学研究の道に入られました。
 学生時代から医学と法学それぞれの道を両立させ、専門性を高めてこられた米村先生。その背景には、医療に関する法律問題を扱いたいと考えた一方で、社会問題を全体として解決する制度づくりにかかわる仕事がしたいという思いがあったそうです。[2017年9月9日(土)@渋谷本校]

医療に関する知見をもった法律家になりたい!

 非常に苦労して東京大学理科三類に入学したものの、医学部で最初に学ぶ授業は人体の構造や臓器の機能などを片っ端から覚えていく暗記中心のものばかりで、つまらなく感じてしまいました。そこで私は、よく医学部の授業をサボって法学部の授業に出ていました。日頃から日常的に起きるものごとについて法律がどうなっているかを調べたりしていたので、友人からは「法律オタク」と言われていました。
 当時、国会では臓器移植法について話し合われていました。賛成派は脳死を死と認め臓器移植によって救える患者を救うべきだと主張し、反対派は恣意的な判断をされる可能性があるうえ社会的合意が取れていないなどと主張し、両者は激しく対立していました。しかし、私には、賛成派も反対派も感情的になるばかりで、十分な医学的知見を踏まえたうえでの議論が出来ているようには到底思えませんでした。
 本来、法的観点から理論的な制度設計を提案すべき法学者の議論でさえ、一般市民と大差ないようでした。他方、医師たちは「患者を救え」とは言うものの、法律の基本的考えを知らないので制度論を展開することは出来ていませんでした。
 このとき私は、医療、法律両方を知る者こそが、医療に関する法律論を展開出来るのではないかと思いました。そして、私自身が医療に関する知見を持った法律家になろうと決意したのです。
 まだ、実務家になるか研究者になるかを決められなかったので、とりあえず司法試験を受験することにしました。初めて過去の出題問題を見たときにはその難しさに愕然としましたが、医学部の授業の合間に問題を解いていき、奇跡的に半年の勉強で合格することが出来ました。いまだになぜ合格出来たのか不思議で仕方がないのですが、日頃から法的視点で物事を考え論理的に思考する訓練をしていたのが良かったのかもしれません。
 結局、医者と両立しやすく、社会の制度設計によりかかわりやすいだろうという理由で、法学研究者の道を選びました。

医師研修と法学研究の両立

 医学部を卒業後、大学院に進学するとすぐに2年間休学し、研修医として病院に勤務しました。膨大な医学知識は国家試験合格直後に実地で使わなければすぐに忘れてしまうので、記憶が新鮮なうちにトレーニングを受けようと思ったのです。研修医としての日常は非常に忙しく、法律の勉強は全くできませんでした。しかし、それ以上に医療現場は面白かったです。様々なバックグラウンドをもった人が訪れ、それぞれに人生ドラマがあり、もちろん医学的にも多くのことを吸収でき、とても勉強になりました。
 休学を終えて大学に戻ると、病院とのスピード感の違いに戸惑いました。当たり前と言えば当たり前ですが、毎日研究室に行っても本を読むだけ。誰とも話さず、ひたすら黙々と机に向かって本を読むという日常が気だるく感じられました。これでは調子が狂うと思い、医者の感覚が鈍らないよう週に1〜2回は医者の仕事を続けていました。
 医者は患者さんが良くなったり、感謝してもらえたりすることがモチベーションになりますが、法学研究にはそれがありません。実感としては、医者の方が充実感がありました。
 医者としての専門性を高めるため、博士課程に進学するとまたすぐ休学して病院に戻りました。ただ、どんなに忙しくても週に1回は東大法学部の研究室に行き勉強するようにしていました。仕事をしながら勉強をしている人は、目の前に優先順位の高い仕事があるとなかなか勉強に集中することが出来ません。「この日のこの時間には、何が何でも勉強に集中する」と決めることで、それなりに集中して仕事も勉強もこなすことが出来ます。この時期に初めて医師と法学研究の両立が出来たように思います。

フィールドの拡大 〜災害ボランティア

 縁あって、2005年9月に大学院を中退し東北大学に赴任しました。週に1〜2回の病院勤務を続けながら法学部で授業を行いましたが、いろいろな人と議論しながら研究するのはとても楽しい経験でした。ここで初めて、この仕事に向いているかもしれないと思いました。研究以外の仕事も非常に増え、2009年からは2年間ドイツへ留学しました。
 帰国前の2011年3月11日。日本で震災が起きたことをドイツのニュースで知りました。大慌てで同僚に連絡をしましたが、連絡がつかない先生もいました。急いで日本へ帰国し、仙台の部屋や研究室を片付け、被災地域の知人を訪ねると、あまりの光景に言葉を失いました。災害拠点病院として石巻市内の患者を受け入れる予定になっていた病院は、がれきの山が入り口を埋め尽くし、2階まで浸水していました。当然のことながら災害拠点病院を津波浸水想定区域につくってはいけません。ちょっと考えればすぐ分かるはずなのに……。憤りと空しさで胸がいっぱいになりました。
 私はすぐに大学に戻り、被災者を支援するために学内に災害支援拠点をつくるべきだと運動をしました。6月に東日本大震災学生ボランティア支援室が設置されましたが、運営をする人が誰もいなかったので9月から支援室の仕事を請負いました。ほぼ毎月学生をつれて被災者支援に行き、大学ではボランティアの授業も行いました。
 さて、私はこれまでとにかくいろんなことをやってきました。学者というのは、他の人と違う新しい切り口で社会に提案していかなければいけません。そのためには、いろいろな文化を知り、いろいろな人と話をすることが有意義です。また、複数のことを同時並行で行うことで、結果的に効率良く仕事ができ、一つひとつの深みが広がることを実感しました。考え方は人それぞれですが、自分にはこのやり方が合っていると感じています。

誰のためにどんな制度設計をするべきか

 最後に、いま私が取り組んでいるテーマを少しお話ししたいと思います。
 まず、医療事故について。1990年代後半以降、医師の責任を厳格化することで医療の質を向上させようという風潮が強まり、医療事故の訴訟が増加しました。その結果、過酷な医療環境から離職者が増え、地域医療の崩壊が叫ばれましたが、肝心の医療事故は減りませんでした。
 「医療事故を減らすには、裁判ではなく事故調査を充実させるべきだ」との声が高まり、2014年に厚生労働省下に医療事故調査制度が創設されましたが、結局、責任追及をおそれ調査に反対する医療関係者が多く、事故調査制度はほとんど使われないまま有名無実化しています。しかし、適正な事故調査をせず事実がうやむやになることで不利益を被るのは一般国民です。制度設計をするうえで、何が最大の課題でいかに解決すべきなのかを冷静に検討する必要があります。
 続いて、個人情報保護について。従来、個々の患者データは医療関係者間で共有されていましたが、2015年の個人情報保護法改正に伴い法の運用が厳格化され、本人の同意なしには、医療情報を本人の医療以外の目的で利用することが難しくなりました。医療関係者は、医療情報は公共財であり個人情報を私的領域に留めるのはおかしいと主張しますが、この考え方が必ずしも一般に受け入れられるとは限りません。他方、震災後の地域社会において、誰がどこに住んでいるか分からなかったことにより孤独死が増加したという現実もあります。個人情報の保護をどのように図るかは、社会のあり方との関係で慎重に考えるべき問題です。
 認知症高齢者をめぐる責任については、2016年3月1日に最高裁が「家族は監督義務者ではない。ただし、責任無能力者の監督を現に行い、特段の事情が認められる場合には監督責任を認める」といった判決を下しましたが、この最高裁の法律構成は従前の監督責任に関する法解釈と乖離しているうえ、責任の所在が曖昧であるとして、さまざまな問題点が指摘されています。
 法律の知識は、結局は一つの「道具」に過ぎません。われわれ研究者は法の体系性や理論的整合性を重視することが多く、それはそれで重要ではあるのですが、社会の側から見れば法律の論理だけですべてが決まっているわけではなく、法理論を振りかざしても人々に受け入れてもらえないことはよくあります。
 法律家自身が、どういう社会を理想と考え、自分はどう生きたいと考えているのかということを、社会に向かって丁寧に説明することが重要です。

医療と法律の架け橋をめざして

 それぞれの立場の人が、社会の役に立てるよう、なるべく良い仕事をしようと思っています。ただ、立場によって視点が違うため、思い込みで議論していることが多分にあります。そこで、仲を取り持つ人が必要です。日本の文化として、どの業界も「この道数十年」といった叩き上げの人が評価される仕組みになっているので違う世界のことを知っている人は少ないのですが、そういう人こそ必要とされています。
 法律とは、社会を構成するあらゆる立場の人を包含したうえで、社会を維持し構成していくためにあるものです。法律を学ぶ皆さんには、表面的な知識にとらわれず、そのような法律の背後にある「意味」を考えるようにして頂きたいと思います。そのためには、ものごとを様々な視点から見ることが必要です。
 いま法曹を目指して頑張っていらっしゃる皆さんも、ぜひ自分の世界を広げながら頑張ってください。

医療と法律の架け橋をめざして~医療事故・個人情報・認知症高齢者家族の責任を考えながら 講師:米村 滋人氏
米村 滋人氏(東京大学大学院法学政治学研究科准教授、内科医、法学者)
1998年10月司法試験合格。2000年3月東京大学医学部医学科卒業。2000年5月~2001年5月東京大学医学部附属病院非常勤医員(研修医)。2001年6月~2002年3月公立昭和病院内科レジデント。2004年3月東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。2004年5月~2006年3月日本赤十字社医療センター第一循環器科医師。2005年9月~2013年9月東北大学大学院法学研究科准教授。2013年10月~東京大学大学院法学政治学研究科准教授。