第44回:あなたには居場所がありますか?(木内みどり)

第44回:あなたには居場所がありますか?

 「ゴンドラ」って映画をご存知でしょうか?
 不思議な映画なのです。

 30年前、伊藤智生(いとう・ちしょう)という28歳の映画監督志望の青年が自分が制作準備している映画の主人公「かがりちゃん」のお母さん役で出演してほしいと会いに来てくれました。熱心に口説いてくれるその話を聞き、既にできていた脚本をもらってミーティングを終えてから、わたし、静かに本気で考えました。

 当時のマネージャーやスタッフは全員、出演に反対。

 その理由は、監督が全く経験のない無名の映画青年であるということ、スタッフもほとんどが20代の経験のない人ばかり、ギャラは極端に少ない、たくさんのレギュラー番組を抱えていたのでスケジュール調整も大変、なんのメリットもなくリスクは高過ぎると。

 それと、問題は、裸のシーン。小さい頃から「棒切れ」のように貧弱な体のわたし。人さまにお見せできる裸じゃないことはわたし自身がいちばんよく知っています。

 でも、でも、わたしは引き受けました。

 伊藤智生さんの「熱」を信じたのです。映画の「内容」に口を出されるのは嫌だからと、費用は全額彼自身が調達という、ほんとの自主制作だというその覚悟!

 裸も必要な要素でしたから気にしないことにしました。世の中、豊満な女性ばかりではないのだし、シャワーを浴びている姿をあちこち隠すアングルでの撮影でごまかすなんて、その方がみっともないし、恥ずかしい。裸でシャワーというまったく無防備な状態の母親だからこそ11歳の娘は全身で抵抗・反逆できるというシーンなのです。

 苦難・苦労続きの撮影が終了し、編集が済み、映画は無事に、完成。

 試写を見た方々の感想は、新鮮、センスがいい、世界を捉える感覚が好き……と、好評でした。「テアトル新宿」で公開されると、さらに、いろいろな批評が出ました。詩人の谷川俊太郎さんは細かい細かい部分を指摘しての素敵な賞賛文を寄せてくださいましたし、あの川喜多かしこさんは、日本以外のところで上映しなさいとアドバイス。当時のパンフレットにはいろんな方の批評、感想、コメントが載っています。

 が、この映画、当たりませんでした。一般受けしなかった、ということなのでしょう。伊藤監督は初めての自主制作映画の失敗で多額の借金を負いました。

 それから、30年。

 伊藤さんはその後、彼の熱心なファンの人に誘われるままにAV映画を撮るようになり、多数の作品を監督することで、借金を返済、いつの間にかAV監督「TOHJIRO」として「伊藤智生」とは別人として有名になっていきました。

 一昨年末、ご自分が還暦という節目に、初監督作品『ゴンドラ』のフィルムが退化・劣化する前にデジタル化しようと思いたち、費用をかけて作り直しました。

 それを観た人たちは感動しました。30年も経っているのに作品がまったく古くなっていないことに。作品世界の感覚が今こそ通用する、現在の人にこそこの映画を見せたい……という声があがり、自主上映してみると、評判を聞きつけた人が増えて増えて、ついに30年ぶりのリバイバル上映が決定。渋谷ユーロスペースで上映されました。ここが終了する前にポレポレ東中野でも上映が決まりました。

 今年、2017年2月、ポレポレ東中野で上映されるその初日に、監督とアフタートークしてほしいという話がありました。

 うぅ~~、わたし、考えました。

 30年も経過してお互いにかなり変化しているから話が噛み合うかどうか、不安でした。だってわたしはAV映画のことを知らないし、彼はAV映画を30年も撮ってきた人なのです。そこで、「現在の伊藤さん」はどんな人なのか知りたくて、リバイバル上映にあたっての考えを話してらっしゃるインタビュー動画を教えてもらい、それを、観ました。


 風貌はすっかり別人でしたが、人としてはなにも変わっていない !その誠実さ、正直さ、やさしさ……。特に心に響いたのは「AV 映画に出演する女優さんたちは、どこかで傷ついてきた人、居場所がなかった人、『かがりちゃん』なんです」

 初日のアフタートークをすることを決めてから、わたし、提案しました。「せっかく30年ぶりの再会なんだから、客席の皆さんにも楽しんでもらいましょうよ」。当日、伊藤監督とわたし、会場入りの時間をずらして事前に顔を合わさないまま、ステージに登場、再会。予定調和ゼロの緊張した時間でしたが、多くの皆さまにも楽しんでいただけました。

 このポレポレ東中野も満席が続き、急遽、キネカ大森でも上映、ここも満席が続き、アップリンク渋谷、続いて下北沢トリウッド、それから地方へ……と続いています。もちろん、全て、ミニシアター。大手シネコンの映画とはまったく別の世界のことではありますが、観た観客の「熱」が違います。

 今日現在( 2017年10月9日)、再上映している下北沢トリウッドまでで数えると、15もの劇場で33週と5日目。リピーターの人の最高が32回! 同じ映画を32回も見る……。ボクは18回、わたしは12回……と皆さんうれしそうに仰います。

 きのう会った女性は「わたしこれで5回目です」って、恥ずかしそうに打ち明けてくれました。観てくださる方々の反応が「熱い」のです。

 ふと、想い出します。

 わたしにも32回観た映画があります。The Beatles の『ビートルズがやって来るヤァ! ヤァ! ヤァ!』。同じビートルズの『Help !』も18回観ています。初めは16歳の時でそれから繰り返し、幾度も幾度も。あれと同じこと。

 その映画の時間に浸っていたい。
 その感覚の中にいたい。
 自分の中のその部分を大切にしたい。

 30年前も今も、居場所が見つからない、自分が立っている場所がしっかりしていないと不安な人は多い。子どもや連れ合いや友だち、両親、親戚、隣人、上司、同僚……人間関係に苦しんでいる人。都市生活に馴染めない、混雑に耐えられない人。誰しもがいろいろな不安を抱えている。30年前よりもっと複雑に。

 「アベ政治」でグチャグチャにされてしまったこの国に、さらに「コイケ」恐怖が襲いかかってきている今、わたしたちの不安は深く複雑になってきている。

 果たして、10月22日投票の結果はどうなることでしょうか?
 私たちは、戦争に向かう米軍に隷属の世界で尊厳を保てるのでしょうか。

『ゴンドラ』公式HP
http://gondola-movie.com/

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木内みどり
木内みどり(きうち みどり):女優。’65年劇団四季に入団。初主演ドラマ「日本の幸福」(’67/NTV)、「安ベエの海」(’69/TBS)、「いちばん星」(’77/NHK)、「看護婦日記」(’83/TBS)など多数出演。映画は、三島由紀夫原作『潮騒』(’71/森谷司郎)、『死の棘』(’90/小栗康平)、『大病人』(’93/伊丹十三)、『陽だまりの彼女』(’14/三木孝浩)、『0.5ミリ』(’14/安藤桃子)など話題作に出演。コミカルなキャラクターから重厚感あふれる役柄まで幅広く演じている。3・11以降、脱原発集会の司会などを引き受け積極的に活動。twitterでも発信中→水野木内みどり@kiuchi_midori