内閣が「有利な時期に解散をするのは当たり前」なのか(マガジン9編集部)

内閣が「有利な時期に解散をするのは当たり前」なのか(マガジン9編集部)

 「衆院解散・総選挙へ」のニュースが駆け巡った連休明け、日本維新の会の代表である松井一郎氏の、こんな発言が朝日新聞に掲載されていました(なんだか日本語が怪しいのですが、ママです)。

「選挙は戦いだから、有利な時期に解散をするというのは、だからこそ総理に解散権がある。いつも衆院議員は常在戦場って言っている。批判してもしょうがない。それ批判するのは、負け犬の遠ぼえだ」

 たしかに現状では、「いつ衆議院を解散するか」は、内閣次第。今回のように、まったく解散する理由が見当たらない(都合の悪いことを隠したい、以外に)場合でも、総理が「解散する」とさえ表明してしまえば、当たり前のように事態は前に進んでいきます。でも、よく考えたら、それっておかしくないでしょうか? どうして、唯一の立法機関で「国権の最高機関」でもあるはずの国会を、与党に都合のいいタイミングをはかって解散できるようなことがまかり通っているのか…。
 もやもやしていたら、明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)でも活躍する弁護士の内山宙さんが、Facebookの投稿で分かりやすい解説をしてくれていました。
 詳細はリンク先を読んでいただければと思いますが、そもそも内閣や首相に国会の解散権がある、といった条文は、憲法のどこを探してもありません。ただ、天皇が衆議院の解散を「内閣の助言と承認に基づいて」行う、と書かれた憲法7条3号があることで、「だから内閣に解散権がある」という解釈がなされてきたのに過ぎないのだといいます。
 しかし、それをイコール「内閣の好きなときに」解散ができる、という解釈に結びつけるのは、あまりにも飛躍が過ぎるように思います。憲法に「衆議院の解散」について書かれている条文はもう一つあって、それが「内閣不信任案が可決されたときには、内閣は総辞職するか、もしくは衆議院を解散せよ」と書いてある69条です。この69条、つまり内閣不信任に匹敵するような、国民に信を問うべき問題が発生しているときにのみ、内閣は衆議院を解散できると考えるのが、順当な解釈ではないでしょうか。
 
 この、内閣による「解散権の濫用」については、これこそ憲法改正をして縛りをかけるべき問題だという声が専門家の間でも少なくないようです(もちろん、現行憲法下でも明らかに違憲だという声も)。本当に改憲すべきかどうかはもっと議論が必要なところですが、少なくとも今回もこのまま大義なき解散・総選挙が行われるのであれば、それ自体がおかしいということに対してはきちんと声をあげ、選挙でその意思を示していきたい。そして、冒頭の松井発言のような、選挙や国会を政局からだけしか捉えられないような人に、政治の場にいてほしくはないと思うのです。

(西村リユ)