マガ9ツイッターのメンションへのお答え(マガジン9編集部)

マガ9ツイッターのメンションへのお答え

 先の衆議院選挙の期間中に、辻元清美議員についてのデマに関する記事をマガ9ツイッターで紹介したところ、辻元議員の過去の著作『清美するで!!』(第三書館)の中の対談中の発言について、これは「皇族へのヘイトスピーチ」ではないか、ヘイトスピーチを許さないとしているマガジン9は、このような発言をする辻元議員についてどのように考えているのかを問うメンションが、投票日前後に連続してありましたので、これについてこちらでお答えをしておきます。
 まずは、この著作は手に入れておりませんので、どのような文脈での対談内容なのか、確認はできておりません。ツイッターを書かれた方がしばしば引用している「白アリの女王みたいな、気持ち悪い」との発言は、辻元さんのものではなく対談相手の発言であり、またこの発言の取り上げ方も前後を省略して印象操作している、ということは添付されている本のページの画像を拡大してよく読むとわかります。またこの著作は1987年3月初版のもので、1996年に初当選した辻元さんは当時、国会議員ではなかったという事実もあります。
 その上で、現在の辻元議員の天皇制や皇族に対してどのような考えを持っているか、というのは国会の憲法調査会という公的な場所ではっきりと発言されており、国会議事録にも収録され、辻元議員の公式ブログでも紹介がされています。
 これらのことから、マガジン9の見解としては、現在、辻元議員が「皇族へのヘイトスピーチ」にあたるような発言はしていない、と考えていますし、象徴天皇制と平和主義の関係について、今後さらに議論を深めていこうとするスタンスについても問題はない、と考えております。

 以下に書き起こし部分の抜粋をそのまま貼り付けておきます。

○辻元委員 民進党の辻元清美です。
 本日は、象徴天皇制についての私の考えの変遷と、そして、特に象徴天皇と平和主義との関係について意見を申し述べたいと思います。
 三十年ほど前、私が学生のときに、先ほど御指摘があったような発言をし、天皇制に疑問を抱いたことがございます。それは、戦前の天皇と戦後の天皇のあり方について疑問を持っていたからなんです。
 戦前の天皇制のもと、戦争で多くの若者が亡くなりました。私は、自分の祖父も太平洋の南の島で戦死しているんですけれども、天皇陛下万歳ということで戦死したのかというような割り切れない思いから、天皇制について疑問を抱いたのは事実です。
 その後、私はこの思いを土井たか子さんに聞いていただきました。土井さんからいろいろなことを学び、戦後、日本国憲法のもとで日本は生まれ変わった、戦争放棄の国になった、そして、憲法に規定されている象徴天皇をしっかり尊重しなければならない、そして、平和主義と象徴天皇の関係、多くのことを学びました。私は、自分の考えが一面的だったと痛感をし、そのとき深く反省をいたしました。
 その後、さまざまな立場の方たちとも議論を積み重ね、この象徴天皇の歴史的な背景や、そして立憲主義の大切さ、そして国会議員が憲法尊重擁護義務を持つことの重みをかみしめるようになりました。
 天皇皇后両陛下は、アジアの歴訪の際、慰霊をされます。このときに、特に私は感銘を受けるのは、日本の私たちの先人の慰霊だけではなく、現地の人たちの慰霊もされるということです。
 昨年、フィリピンを訪問された折に、フィリピンの市民の慰霊を先にされたんです。ちょうど一月二十七日にフィリピン人の犠牲者の無名戦士の墓を慰霊され、そして一月二十九日、日本人犠牲者の戦没者の碑を慰霊されています。そのときに、さきの大戦でフィリピンが日米の戦場となり、多くの市民が犠牲になったことについては、私ども日本人が決して忘れてはならないこととお述べになりました。私は非常に感銘を受けました。
 そんなさまざまな象徴天皇としての御公務やお務めを拝見するに至り、私は、今の天皇皇后両陛下が象徴天皇のあり方を模索してきたんだという御発言をされたこと、この重みをしっかり受けとめなければいけないと思っています。
 そんな中で、この日本国憲法の、特に平和主義の理念を体現するんだという強い決意を私は両陛下から感じております。
 戦争という壮絶な体験のもと、天皇皇后両陛下を初めとする先人たちが、どんな思いで、どんな戦後をつくろうとしてきたのか。私は自分の祖父の戦死からさまざまなことを考えてきましたけれども、多角的な目を持って私たちはこの象徴天皇制についてのあり方を議論しなければならないなと思っております。そして、あまたの犠牲から生まれた日本国憲法の価値をしっかり次世代に受け継いでいくというような思いも、私は今の天皇皇后両陛下から感じております。
 そういうことも踏まえまして、象徴天皇制と平和主義の関係について議論を深め、そして、過去の戦争のようなことが二度とないようにしていくということを本審査会でも提起させていただいて、私の個人の変遷と、そして現在の関係を述べさせていただきました。
 ありがとうございました。