第6回:民進党崩壊、それは1本の記事から始まった…?(鈴木 耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 ぼくのような年齢になると、多少のことでは驚かなくなるけれど、いやあ、今回の民進党投げ売り劇場には、ビックリしたなあ、もう(三波伸介)である。いったい何なんだ、こりゃ?
 野党第一党の党首が、まだ姿もはっきりしない党へ、自分の党を丸ごと叩き売っちまったという前代未聞の大珍事。「政界は一寸先は闇」と言うけれど、この闇はうさん臭すぎる、ドブ泥の臭いがする。

“女帝”の怖~い言葉

 「政治とは言葉の戦いである」というのは政治学上の常識である。しかし、どうもそうとも言えなくなったようだ。「言葉の戦い」であれば、きちんと論理を研ぎすませたうえで、論争相手と丁々発止とやり合うのが常道だと思うのだが、その言葉がなんとも荒っぽい。
 一気に政治の表舞台の主演女優になった小池百合子氏が、そのにこやかな笑顔とは裏腹に、すさまじい言葉を連発する。
 何をするのかよく分からないが「日本をリセットする」に始まって、リベラル派の人たちは「排除いたします」。さらに、公認するかどうかについては、「アタクシが判断します。全員公認なんてことはさらさらありません」とまさに女帝の面目躍如。
 これにはさすがに、売り込み口上の約束が違うと、いったんは満場一致で前原誠司代表の合流なだれ込み路線に賛成したはずの民進党内からも、猛反発の声が上がった。
 小池知事の「激語」(むしろ「失言」というべき)には、一部メディアやネット上でも、かなりの批判がで始めている。人を「排除」し「さらさらない」などと斬り捨てるのは、人間としていかがなものか…と。
 しかも、一足先に脱走した裏切り男からは「三権の長だった人は無理」だとか「安保法制に反対するような人は認めない」などという威丈高な選別のエラそうな声も聞こえる。この男、いったい何様か? 自分も所属していた党の、しかも自分も反対したはずの「安保法制」を認めるかどうかを踏み絵にするのだという。
 国会前の「安保法制反対デモ」に参加して「こんな自民党の暴挙を許しておくわけにはいかない! 安保法制は絶対に撤回だっ!」と大声を張り上げていた動画が、ネット上にくっきりと残っているのだよ、細野豪志さんよ! いくら「政治家の言葉」が軽くなっているとはいえ、これほどあからさまに「言葉」をバカにした政治家にもあまりお目にかかれない。
 ちょっと権力に近くなったと錯覚した人間の、世にもイヤらしい側面がすでに現れたわけだ。

新しい道が見えた

 さすがに我慢の緒が切れた議員たちが、枝野幸男氏を中心にして「リベラル新党」結成に動いた。「立憲民主党」と名乗るという。「希望の党」ではなく、ようやく本来の「希望の火」が見えたと思う。

 10月1日に行われた東京都武蔵野市の市長選挙では、民進・共産・社民・自由の野党4党推薦の松下玲子さんが、自民候補をほぼダブルスコアで破って初当選したし、同日の山梨市長選でも民進・社民推薦の高木晴雄氏がやはり自民候補に競り勝った。
 つまり、野党が協力すれば勝てるということを、直近のふたつの地方選挙が証明してみせたわけだ。共産・社民・自由の一部、それに立憲民主党が協力すれば、かなりの選挙区での勝利も見えてくる。
 時間は少ない。それでも、保守・極右の2大政党制成立に待ったをかけるには、この道しかない。

発端は1本の記事だった…

 でも、いったいどうしてこんなわけの分からない事態になっちまったんだろう? もうみなさんの記憶からは薄れてしまったかもしれないが、発端は、1本の週刊誌記事だったと、ぼくは思う。
 9月1日に民進党代表選で枝野幸男氏を破って代表に就任した前原誠司氏は、人事の目玉として、山尾志桜里氏を幹事長に抜擢しようと決めた。しかし、その報道が流れた直後、前原氏はその人事案を撤回。
 理由はすでにみなさんご存じのように、山尾氏に関する「週刊文春」のスキャンダル記事だった。
 今回の「民進党身売り劇」の発端は、まさにこの1本の記事だったとぼくは思うのだ。
 国会審議の場で、安倍首相に対し厳しく迫る山尾氏の迫力は、男性が圧倒的に優位な日本の国会に「新しい時代」の風を巻き起こすように見えた。安倍首相の「すべての女性が輝く社会づくり」などという空疎なスローガンを、実はきちんと国会の場で表現してくれたのは自民党のおバカ女性議員たちではなく、皮肉なことに民進党の山尾志桜里氏だったのである。
 その山尾氏を幹事長に抜擢することで、前原民進党はイメージアップを図ろうとした。戦略として正しかったと思う。だからそれは、成功するのではないかと思われた。ほとんどのマスメディアも、山尾氏抜擢には好意的な論調だったのだ。

 歴史に「もしも」は許されないが、それでもあえて言いたい。
 もしも山尾氏が民進党初の女性幹事長として、さっそうと選挙戦の最前線を飛び回り、街頭で「安倍解散には大義も何もありません。私利私欲による『モリカケ疑惑隠し解散』です」などと舌鋒鋭く安倍批判を繰り返したらどうなっていただろう。そして「野党統一候補」といっしょに選挙カーに乗り込んでツーショットで手を振ったなら「これは絵になる」ということで、マスメディアもこぞって取り上げただろう。
 そこへ小池百合子氏が出てくる。ワイドショーあたりが「女の戦い衆院選」と一斉に飛びつく。「徹底比較 百合子 vs 志桜里」などと特集を組み、片やカイロ大学卒の元ニュースキャスター、もう一方は東大法学部卒の元検事、さらに、そのファッションセンス比較から恋愛遍歴まで、おもしろおかしく取り上げたに違いない。
 そうなれば、旧いイメージの安倍自民党は太刀打ちできない。だって出てくるのが稲田朋美氏や今井絵理子氏、それに高市早苗氏とくれば、やる前から勝負は目に見えている。
 もちろん、そんな低次元の「徹底比較選挙」では政策も何もあったもんじゃないじゃないか…と多くの人たちの顰蹙を買うだろうけれど、小選挙区制という現在の制度では、とにかく相手候補より1票でも多けりゃ勝ち。何としてでも勝ちに行くためには、きれいごとなど言っていられない。
 実際「小池劇場」は、まさにそんなありさまになっている。政策なんかそっちのけで、連日のように、カッコいい(つもりの)帽子などを小粋(のつもり)にかぶって見せるファッションショーを開催中。
 再びもしもだが、華麗な百合子ファッションに、きりりと着こなしたキャリアウーマンの志桜里ルックで対抗したら、いい勝負になっていただろう。そこへ山尾氏の「野党統一候補とともに戦う」というキャッチフレーズが加わるのだから、マスメディアが騒がないはずがない。
 そうなれば選挙戦は盛り上がり、前原代表が資金も組織も人材もひっくるめて、党を丸ごと売っ払ってしまうような、前代未聞の無惨な終幕を迎えることもなかっただろうと思う。
 だが、1本の記事が、そんな状況を完膚なきまでにぶっ壊した。山尾氏はなんであんな脇の甘いことを……といまさら言ってみたって仕方ない。たった1本の記事が、この国の未来を変えたのだ。

野党協力の力を

 「傾城(けいせい)の美女」という言葉がある。その美しさで権力者を惑わし、国を傾けさせてしまうほどの女性のことを指す。まったく違う意味だけれど、山尾氏は、確かに「傾城の美女」だったのだ。
 しかし逆から見れば、山尾氏は、この国を建て直すいい機会を与えてくれたのかもしれない。
 まるで鵺(ぬえ)のような野党第一党(民進党)の、憲法や戦争法をめぐる内部対立を整理して、きちんと区分けするきっかけを作ったこと。つまり、有権者から見て「投票しやすい構造」が出来上がったこと。それに、安倍極右一強政治の揺らぎを招来したこと。
 物事はいいように解釈しなくてはならないと、悲観主義者であるぼくは、そう思うことにしたのだ。

 これで「やっと投票先が決まった」と、ホッとしている人たちも多いだろう。だから「野党統一候補」が、たくさんの選挙区で立ってくれることを、心から希望する……。

 気分が落ち込んだ時は散歩に出る。
 ぼくのいちばん好きな花、コスモスが風に揺れていた。
 コスモスには「調和と秩序を持つ宇宙、もしくは世界」という大きな意味もある。この国に、このぼくたちが生きているこの世界に、平和と調和と秩序が戻ってきますように………。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。