第9回:安倍政治 行き着く先の ディストピア(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

結局は 600億円の 空騒ぎ

 「地獄の釜の蓋も開く」という諺がある。本来は、正月の16日とお盆の7月16日は、地獄の鬼たちも仕事(悪人・罪人を釜茹でにする)を休む日なのだから、みんなも仕事を休んでいいよ、という意味らしい。でもぼくはこれまで、地獄の釜の蓋が開くから恐ろしいことが起きるぞ…というように誤解していた。何となく、そのほうが怖そうだし。
 そういう誤解のまんまの感じでとらえると、今回の選挙はまさに「地獄の釜の蓋が開いた」ような気がする。なんだかとても恐ろしいことが起きそうだ。なにしろ自民党の圧勝で、あの「安倍一強政治」がもっと強化されそうに思えるのだから。
 しかし、ちょっと待てよ、と思う。
 冷静になって選挙結果を見てみると、この選挙で何が変わったのか、選挙前とどう変わったのかが、よく分からない。だって衆議院の与野党の構成は、選挙前とさほど変わっちゃいない。与党と野党の議席数は選挙前とほとんど同じなのだから。
 ただひとつ、野党側が「保守(右翼)」と「リベラル」の色分けがきちんとできて、とても分かりやすくなったのが成果といえばいえるかもしれない。
 でも結局は、630億円もの我々の税金を使って行った衆院総選挙は、壮大な空騒ぎに過ぎなかったようだ。

 自民党は284議席(解散前も284)を獲得、公明党29(同34)。だから自公連立政権は計313議席(同318)。
 対して希望の党は50(同57)、立憲民主党55(同15)、共産党12(21)、維新11(同14)、社民2(同2)、無所属22(同38)で、野党系(この言い方にはかなり疑問符もつくが、とりあえず連立とそれ以外、と区分する)は計152議席、ということになる。
 これは、解散前の自公連立318議席が313議席になり、その他は147から152になったということになる。だからほとんど解散前と変わらない結果だというしかない。

第9回:安倍政治 行き着く先の ディストピア(鈴木耕)

選挙当日は台風襲来。翌日の多摩川は、選挙結果に怒ってるのか、荒れ狂っていた

もう一期 とにかく総理を 続けたい

 では、この解散はいったい何のためだったのだろう。わけが分からない。
 安倍首相は解散にあたって、いろんな理由を述べたけれど、どれひとつとして納得できたものはなかった。
 アベノミクス? 北朝鮮の脅威? 消費増税分の使い道変更? 教育の無償化? それらは、別に突然の解散で問うようなものじゃない。それこそ粛々と国会で議論すれば済むことなのだ。北朝鮮の脅威を言い立てるなら、むしろ選挙などしている場合じゃないだろう。
 それでも安倍首相は解散総選挙に打って出た。ということは、争点は「このまま安倍首相でいいのか」しかなかったはずだ。それだって、ぼくには意味がよく分からなかった。直前の調査では、安倍内閣の支持率は「支持しない」ほうが「支持する」を上回っていたのだから、普通の感覚だったら、そんな状況で解散なんかするはずがない。
 だから理由はただひとつ。
 「野党の態勢が整わぬうちに選挙をすれば、あまり負けずに済む」だったのだ。とにかくなんとか勝って、来年の総裁選でもう一期総理大臣をやりたいとの一心。
 そんな意味不明の解散に、思わぬところから助っ人が出現。前原誠司民進党代表と小池百合子希望の党代表のコンビである。ふたりが安倍自民党へどんな助っ人ぶりを発揮したかについては、もうイヤになるほど聞かされたり読まされたりしただろうから、ここでは繰り返さない。
 このふたりについては「その罪、万死に値する」で足りる。

抑圧と 支配、格差の 監視社会

 安倍強権政治の行く先は、一種のディストピア(反理想郷)であろう。自由な発言を阻害し、マスメディアを支配し、格差を拡大し、反抗する者は暴力で抑圧することさえ辞さず、SNSさえ監視する。まさにディストピアそのものである。
 ぼくはそんな社会はまっぴらだ。だがこの世には、支配され抑圧されることを心地よく感じる人たちも、確かに存在するようだ。
 ネット右翼といわれる一群は、スケープゴートを求めてネットの中を鵜の目鷹の目で探し回り徘徊する。そこで血祭りにあげるのは、自分より弱い立場の者。実は自分たちも支配され抑圧されているのだが、その不満のはけ口を、権力によって提供されているのだということに気づかない。
 権力の煽動によって大衆が熱狂し、抵抗者を非国民扱いにして罵倒する。選挙運動最終日の秋葉原で現出したのは、まさにそんなおぞましい光景ではなかったか。
 ぼくもネットで見た。日の丸の渦の中で熱狂し、「安倍さんガンバレ!」を叫び、「戦争反対」とか「アベ政治を許さない」などのプラカードを掲げた人たちを取り囲み、あげくに暴力を加えるさまを、ぼくは背筋の凍るような思いで見ていたのだ。
 籠池氏に「安倍首相ガンバレ、安倍首相ガンバレ!」を唱和させられていた塚本幼稚園の園児たちを思い出させる光景だった。あれほど安倍晋三氏を慕い、その名前を冠した小学校を作ろうとまでした籠池夫妻は、安倍夫妻にいとも簡単にゴミ箱に捨てられ、いまも鉄格子のなかにいる…。

「死に票」で やっと勝ったか 自民党

 
 安倍自民党の圧倒的勝利で終わった今回の総選挙。しかし、その結果を仔細に検討すれば、安倍自民党の単純な勝利でないことは簡単に分かる。
 小選挙区での自民党の得票率は47.1%だが議席数に占める割合は74.39%(215議席)、比例では33.2%の得票で議席占有率は37.5%(66議席)だ(注・選挙後の追加公認を含めていないので、計281議席)。比例では、ほぼ得票率に応じた議席数しか獲得できていないのに、小選挙区では「死に票」のおかげで大勝利したのだ。
 もし小選挙区制ではなく、すべてが比例代表制だったなら、自民党は174議席しか獲得できなかった計算になる。でも結果は、自民党284議席=議席占有率61%だ。本来の獲得議席数よりも、実に110議席も多いのだ!
 小選挙区制の最大の欠点は、このように「死に票」の多いことだ。今回の小選挙区での自民党の得票率は47.8%である。半分以上の投票者は自民党以外に入れたのに、その多くが「死に票」になってしまったのだ。
 繰り返すが、自民党は50%以上の人には支持されていない。もっと大きく見れば、全有権者数に占める自民党の得票率(絶対得票率)は25.2%にすぎない。棄権者は言う資格がないかもしれないが、たった25%の得票で、安倍政権は「信任された」などと大きな顔ができるのだろうか?
 ぼくは何度もコラムやツイッターで書いてきたけれど、このいびつな選挙制度を改革しなければ、同じことが何度でも起きる。

戦争も 見方かえれば 平和なり

 『一九八四年』(ジョージ・オーウェル、高橋和久訳、ハヤカワepi文庫、860円+税)という有名なディストピア小説がある。なぜか、少し前からなんとなく気になって読み返していた。
 「ビッグ・ブラザー」と呼ばれる正体不明の独裁者が操る「ニュースピーク」という言葉が不気味だ。
 戦争は平和なり  自由は隷従なり  無知は力なり
 それに疑問を持つ主人公のウィンストンが恋人ジュリアとともに、いかにして洗脳され支配され服従させられていくかが極めて詳細に語られる。それこそ身も凍るような監視社会の描写である。1949年に発表された小説なのだが、その時代にこんな凄まじい近未来(1984年)を思い描いていたとは、作家の想像力の奥深さはすごいものだ。
 だがこのニュースピーク、いまの日本につながる気がしないか? ニュースピークの劣化版が「安倍話法」なのかもしれない。

 最近読んだ『R帝国』(中村文則、中央公論新社、1600円+税)も恐ろしいディストピア小説であった。
 「朝、目が覚めると戦争が始まっていた」と書き出される。
 隣国のB国との戦争である。絶対的権力を持つ「党」が、どのように国民を操り支配し熱狂へ駆り立てていくか。そして最後、またしても「朝、目が覚めると戦争が始まっていた」、B国ではなく今度はC帝国への宣戦布告で終わる。まさにビッグ・ブラザーのニュースピーク「戦争は平和なり」なのだ…。

 ぼくの本など挙げるのはおこがましいけれど、ちょうど今から10年前に『目覚めたら戦争。』(コモンズ、1600円+税)を出版した。その「はじめに」に同じようなフレーズを書いたことを思い出した。
 「目が覚めたら、戦争が始まっていた」。そして、次のように続けていた。
 「ある朝、銃声で目覚めるということが絵空事でなくなったのである。テレビが速報を伝える。『臨時ニュースをお伝えします。紛争地〇〇で活動中の自衛隊が、反政府武装勢力と交戦状態に陥り、自衛隊員五名が戦死した模様です』。そんなことが起きないと、誰が確約できようか…」
 ほんとうに、こんなことが絶対に起きないと、誰が言えるだろう。「安倍一強政治」が続くならば…。

第9回:安倍政治 行き着く先の ディストピア(鈴木耕)

虚しい選挙も終わり、秋が来た。お隣の農家のホウキグサがこんなに色づいて…

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。