第73回:文子おばあのトーカチ(米寿祝い)@ゲート前(三上智恵)

三上智恵の沖縄撮影日記

 9月27日は旧暦の8月8日。「八」が二つ重なって88歳のお祝いの日だ。日本全国に米寿のお祝いはあるが、沖縄では米寿とは言わず「トーカチ」と呼び、特別盛大にお祝いをする。ご存知、日本一有名な「反戦おばあ」となった島袋文子さんのトーカチ祝いは、毎日座り込んで基地建設を止めたい人と機動隊が衝突する、あの辺野古のゲート前で行われた。

 普通は、自宅にお飾りをして黄色い着物を着せられて祝う。最近はホテルで親戚縁者と会食、そして写真撮影なんていう洒落た家も増えてきたが、機動隊とトラックに囲まれたテントで祝った人は沖縄史上初だろう。おばあを慕う仲間たちが数ケ月がかりで準備し、そして400人余りの県民がお祝いに駆けつけ、日中は工事車両を近寄らせなかった。半日とはいえ、またも歌や踊りと笑顔といっぱいの沖縄文化の力で、国の暴力を押し返した格好だ。

 沖縄県警も手出しをしなかった県民的イベント「トーカチ」。それはいったいどんな行事なのか。今回はちょっと民俗学者のふりをして説明をさせてほしい。

 沖縄の長寿の祝いといえば、還暦(60歳)、トーカチ(88歳)、カジマヤー(97歳)が3大行事。親族・地域をあげて歌や踊りを繰り出して寿ぎ、そして「あやかりの儀」といって、長寿のものから目下のものに盃をわたす所作に象徴されるように、長寿という強運と幸福に参列者もあやかる、分けてもらうことが大事なポイントになっている。本人に「おめでとう」というだけでなく、これを祝うことで参加者も長寿にあやかり、みんなの寿命も延びるというWIN-WINの法則なので、我も我もと駆けつける人気行事になっているのだ。

 なぜ、トーカチというのか。トーカチとは、桝に入れたお米を水平にしてすりきり、正確に計測するときに使う「斗掻(とかき)」という道具のことだ。トーカチの祝いでは、かごに米をいっぱい入れて、そこにこの斗掻の竹をいくつも刺して、参列者にそれを持って帰ってもらうという地域もある。ではなぜ、斗掻道具が米寿のお祝いに使われるのか。本土では、八十八が漢字で書くと米になり、米にちなんだ道具だからだと解説する向きもあるが、それだけでは説得力に乏しいだろう。

 大学院で教えていただいた沖縄国際大学の遠藤庄治教授(故人)は7万話を超える沖縄民話を取集した民話研究の第一人者であったが、その遠藤先生が集めた民話で、米寿祝いの由来にかかわるこんなお話を思い出した。

 ある元気な男の子の前に髭の老人が現れる。神がかったその老人は「お前は丈夫だが、寿命は八歳までだ」と告げる。男の子は号泣、それを聞いた父親はこの老人を追いかけて行き、土下座して「せめてあと十年でもいいから、息子の寿命を延ばしてください」と頼んだ。すると老人は日を定め「この日に天の神様に御馳走を備えて頼んでみなさい」とアドバイスをした。父親がその通りご馳走をあつらえて天の神にささげたところ、寿命をつかさどる神さまは夢中で碁をさしていて、うっかり御馳走を食べてしまった。我に返った神さまは「しまった。寿命は帳面に書かれていて変えられないのに、御馳走を頂いてしまった。仕方ない、特別に八のうえに八と書き足しておこう」。父親は、あと八年の命を頂いたことに感謝した。しかしこの少年は八八歳まで生きた。そんなに寿命を延ばしてくれたことに感謝して、八月八日には盛大なお祭りをするようになった。

 しかし、この民話には八に八でめでたい漢字であるところの「米」というモチーフは出てこない。でも寿命を決める神さまが人間の命を測り、調整していること。そして心から感謝し願うことで運命は変えられるという庶民の希望が盛り込まれている。この話ともう一つ、古くから伝わる琉歌を合わせて読むと、桝に、命を表す米、そしてすり切って測る道具の斗掻という、米に関する道具のイメージは立体的になってくる。


米のトーカチや
切り升どやゆる
盛着のカジマヤゆ
御願さびら

(意訳)
 88歳は長寿ではあるが、それはちょうど桝を満杯にしたお米を斗掻ですり切った程度だ。でも、桝にはまだまだこぼれるように米を盛ることが出来る。これから先は斗掻の制限を超えて米を山盛りにし、長生きして97歳のカジマヤーまでお祝いしましょう。
 桝を満たすほどのお米というのは、まさに泥にまみれ働いた農民の収穫する喜びであり、無事に税を納め、家族の命をつなぐことができた喜びである。桝にすり切り一杯の米は100%素晴らしいが、その上に盛り上げたこぼれる程のお米というのはまさに+αの恵みであり、神の業なのだ。

 人間はそれぞれ大きさの違う桝を持っていて、天が決めた寿命というものがある。そうだとしても、神さまどうか杓子定規に斗掻で「はいここまでね」と決めないでください。うちのばあちゃんにはおまけして、桝の上にお米を山盛りにしてやってくださいね、という家族の思いが込められた歌だと思う。だからこれは私の解釈だが、斗掻というのは命の采配を決める神さまの道具なんだと思う。斗掻の神さま、こんなに長生きさせてくれて感謝いたしますが、もう斗掻は置いて命の期限を測らずに、後は天の恵みの日々を送らせてくださいという気持ちが、沖縄の民話や歌を読み込むと豊かに表現されているのだ。本土の米寿祝でも、米を測る道具は使われている。なのにうまく説明がなされていない。本土で薄れた民俗の意味が沖縄の行事から逆照射できる事例はたくさんある。きっとトーカチもその一つなのではないだろうか。

 なんちゃって民俗学者の解説が長くなったが、もう一つ、VTRの中で爆笑を誘っている、糸満市からやってくる島ぐるみメンバーの出し物について簡単に説明したい。これは本土にもある「戻り駕籠」という滑稽踊りの一つで、沖縄でもよく演じられる。

(物語)
 駕籠を担ぐ二人の男が、中に乗っている女性についてあれこれ期待を膨らましていく。「年のころは春の若芽、芙蓉の花のような美人だそうな」「もしもその心をつかむことができたら、古妻など捨てるのだがなあ」「何を言う、お前になど渡すものか、やるか」。二人の男の妄想が膨らむだけ膨らんだあと、駕籠の女性が楚々と降りてくるのだが、これが稀代の醜女であったとさ。

 この醜女役はたいてい口紅を塗りたくったおっさんが務める。手拭いを開いた瞬間、観衆は大爆笑という塩梅だ。おばあは糸満で育ったので大の芸能好きで、「戻り駕籠」の出し物をとても楽しみにしていた。旧習が残る南部糸満は村行事も多く、芸達者ぞろい。だから期待値も高く、片道2時間近くかけて辺野古まで通ってくれる糸満の人たちに、観客席からはやんやの拍手が送られた。

 名護市の稲嶺市長、ビッグサプライズで登場した歌姫古謝美佐子さん、途中雨に見舞われながらもとても贅沢な見どころ満載の出し物が続き、笑いと熱気でおばあのトーカチは3時間を超えるお祝いとなった。これには寿命の神様も計測を忘れて楽しまれたことだろう。文子おばあは百二十(ひゃくはたち)までの寿命が許されるに違いない。

 私はこの楽しい動画を、沖縄バッシングをする人たちにまず見てほしいと願う。辺野古の基地反対闘争に難癖をつけたい人々は必ず「地元の人はほとんどいない」と決めつける。「プロ市民だ」「セクトが入っている」と言いたがる。今を時めく小池百合子さんは、2010年6月3日のツイッターで「辺野古の座り込みの1列目は沖縄のおじいさんおばあさんだが2列目からは県外の活動家がずらり」「カヌーを漕ぐのもプロ、この図式が報じられることはない」と書ききっている。この動画を見てもはたして同じことがいえるだろうか。「恥ずかしい偏見をばらまいてすまなかった」と言ってくれるのではないだろうか。

 現場に来たこともない、確かめる慎重さもなく、都合のいいフェイク情報をたれ流す程度の政治家を担ぎ上げて、今、大政党が崩壊していく。日本の政治状況は本当にお寒い。このトーカチに集まった人々の言葉、芸、熱気、身のこなし、そこから立ち上がる文化の力、真心、そして背負っている歴史と本土の何倍も平和を求めるエネルギー。これらのものが、「地元の人は最前列だけ」と決めつける人々が目を背けたいものなのだ。

 だから私は動画を撮る。テントに来なくても嘘は嘘と確かめることができるのだから、そのお手伝いができるなら安いもんだ。同じ国に生き、長寿を祝う気持ちになんら変わりはない。米寿の由来も、行事の形も形骸化しているように見える中、深いところで同じ文化を共有してきた月日が柔らかい光を放って横たわっている感触を確かめることができるだろう。

 この国に生きる者たちを結びつける大事なもの。それはなんだろうか。私は、それは足元深く、心の奥深くに眠っていると思う。政策論争なき空中戦で、今月、新しい国の形が決まるのだという。その空中を見つめていても、希望は何も見えてはこない。

三上智恵監督・継続した取材を行うために製作協力金カンパのお願い

 皆さまのご支援により『標的の島 風かたか』を製作することが出来ました。三上智恵監督をはじめ製作者一同、心より御礼申し上げます。
 『標的の島 風かたか』の完成につき、エンドロール及びHPへの掲載での製作協力金カンパの募集は終了させていただきます。ただ、今後も沖縄・先島諸島の継続した取材を行うために、製作協力金については、引き続きご協力をお願いします。取材費確保のため、皆様のお力を貸してください。
 次回作については、すでに撮影を継続しつつ準備に入っています。引き続きみなさまからの応援を得ながら制作にあたり、今回と同様に次回作のエンドロールへの掲載などを行うようにしていきたいと考えております。しかし完成時期の目処につきましても詳細はまだ決まっておりませんので、お名前掲載の確約は今の時点では出来ないことをあらかじめご了承下さい。

■振込先
郵便振替口座:00190-4-673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎銀行からの振込の場合は、
銀行名:ゆうちょ銀行
金融機関コード:9900
店番 :019
預金種目:当座
店名:〇一九 店(ゼロイチキユウ店)
口座番号:0673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎詳しくは、こちらをご確認下さい。

三上 智恵
三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。 (プロフィール写真/吉崎貴幸)