第75回:美味しいニュースを選ぶ人々~高江ヘリ墜落はどう伝わったか~(三上智恵)

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 私はハンバーグステーキが好物だ。定番のデミグラスソースも最高だが、チーズ乗せのイタリアンテイストもいいし、たまには和風おろしにも惹かれる。レストランに座り、メニューを広げ、さあ、きょうはどのテイストで肉を味わおうか? と味付けを選ぶのは客の自由である。

 ところで、ニュースはどうだろうか。例えば一つの交通事故を伝える原稿。それをどう料理しても料理人の勝手であり、どんなフレーバーを加えても、食べるものの勝手、だろうか。こんな事故はそのままの味じゃあ誰も注文しないから、と、客に受けるトッピングを加えて「食べやすく」「美味しく」するのは、報道の世界ではどこまで許されるだろうか。

 先週高江で、ずっと恐れていたことが起きた。大型観光バスよりでかく老朽化したアメリカ軍の輸送ヘリCH53が、高江集落に墜落した。

 2004年に私の母校でもある沖縄国際大学に落ちた時に、CH53という機種はベトナム戦争の生き残りともいわれる50歳を超える老兵であり、とてもじゃないが住宅の屋根の上を安全に飛ばせるような代物ではないことをさんざん報道してきた。

 「じゃあ、後継機種のオスプレイがいいのか?」などと県民を愚弄する反問は慎んでもらいたい。いずれも事故が多い機種で、低空飛行訓練という、あえて気流の不安定な中で腕を磨かねばならない海兵隊員もご苦労だが、それはあなたの国にたくさんある誰もいない谷でやるべき訓練であって、なぜこれだけ「やめてほしい」と声を張り上げている沖縄県民の住む集落の上でやらねばならないのか。怒り心頭。必ずまた起きるという恐怖から逃れられなくなった。不安を飲み込んで消極的容認に回っていた人たちを含めて、この事故はこれまで以上に住民の心を押しつぶした。

 しかし、今回のヘリ墜落の大ニュースも、中央メディアの報道ぶりを文面で追うと、拍子抜けする。私たちが受け止めているものとはかなり異質な、ペラペラな軽い質感で国民に届けられている感がある。
 

「11日午後、米軍のヘリコプターCH53が米軍北部訓練場(沖縄県東村、国頭村)付近に不時着」
「米軍ヘリ炎上で沖縄の選挙戦に影響不可避」
(いずれも大手の新聞記事)

 「不時着」なのか「墜落」なのか。この議論は毎回起きるのでさておき、県民が放射性物質の影響に震え上がってる時期に、選挙への影響が大事なのか。違和感はぬぐえない。事故翌日のインタビューで、ある若い男性がこう言っていた。

 「一番腹立たしいのは東京のメディアが“基地付近に”落ちたと表現したこと。基地の付近、ならいいのか。民間地に、自分の畑に落ちたんだ。落ちてはいけないところに落ちたんだ。その言い方なら、おれたちはみんな基地付近の住民だ」

 幸いけが人がいない、など軽めに扱い、基地の島だから気の毒だけどよくあることだし…、と食わず嫌いでいる大多数の視聴者・読者にも受け取りやすいよう、温度を覚まして味を調整する。燃えるような怒りや熱すぎる料理は食べにくいから、と大衆にとって飲み込みやすいニュースにアレンジするのは、腕利きのコックと同じプロの業であるとでもいうのだろうか。

 私は27年放送局で報道の仕事をしてきた。公正中立という言葉は耳タコで聞いている。沖縄における公正とは何か、ずっと考え続けてきた。しかし最近特に思うことは、こと沖縄基地問題については「視聴者・読者の側がどんどん中立ではなくなってきている」ということだ。基地をめぐるニュースを素直に受け止めなくなった。常にバイアスがかかったような言説がまとわりついて、10年前と比べても、大衆の側に色がついてしまっていると感じる。

 「安全保障」という分野については、日本国民のほとんどが「日米両政府間できっとうまくやっているはず」と長年関心を持たないできた。日米安保の内容について日々の報道でも触れないのに、沖縄から飛び込んでくるニュースは、やれ事故だ、暴行だ、抗議だ座り込みだと激しいトーンばかり。全国ニュースの編集者も、そこだけ取り上げるのは、と躊躇する。

 受け手にとっても、沖縄に同情はあるけれど、このニュース自体が「美味しくない」。ニュースを聞いてもまずどうしていいかわからないし、自分たちの普段の無作為や加害性まで責められているようで苦しい。同じ沖縄ネタなら、安室奈美恵。南の島から国民的スターダムにのし上がった歌姫の引き際、彼女の引退は「誰にでも美味しいニュース」である。

 今、国民はニュースを選ぶ時代になってしまった。好きなニュースだけつまみ食いができるようになった。しかも極右の濃厚な味付けも極左の歯ごたえもどっちのテイストも選べるのだから、ややこしい。

 かつてニュースといえば新聞社とテレビの2大メディアが、各社しのぎを削って慎重にラインアップを決めた。視聴者・読者はほぼ同じものを共通のタイミングで受け取っていた。そこには、受け手がニュースの項目や味付けを選ぶという発想はなかった。ところが、今これだけインターネットのニュースサイトが増え、同時性、共有性が薄れて、逆に好きなタイミングで好きなテイストのニュースを見る世の中になってしまうと、最大公約数としての「芯」が形成されないまま、アクセス数を稼ぐ方向にニュースが引っ張られていく。記事を書く側が受け手のニーズに応えようという意識を持つようになる。ジャーナリズムの手ほどきなど受けなくても、足で稼がなくても、パソコン一つで情報を集めて「読まれるニュース」は作れてしまう。

 そうなると、大衆はわがままである。自分に都合のいいニュースを探そうとすれば見つかるのだから、信じたいニュースだけ拾い読みして、あとの不都合な美味しくない記事は読まないで、現実にはないことにして時を過ごすのも可能だ。

 例えば「北朝鮮がこんなに怖いこと言ってるのに、米軍に文句ばかり言う沖縄ってなに?」という空気をまとった人物が、辺野古のことが気になったとする。検索に「辺野古」と入れると「今検索されているワード」という組み合わせが頼みもしないのにずらっと出てくる。「辺野古 日当」「辺野古 過激派」という羅列がすぐ下に表示され、ポインターを1ミリずらしてそこをクリックしたら最後、「あらやっぱりあの人たちは日当もらってるんだわ。普通の沖縄の人は反対してないんだわ」というデマ系の記事に行きつく。そして、それこそ検索主が無意識に求めている、食べたかったメニューなのだ。そうやって得た好みのニュースでおなか一杯になったあと、さらに最初のワード「辺野古」に戻って検索しなおし、さらにそれが信頼できる記事なのか、出典を明らかにしているかなどリテラシーを働かせて向き合うユーザーは少ないだろう。

 人は、受け取りたいニュースしか受け取らなくなっている。それは現在公開中の新作映画『標的の島 風かたか』の紹介で全国を回る中でも痛感する。この作品は、決して沖縄の窮状を訴えることを主眼にしていない。「標的の島というのは沖縄のことだと思ってませんか? 日本が戦場になるという話ですよ。日本の民主主義も国民主権も三権分立も平和主義もここまで壊れたんですよ。沖縄にいるとよく見えるから沖縄から警告しているんですよ。燃えているのは沖縄だけではなく、あなたの服にももう飛び火してますよ」。有体に言ってしまえばそう訴えている映画である。

 しかし、多くの観客が感動しました、と話しかけてくださる中で、「もっと沖縄に寄り添わないとだめですね」「沖縄ばかりを苦しめて申し訳ない」という従来の感想パターンが一定数以上出てくる。こんなわかりやすいドキュメンタリーで見せていてもまだ「自分に降りかかった危機」とは思いたくなくて、あくまで「気の毒な沖縄」「懺悔したい善良な私」という、沖縄問題の硬直化した視座に安住しようとする。

 わざわざ沖縄基地問題の映画を見に来てくださる反戦平和の意識が高い人たちでさえも、受け取りたいようにしか情報を受け取らない、向き合いたくない事実はスルーする。つまり、人は覚悟もなく、それについて行動する力も乏しい時に、ハードなニュースはとても消化できないものなのだ。だからオミットしたり、斜めに変化させたニュースに変換して受け止める。ある意味自己防衛本能がそうさせているのかもしれない。

 でも、いくら受け取りたくないといっても事実はこうである。事故を起こしたCH53というヘリは、6月に久米島で不時着し、1月、2月にも故障していたもの。それを、今回のVTRで伊波洋一参議院議員が言うように、整備にかける予算がない異常事態のまま米軍が飛ばしている。墜落続きのオスプレイも含め、普天間基地所属のこれらの機体は、北朝鮮のミサイルより確実に日本国民の頭上に落ちてくる危険が高いが、放置されている。それは沖縄県民だけの悲劇なのか。VTRでヒロジさんが言うように、今後日本各地にオスプレイは配備され、日本中を飛ぶだろう。国防と言いながら軍事演習が国民の安全より優先される現実は、日本各地に突きつけられるだろう。全国の「高江化」は明らかに始まっている。あなたが黙殺しても、認めなくても、それが現実だ。

 それでもなお、これは遠い沖縄の問題なんだと思いたければ、そう思えるニュースだけ選んで見ていればいい。そんな事態はなかったように、沖縄のことに触れもしない国会議員ばかり今度の選挙で選べばいい。火事が迫っているというニュースを、今は食べたくないからと拒否して美味しいニュースにチューンを合わせて、部屋の模様替えを楽しんでいればいい。なんて自由。迫りくる危機など恐れずにペラペラの読みやすい情報ばかりを選んでいれば、気づけば地獄のど真ん中だわ。

三上智恵監督・継続した取材を行うために製作協力金カンパのお願い

 皆さまのご支援により『標的の島 風かたか』を製作することが出来ました。三上智恵監督をはじめ製作者一同、心より御礼申し上げます。
 『標的の島 風かたか』の完成につき、エンドロール及びHPへの掲載での製作協力金カンパの募集は終了させていただきます。ただ、今後も沖縄・先島諸島の継続した取材を行うために、製作協力金については、引き続きご協力をお願いします。取材費確保のため、皆様のお力を貸してください。
 次回作については、すでに撮影を継続しつつ準備に入っています。引き続きみなさまからの応援を得ながら制作にあたり、今回と同様に次回作のエンドロールへの掲載などを行うようにしていきたいと考えております。しかし完成時期の目処につきましても詳細はまだ決まっておりませんので、お名前掲載の確約は今の時点では出来ないことをあらかじめご了承下さい。

■振込先
郵便振替口座:00190-4-673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎銀行からの振込の場合は、
銀行名:ゆうちょ銀行
金融機関コード:9900
店番 :019
預金種目:当座
店名:〇一九 店(ゼロイチキユウ店)
口座番号:0673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎詳しくは、こちらをご確認下さい。

三上 智恵
三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。 (プロフィール写真/吉崎貴幸)