『R帝国』(中村文則/中央公論新社)

『R帝国』(中村文則/中央公論新社)

 ディストピア小説である。時代はたぶん近未来で、出てくる人間の名前は矢崎、栗原、片岡……ということは、日本人か? と思う。ただ、場所は「R帝国」。ある日、突然Y宗国の兵器Y-PDがR帝国を爆撃しはじめる。
 書評を書くのに、あらすじをたどるのは好きではない。特にこの作品は、どうやって説明していいのかわからない。著者特有のダークネスな部分が今作には少なくスピーディな展開で、ガンガン読み進めることができる。が、そのページページで、「うっ」と胸に刺さる表現が出てくる。これは、いつの時代のどこの話だ? と苦しくなってくる。身もだえしてしまう。
 たとえば、R帝国の労働大臣富樫原は、移民が住む区を壁で囲えと発言したり、麻薬犯は撃ち殺せという暴言をはく。首相は困ったものだと苦笑する。「R国民達も苦笑するが、どこかで彼を愛しているように思う」。ここはトランプ大統領やドゥテルテ大統領を想起すべく著者が埋め込んだ皮肉なのだろうが、私にはこの9月に麻生副総理が「武装難民が来たら、射殺か。真剣に考えたほうがいい」と発言したことを思い出さずにはいられなかった。
 報道写真家がその表現を弾圧される場面もある。少部数の本や雑誌の刊行物は見逃されているが、報道の自由はR帝国にはない。写真家は娘にこう説明する。
 「僕達は、少部数では認められている。ということで、自分達の国は報道・表現の自由があると勘違いさせられている。……お父さんの写真もね、少部数の雑誌でしか載せてもらえないんだ。理由はこうだよ。『刺激的すぎる』……本当は、政府に都合の悪い写真だから載せられないのに、誰もそうは言わない」
 おいおい。もう、おいおい、だらけだ。
 差別、ヘイト、女性蔑視、ネット上のトラブル、スマホ依存、移民問題、宗教対立、生物兵器、軍需産業の闇……ため息が出るほど、もりだくさんである。

 著者・中村文則は、小説にあとがきを付ける珍しい作家である。この本のあとがきには、「今僕達が住むこの世界の続きが、この小説の行く先を、明るいものにするか、暗いものにするか、決める構図にしたかった」「僕達の世界の今後の展開が、この小説の世界の未来を決めるという風に」と書いている。フィクションは現実とからまりあっている。
 この原稿を、選挙前にマガ9でリリースすべくあわてて書いている私のパソコンに、衆議院選挙の候補者応援をやっている友人からメールが届いた。友人は、選挙戦を戦っている候補を取りまく状況について、こう書く。
 「デマ攻撃がものすごいです。表面的な生活はまったく変わっていなくても、デマがまるで小説『となり町戦争』のように静かに蔓延し、とりかえしがつかなくなるような、そんな怖さを感じています。」
 おいおい。私はR帝国の住人なのだろうか?

(卯月カント)

※「となり町戦争」:三崎亜記著の小説。隣接する町同士の戦争が突然始まり、公共事業として戦争が遂行され、静かに見えない死者は増え続ける。現代の戦争の狂気を描いた作品。

『R帝国』(中村文則/中央公論新社)

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