第119回:前川さん、安倍内閣による教育勅語復活の動きも、お話しいただけませんか?(南部義典)

「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」、そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

突然出てきた、教育勅語の容認論

 2カ月ほど前、ある出版社から「教育勅語はなぜ使用禁止になったのか」というテーマで、小論執筆のご依頼をいただきました。つい先日脱稿したところで、私としてはすでに肩の荷が下りていますが、教育勅語の問題は、過去の話、済んだものではなく、現在なお、未解決のままであることを改めて痛感した次第です。

 そもそも、「学校において、教育勅語をわが国の教育の唯一の根本とするような指導を行うことは不適切であるが、憲法、教育基本法等に反しないような形で教材として用いることまでは否定されない」と、最近連発されている政府見解は、一体いつ確定したのでしょうか。筆を進める前、私の頭にこんな疑問が浮かんできました。そこで、過去すべての、①衆議院、参議院の会議録、②議員の質問主意書と政府答弁書を、洗いざらい調べてみることにしたのです。

 調べた結果、教育勅語を容認する政府見解は、意外に最近登場したものであることが判明しました。時に第二次安倍内閣でしたが、参議院文教科学委員会(2014年4月8日)における、当時の文部科学省初等中等教育局長の答弁が初出です。その部分(前後)の会議録を抜粋します。

 
○和田政宗議員(みんなの党) 私は、教育勅語について、学校、教育現場で活用すればとても良い道徳教育になると思いますが、米国占領下の昭和23年に国会で排除決議や失効確認決議がなされています。こうした決議は関係なく、副読本や学校現場で活用できると考えますが、その見解でよろしいでしょうか。できれば大臣にお願いしたい。

○文部科学省初等中等教育局長 各学校において教材を選定する際には、教育基本法、学校教育法、学習指導要領等に照らして適切なものを選定する必要があると考えております。
 教育勅語は、明治23年以来、およそ半世紀にわたって我が国の教育の基本理念とされてきたものでございますが、戦後の諸改革の中で教育勅語を我が国の教育の唯一の根本理念とする考え方を改めるとともに、これを神格化するような取扱いをしないこととされ、これに代わって教育基本法が制定された緯がございます。
 このような経緯に照らせば、教育勅語を我が国の教育の唯一の根本理念であるとするような指導を行うことは不適切であるというふうに考えますが、教育勅語の中には今日でも通用するような内容も含まれておりまして、これらの点に着目して学校で活用するということは考えられるというふうに考えております。

○下村博文文部科学大臣 今局長から答弁あったとおりでございますが、教育勅語そのものを学校で副教材として使用するということについては、歴史的な経緯がありますので、教育勅語そのものというよりは、そういう歴史的な中でいろんな要らぬ議論が出てくることが予想されます。
 ですから、そのものを使うということについては相当理解を求める必要があるというふうに思いますが、ただ、その内容そのもの、教育勅語の中身そのものについては今日でも通用する普遍的なものがあるわけでございまして、この点に着目して学校で教材として使う、教育勅語そのものではなくて、その中の中身ですね、それは差し支えないことであるというふうに思います。

 連載第114回で紹介しましたが、衆議院、参議院は1948年6月19日、教育勅語の排除、失効確認の決議を行い、政府(文部省)も、両決議に従って、謄本の回収を行いました(⇔教育勅語はこの時点で、公的に終止符が打たれたことになります)。このような経緯からすると、前記の初等中等教育局長の答弁は、「不可」を「可」とする、66年ぶりの方針転換になります。

 論理的に言って、国会決議によって排除され、失効が確認されたものなど、教育行政上、活用しようがありません。しかし、局長答弁は、あらゆる理屈を超えて、「活用できる」という結論だけを生み出そうとするものです。答弁中、下線を引いた部分は、野党議員がこの通常国会で提出した質問主意書に対する政府答弁書の中でも、方針転換後の基本姿勢を示すものとして踏襲されています。

「政治の力が働いた」

 ここまで名前を伏せてきましたが、66年ぶりの方針転換を明言した、当時の初等中等教育局長とは、あの前川喜平・前文部科学事務次官です。

 私は、依頼原稿を書き進めているときには、「前川答弁は、国会決議をいまさら有名無実化させるもので大変けしからん」と率直に思いましたが、①文部科学省の方針転換が、何の前触れもなく、突然出てきたことに加え、②加計学園問題に関する官邸側の強い関与の事実について、「文書はあった。あったものを、無かったとはいえない」と、記者会見(先月25日)で毅然淡々と経過説明をする、皆が知る前川氏の人物像とがピッタリしなかったことから、怪訝な感じをも抱いてきました。

 そんな中、前川氏は先月29日、TBSラジオ「荒川強啓デイ・キャッチ!」に生出演しました。話題の中心は加計学園問題でしたが、同じく出演されていたジャーナリストの青木理氏が、「教育勅語に関しても、文部科学省の対応が変わっていったのではないか」と質したところ、前川氏は「政治の力で、文科省のスタンスが動いていきました」と、はぐらかすことなく、はっきりと答えたのです。この番組を聴かれた方も多いでしょうが、私は、このやり取りが強く印象に残りました。

 考えてみれば、2014年4月8日の参議院文教科学委員会の件では、文部科学省は、少なくともその前日までに、和田議員から質疑内容の通告を受けています。「教育勅語は、学校現場で活用できるのではないか」という質問が出ることは、事前に知らされていたわけです。質問通告を受けた文部科学省は、委員会の当日、誰がどのような答弁を行うか、役割分担も含めてその内容を調整したことは、疑う余地がありません。

 問題は、その答弁の内容です。私が想像するに、前川局長以下、当時の事務方は、それまでの政府見解や国会決議の内容に忠実に従い、「教育勅語を教育現場で使用することはできない」という結論で、淡々明快に答弁原稿をまとめようとしたところ、下村文部科学大臣が待ったをかけて、副教材の扱いで構わないので、教育勅語を使用可能であると解釈できる答弁を下命(指示)したのではないでしょうか。下村大臣が譲らず、前川局長らが抗しきれなくなった結果、前記の委員会のような無理筋なやり取りが生まれたと、私は推察します。逆に言えば、前川局長らが下村大臣にそのような提案をすることは想像し難いですし、文部科学省の「最高レベル」が関知しないところで、66年ぶりの方針転換が図られるはずがありません。

 まもなく、通常国会は会期末を迎えます。会期終盤は、加計学園問題がメインの座に据わり、森友学園問題が横に追いやられた感があります。もともと、教育勅語の問題に火が付いたのは、森友学園が経営する幼稚園の園児たちが教育勅語を唱和する映像が、社会に大きな衝撃を与えたからでした。今や、教育勅語の問題が段々と語られなくなっていますが、安倍内閣による教育勅語復活の動きに歯止めが掛からなくなることを、私は非常に危惧します。

 前川氏がラジオ番組で語りつくせなかった真実は、何なのか。「政治の力」が、いつ、どのような形で(誰から、誰に対して)作用したのか。私は、この点をどうしても知りたいのです。証人であれ、参考人であれ、やはり国会の場で、ご本人に堂々と語っていただくしかないと思います。

教育勅語復活の動き(3年前の参議院文教科学委員会)を報じる、朝日新聞の記事(2017年4月1日付)。
南部義典
なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) 写真:吉崎貴幸