第120回:誰も考えていない、憲法改正発議後の“広報”の件(南部義典)

「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」、そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

「スケジュールは変えません」(安倍)と言い張るが…

 東京都議会議員選挙は、安倍一強政治がもたらす傲り、緩みに対する批判、不満が一気に凝縮した結果となり、自民党の歴史的大敗北に終わりました。一つの自治体議会の選挙ではあるものの、国政次元で強烈なダメージを与えることができたと、気分的にスッキリした方も多いことでしょう。週明けに公表された世論調査結果でも、内閣支持率は3割台前半に、軒並みダウンしています。しかし、安倍内閣、自民党が今後、謙虚な態度に改まり、真摯かつ丁寧な国会対応を重ねていくことは、まったくと言っていいほど期待できません。6月22日、憲法や国会法の規定に則り、野党が適法に要求した臨時国会の召集は、現にこの3週間、目途が立たないまま放置されています。「数の力」に頼りきる、立憲民主政治の破壊者としての姿勢(体質)は、基本的にこれからも変わらないでしょう。

 自民党内部で進められている「憲法九条改正」論議についても、およそ同じことが言えます。常識的に考えれば、自民党に対してこれほどの逆風が吹いている中で、公明党や他の野党との横一線の協調を要する憲法改正の発議が、具体的なスケジュールに従って粛々と進んでいくはずがありません。党内外からも様々な異論が出ていることも踏まえ、ただちに先送りすべき案件であるはずです。ところが、安倍総理は、「ことし秋の臨時国会で、憲法改正案の原案(自民党案)を提出するスケジュールは変えません」と先週、毎日新聞(7月4日付)のインタビューで言い張りました。自身に対する求心力維持の手段として「憲法改正」が使われるのは、決して今に始まったことではありませんが、主権者の一人として、憤りを超えて、恥ずかしい思いさえします。

 自民党は、国会が発議すべき憲法改正案さえ上手くまとめることができれば、日程上、何の狂いもなく、2019年中に「第一回憲法改正国民投票」を行うことができると考えているフシがあります。しかし、実際には、そんなに甘く、単純な話では済みません。国会の役割は、憲法改正の発議をすれば「まな板の鯉」のような状態になりますが、それで万事終了というわけではないのです。国会が憲法改正の発議をした後、投票日までの間、国民に対して、憲法改正案に関する広報を行わなければならないことが、国会法、国民投票法で明確に定められています。

国民投票広報協議会による広報が、まったくイメージできていない

 憲法改正の発議の後、国会には、国民投票広報協議会という組織が置かれます。協議会は、衆議院議員10名、参議院議員10名、計20名の議員から成ります(議員数の割当ては、会派の所属議員数に応じて按分されます)。また、協議会には事務局が置かれ、衆参の職員が若干名、その事務を担当します。

 協議会が行う事務としては、法律上、(1)憲法改正案の広報番組の放送、(2)憲法改正案の広報広告の掲載、(3)国民投票公報の編集、発行、という三本柱が定められています。

 現在、これら(1)~(3)のイメージがまったく出来上がっていない中、自民党は憲法改正案の中身の話だけに没頭しています。何がそんなに問題なのか、具体的に説明していきます。

 選挙の期間中、NHKなどにチャンネルが合っていると、候補者の政見放送のほか、候補者の経歴に関して、アナウンサーがその原稿内容を読み上げる経歴放送が流れてくることがあります。(1)憲法改正案の広報番組は、政見放送や経歴放送の国民投票版といってもいいでしょう。①憲法改正案とその要旨、その他参考となるべき事項、②憲法改正案に対する賛成の政党等、反対の政党等が行う意見広告、という内容で構成されます。しかし現状は、番組内容の大枠すら、イメージできていません。さらに、その時間尺として、10分なのか、15分なのか、もっと長くて30分とか、60分とか、どれくらいにするかも、まったく決まっていません。投票日までの期間中、放送される回数についても未定です。

 (2)憲法改正案の広報広告は、新聞広告をそのままイメージしていただければいいでしょう。内容は(1)と同じですが、それが投票日までの間、何回くらい掲載されるのか、そのスペースは全面(見開き)かどうか、全国紙・地方紙の割り当てをどうするかなど、細かいことは何も決まっていません。

 (3)国民投票公報は、選挙の際に配付される選挙公報の国民投票版と考えていただければいいでしょう。①憲法改正案とその要旨、②憲法改正案に係る新旧対照表その他参考となるべき事項に関する分かりやすい説明、③憲法改正案を発議するにあたって出された賛成意見、反対意見、という内容で構成されます。選挙公報は、各候補者、政党が必ずしも十分とはいえないスペースに、経歴や政策をイラスト付きで盛り込むスタイルが定着していますが、国民投票公報は、あまり単純化した紙面構成はできないはずであり、政党のマニフェスト(小冊子)のごとく、その頁数は増えると考えられます。国民投票公報は、有権者世帯に投票日の10日前までに配布することは決まっていますが、その体裁などは未定です。

「発議した後、考えればいい」では、手遅れ

 憲法改正をとにかく急ぎたい側からは、「今は、国民の多数が賛成してくれる、憲法改正案の中身こそ重要だ」「広報に関することなど、国会が発議した後、時間をかけて協議し、決めればいいじゃないか」といった反論が聞こえてきそうです。
 しかし、国会が発議した後では、切羽詰まった状態で制作される、にわか仕立ての広報しかできなくなってしまいます。国民投票の投票日は、国会が発議した日から「60日以後、180日以内」に定められますが、この最長180日の国民投票運動期間(広報期間)において、国民の側には十分な議論の時間はあっても、国会には、時間をのんびりやり過ごす余裕はないのです。国民各層で「憲法改正賛成・反対」のキャンペーンが盛り上がりを始める中、国会がのんびりと時間をかけて広報内容を協議するというのは、説明責任の果たし方として、あまりにも、あだおろそかです。

 いま、2019年中の国民投票の実施方針が報じられています。こういう政治状況の下、憲法改正案の広報の件を、なぜ疎かにしてはいけないのか、次の点を強調しておきます。

 第一に、憲法改正案の広報に関しては、先例が何一つないことです。憲法改正の発議に関する法的、政治的なハードルを越えることができた、という仮定の下ですが、良くも悪くも今回が先例になるのです。先例づくりには、協議と合意形成に時間を要することは当然です。そもそもこの先例づくりで躓けば、「総議員の3分の2以上の賛成」という発議要件など、クリアできないでしょう。

 第二に、国民投票の投票日まで最長180日の間があることに鑑みると、広報の内容が途中で変わることがあるのかどうかということを、念のため確認しなければならないことです。衆議院は12日間、参議院は17日間という選挙運動期間と比べて、国民投票運動期間(広報期間)はその10倍以上の長さになることもあります。選挙は通常、その期間中、同じ内容の政見放送が流れ続け、公報の内容が途中で変わることはありませんが、国民投票の場合、同じ内容で貫いていいのかどうか、議論の余地を残しているのです。
 
 第三に、憲法改正案の広報は、国会自ら行わなければならない事務であることです。選挙であれば、候補者、政党は、その原稿などを中央選管、自治体選管に提出し、審査を受けるだけで済みますが、国民投票では、政府はその広報事務を取り仕切ってはくれません。しかも、協議会のメンバー20名は、全員が自民党議員というわけではなく、発議に賛成、反対したかは別にして、他の政党の議員も含まれます。より丁寧な手続きが求められることは多言を要しません。

 第四に、憲法改正案の数が増えれば、広報の問題は、より複雑、深刻になるということです。例えば、九条改正のごとく、一本の憲法改正案だけが国民投票に諮られる場合もあれば、教育無償化条項の創設といった憲法改正案が同時にその対象となる場合もあります。複数の憲法改正案が発議された場合、これらの憲法改正案において広報の量は対等か、それとも、違いが出るのか(例えば、九条改正案に関しては多く、教育無償化条項案に関しては程々に)、といったことも予め確認しなければなりません。

 第五に、広報の経費はすべて、国民が納めた税金から賄われることです。その金額は、何十億、何百億という単位になります。無駄遣いが許されないことは、改めて言うまでもありません。

憲法改正案の広報を軽んずれば、国民主権が傷付く

 そもそも国会法、国民投票法が、憲法改正案の広報を国会の責務として定めている趣旨は、国民投票の有権者が、憲法改正案に関する賛成・反対の意思表示を適切に行うことができるよう、十分な判断材料を提供させるためです。国民主権、民主主義にとって大きな意義があり、決して、国会の「やっつけ仕事」で終わらせることができません。

 自民党の議論を仄聞する限り、秋の臨時国会で自民党案を提出することで頭がいっぱいで、当面、広報の件に思考エネルギーを回す余裕はない、といった印象です。私たちに伝わってくるのは、半ば開き直って、スケジュールをこなしていこうとする傲慢ぶりだけです。このままいけば、驚くほど、にわか仕立ての広報が生まれ、その後の憲政史にとって忌まわしい先例となってしまうでしょう。

 自民党は、憲法改正の発議後に、国民投票が待ち受けていることを本当に理解しているのでしょうか。自民党はもちろん、国会全体において、誰一人として広報の件を考えていないという驚くべき現実に、どう向き合えばいいのでしょうか。早く、何とかしてストッパーを掛けなければならないと、日々頭を抱えています。

実際の国民投票で使用される、投票用紙。有権者の判断は、発議した国会よりも重い。
南部義典
なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) 写真:吉崎貴幸