第3回:都議選で自民党が惨敗、内閣支持率急落、どうする安倍首相?(柴田鉄治)

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 7月2日の東京都議選で、自民党が議席を半数以下に減らすという惨敗を喫した。東京都民の票は、固定票が少なく、一種の「気まぐれ票」というか、その時々で社会をアッと言わせるような結果を都知事選や都議選で示してきた。都議選の結果で政権が代わったことも過去には何度かある。
 今回の結果が何をもたらすかは、まだ分からないが、真っ先に表れたのは内閣支持率の急落である。7月上旬から中旬にかけておこなわれたメディア各社の世論調査では、軒並み支持率が急落し、不支持率が急増して、支持・不支持が逆転した。
 朝日新聞の調査では支持33%・不支持42%、読売新聞は支持36%・不支持52%、NHKは支持35%・不支持48%、TBSは支持43%・不支持55%、NNNは支持35%・不支持48%、共同通信は支持36%・不支持53%といった具合だ。
 さらに驚いたのは、政権維持の危険水位といわれる「支持率30%を下回る」結果まで出てきたことだ。まず、時事通信の世論調査で、支持29・9%・不支持48・6%と出て世間を驚かせ、次いでテレビ朝日系列のANNの調査で、支持29・2%・不支持54・5%と出て、支持率の下落は日時が経つほど進んでいるようだ。
 ANN調査の結果が出た17日のテレビ朝日「ワイド! スクランブル」で、有識者による詳しい解説がなされていたが、それによると安倍政権はかなりの危機だという。
 これまで安倍政権は、戦後一貫して憲法違反とされてきた集団的自衛権の行使を閣議決定で引っくり返して容認し、安保法制を強行採決するなど、国民の意向を無視した政策を強行してきた割には、高い支持率を維持してきて「なぜだろう?」と言われてきた。
 都議選の結果は、支持率急落の原因ではなく、むしろその結果なのだとみてよく、日が経つにつれて支持率が下がっている世論調査の動向をみても、それは明らかだろう。
 そうなると、安倍内閣の支持率急落をもたらした原因は何であろうか。昨年から大きな社会問題になっている森友学園問題や加計学園問題がまず考えられるが、そのほかにも閣僚の相次ぐ失言や暴言などいろいろあって、それらが重複した結果だと思われる。
 ただ、世論調査結果を詳しく見ていくと、支持率急落の原因は、ただ一つ、安倍首相自身への国民の信頼感がなくなってきたことだという事実が浮かび上がってくる。

原因は、安倍首相自身への信頼感の喪失

 世論調査は、実施主体の意向に添った回答が多くなる傾向があるため、『安倍与党新聞』といわれる読売新聞の世論調査にかねてから注目しているが、その読売新聞の世論調査にも今回、支持率急落ははっきり表れている。
 読売新聞の調査では支持36%・不支持52%だが、支持率は1カ月前の調査から13ポイント、2カ月前の調査から25ポイントも急落しているのだ。もちろん第2次安倍政権の発足以降、最低の支持率で、憲法違反の疑いが濃い安保法制を強行した2年前の時よりさらに大幅に下落した。
 しかも、前回より11ポイント急増して52%に達した不支持の理由として、最も多かったのが「安倍首相が信頼できない」の49%だったのだ。つまり、稲田防衛相の虚言、失言、金田法相の共謀罪答弁のしどろもどろ、などいろいろあったが、その任命責任も含めて、安倍首相自身が信頼できなくなってきたのである。
 また、安倍内閣に「長期政権のおごりが出ている」という意見に「その通りだ」と答えた人が68%にも達しているのだ。
 支持率の急落に「安倍首相自身への信頼感の喪失」をあげる人が多いことは、他社の世論調査にも表れており、いまや疑う余地はない。
 安倍首相は支持率回復のために、8月上旬に内閣改造をやると宣言したが、安倍首相自身に原因があるのなら、閣僚を替えても支持率は回復しないのではないか。

昭恵夫人や「お友だち」に便宜を図った森友学園、加計学園問題

 なぜ、安倍首相の信頼感がこれほど揺らいできたのか。もちろん、いろいろあった総合的な評価だと言えば、その通りだろうが、やはり森友学園、加計学園問題が大きかったのではあるまいか。
 昭恵夫人が名誉校長を務める森友学園に国有地を8億円も値引きして売却したうえ、交渉記録は廃棄して「ない」と強弁する疑惑だ。安倍首相は「自分や妻が少しでもかかわっていたら、首相はもちろん議員も辞める」と語ったのに、その後、夫人の秘書役が夫人名で財務省に問い合わせをし、その回答まで得ていたことが明らかになっても、辞めなかった。
 また、安倍氏の「お友だち」が理事長を務める加計学園に獣医学部を新設することに難色を示す文科省に、官邸からさまざまな圧力をかけた疑惑に対しても、文科省から出てきた文書を「怪文書だ」と切り捨て、「行政をゆがめた」と語る前川・前次官を国会に呼ぶことさえ拒否して、なかなか認めなかったのだ。
 こうした不誠実な対応が、安倍氏自身への信頼感の喪失につながったのだろう。
 支持率の急落に対して、安倍首相は「これまでの対応を反省し、国民に丁寧に説明していく」と語り、首相が出席して「国会閉会中の審査」にも応じる姿勢を示した。
 7月24、25日に開かれる審査で、どんな説明をするのか。稲田朋美防衛相には日報問題での「虚偽答弁」の疑い、山本幸三地方創生相には加計学園の認可を決定前に日本獣医師会の幹部らに洩らした疑いなどが、その後明らかになってきており、質疑がひときわ注目される。
 また、支持率の急落で自民党内での安倍批判が広がる気配がみられるが、「憲法改正の自民党案を年内に作成せよ」という安倍首相の指示が、今後どうなるかも注目に値する。
 読売新聞の世論調査では、安倍首相が自民党の改憲案を今年秋の国会に提出する考えを示していることに「賛成」37%、「反対」48%だった。国民の反対を押し切ってまで、憲法改正を強行することができるかどうか、それも、これからの焦点となろう。

「核兵器禁止条約」が成立、日本は署名せず、でいいのか

 今月の論点では、もう一つ、前回も触れた国連の「核兵器禁止条約」が7月7日(日本時間同日深夜)に122カ国の賛成で採択されたことを論じたい。反対はオランダ1カ国だけ、他にシンガポールが棄権した。9月20日から各国の署名が始まり、50カ国が批准したのち90日を経て発効する。
 中心となって交渉を進めてきたオーストリアのハイノッチ大使は「被爆者の証言が私たちを鼓舞してきた」と感謝を述べ、「この惑星を核兵器のない、より安全な場所にしていきましょう」と呼びかけた。
 カナダ在住の被爆者サーロー節子さん(85)が最後に発言の機会を与えられ、「こんな瞬間が来るなんて…」と感動を語り、世界各国に署名を呼びかけると、会場内の外交官らが総立ちになって拍手を送った。
 条約は、核兵器の使用、開発、実験、製造、取得、保有、貯蔵、移転などを禁止。核使用をちらつかせる「脅し」の禁止も盛り込まれた。また、核兵器の使用や実験の影響を受けた人々に医療などの援助を提供することもうたっている。
 一方、条約交渉をボイコットした核所有国やその同盟国は、採択後に反応し、米英仏は共同声明で「安全保障の現実を無視している。われわれは署名も批准もしない」と宣言、日本の別所浩郎・国連大使も「所有国が参加しなくては禁止の意味がない。日本も署名しない」と語った。

日本のメディアは、核兵器禁止にも二極分化

 核兵器の廃絶は、世界で唯一の被爆国、日本国民の総意だと言っても過言ではないのに、禁止条約に日本が参加しないなんて、おかしくないのか。
 日本のメディアは、ここでも相変わらずの「二極分化」した状況だ。7月8日の朝刊に禁止条約の採択を1面に大きく報じたのは朝日、毎日、東京新聞で、読売は国際面に2段、日経も国際面3段、産経には1行もなく(翌日に国際面に小さく載っていたが)、と扱いも大きく分かれた。
 読売新聞は、7月12日の社説でも取り上げ、「保有国抜きでは実効性を欠く」と、あらためて反対を表明した。「世界の平和と秩序は、核保有国の相互抑止を基本に維持されてきた現実がある。現状を無視した条約の制定は、むしろ核廃絶を遠のかせるのではないか」と主張しているが、そうだろうか。
 それなら逆に訊きたい。いつまで待ったら核保有国が核兵器を放棄する日がくるというのか。待っていても、恐らく、そんな日は永遠に来ないだろう。というのは、核不拡散条約で所有国は米英仏露中の5カ国に限定したのに、すでにイスラエル、インド、パキスタンが、そのうえ北朝鮮まで所有国になろうとしている。放っておけば、さらに増えることはあっても減ることはなさそうだ。
 むしろ、賛成国だけで核兵器禁止条約をつくって、核所有国にも加盟を迫っていく方法のほうが現実的なのではないか。
 というのは、前回も触れたように、対人地雷禁止条約やクラスター爆弾禁止条約のような成功例もあるからだ。対人地雷禁止条約は、1997年にカナダのオタワに50カ国が集まって、賛成国だけで制定し、クラスター爆弾禁止条約も2007年にノルウェーのオスロに49カ国が集まって制定した。
 賛成国だけで条約を制定する方法を「オタワ・プロセス」「オスロ・プロセス」と呼んでいる。核兵器の禁止は、対人地雷などとは違うが、まず賛成国だけで条約をつくって、核所有国に圧力を加えようという考え方は理解できる。
 安倍首相は無理でも、いつか、対人地雷のときのように、日本にもあとで条約に参加する「第二の小渕氏」が出て来ることを期待したい。

今月のシバテツ事件簿
 7月16日は、新潟の柏崎刈羽原発を震度6強の地震が襲った中越沖地震から10年になる。柏崎刈羽原発は、沸騰水型原子炉(BWR)5基と改良型沸騰水型原子炉(ABWR)2基の計7基(総出力821万2000キロワット)という世界でも有数の巨大な原子力発電所で、そこを巨大地震が襲ったという点でも、世界的な大ニュースとなった事件である。
 事件としては、3号機の変圧器が黒煙をあげて燃え上がった映像がテレビに映し出され、2時間余りも燃えつづけたことが印象に残っている人も多いと思うが、原発と地震ということでは、それは付録ともいうべきもので、目に見えないところで多くの教訓を残した地震だった。
 まず、地震の加速度はガルで表示するが、柏崎刈羽原発に設置された約97基の地震計のうち正常に地震を記録したのは33基に過ぎず、64基は波形が失われており、うち9基は最大加速度値が上限1000ガルで振り切れていた。
 つまり、想定以上の地震が原発を襲ったのだ。たとえば、3号機のタービン建屋1階に設置された地震計が東西方向の加速度2058ガルを記録していたが、これは原発で確認された地震の揺れとしては国内最大、恐らく世界でも最大だろうという。設計時の想定の2.5倍もの地震が襲ったのである。
 この激しい揺れの中で所員たちは、原子炉の停止に必死になった。冷却水を入れるのに手間取り、時間がかかった原子炉もあって全基が止まるのに20時間余もかかったが、とにかく無事に全基が止まった。放射能を含んだ水が少し漏れたが、それも環境への影響はほとんどなかった。運がよかったのである。
 ところが、「のどもと過ぎれば熱さ忘れる」のことわざ通り、中越沖地震によって原発の地震対策を根底から見直さなければならなかったはずなのに、東電も原子力安全・保安院もその教訓を他の原発にまったく生かそうとしなかったのだ。
 中越沖地震から3年8カ月、2011年3月11日、巨大地震が福島第一原発を襲った。津波が大きかったといっても決して「想定外」ではなく、原発と巨大地震という中越沖地震の教訓を生かして対策を講じていたら防げた事故だったろう。
 それなのに、あれだけに事故を起こしながら、いまだに誰一人、刑事責任を問われていないのだから不思議である。
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柴田鉄治
しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。