第7回:米大統領のアジア初歴訪、日本は属国扱いに(柴田鉄治)

第7回:米大統領のアジア発歴訪、日本は属国扱いに

 トランプ米大統領が11月5日から14日にかけてアジア諸国を初めて歴訪した。昨年11月の米国大統領選挙で勝って、ざっと1年間、その言動がことごとく物議をかもし、世界中を翻弄してきた感があるが、やっとやや落ち着きを取り戻したところでのアジア歴訪である。
 訪問先の国名とその日程を記すと、11月5日から7日の2泊3日が日本、7日、8日の1泊2日が韓国、8日から10日の2泊3日が中国、10日から12日までAPECの首脳会議が開かれたベトナム、12日から14日までASEAN首脳会議のフィリピンへといった順でのアジア歴訪だった。
 このアジア歴訪の最初の訪問国に、日本が選ばれたのだから、日本は米政府から最も重要視された国として、大いに誇ってもいいのかもしれない。日本政府も日米首脳会談の前に、トランプ大統領の希望を入れてトッププロの松山英樹選手をまじえての安倍首相とのゴルフ会をお膳立てするなど、トランプ氏の歓迎に全力を挙げた。
 トランプ氏だけではない。その前から来日していたトランプ氏の令嬢、イバンカさんを異例の特別待遇で歓迎し、トランプ氏の初訪日に応えた。トランプ氏にとっては、緊張感の高まる初のアジア訪問旅行のスタートに当たって、日本では心休まる3日間を過ごすことができたに違いない。
 トランプ氏も満足し、「日本は米国にとって最も大事な国」というリップサービスまでしてくれたのだから、日本政府も大満足だったことだろう。ところが、現実はまったく違うのである。日本をアジア訪問のトップに選んだ理由はともかく、日本を重視どころか、属国扱いにしたのだ。

横田基地から入国した初の米大統領、「日本を属国扱い」に!

 トランプ大統領は、日本を訪問するのに、羽田空港ではなく、米軍の横田基地に直接、降り立ったのである。つまりトランプ氏は外国から日本を公式訪問した要人ではなく、米軍の最高司令官として、米軍の基地に「入国手続きもせずに」入国し、米兵たちの出迎えを受け、米軍人たちへの挨拶が「訪日の第一声」となったのだ。
 外交関係からみれば、これほど「非礼」な話はない。日本政府はなぜ、米国政府に「通常の入国の仕方」を要請しなかったのか。しかもトランプ氏は、横田基地から米軍のヘリで霞ヶ関カンツリー倶楽部に直行し、さらに東京の夕食会にも米軍ヘリで向かった。
 入国手続きもせずに横田基地から日本に入国するルートは、米国のCIAなど情報機関の要人たちが好んで使うルートだと言われている。パスポートもビザも要らないのだから、秘密を好む情報機関にはうってつけのルートなのだろう。
 トランプ大統領にとって日本は、アジア訪問のトップに選んだ最重要国どころか、まるで属国扱いではないか。戦後、米国の大統領は9回、訪日しているが、横田基地に直接降り立った大統領は1人もいないというのだから、なおさらだ。
 この異例の入国の仕方について、指摘し、批判したメディアがほとんどなかったことにも驚いた。僅かに、東京新聞が11月8日の「こちら特報部」欄で書いていた「なぜ『正面玄関』から来ない?」くらいしか思い浮かばない。
 その記事の中に、敗戦直後、マッカーサー元帥が厚木飛行場に降り立った姿を彷彿とさせる、という識者の談話が出ていたが、これにも「なるほど、そうだ」と思った。ほとんど治外法権といってもいい米軍基地が沖縄をはじめ全国にある日本は、基本的には占領下の日本と変わっていないのかもしれない。

韓国ではトランプ氏に抗議デモも

 日本の次に訪れた韓国は、1泊2日と日数も少なく、そのうえ、トランプ氏の訪韓に抗議デモまで起こったのだから、日本ほど心休まらなかったかもしれない。米国からみれば、北朝鮮の脅威と直接対峙している両国として、韓国の抗議デモは意外であり、かつ不快かもしれないが、韓国から見れば、米朝で罵声を浴びせ合っているトランプ氏は「危なっかしくて、見ていられない」との思いなのだろう。米朝が戦争になれば、最も被害を受けるのは米国ではなく韓国なのだから…。
 韓国での夕食会に、日本と韓国が領有権を争っている「独島エビ」が出されたり、元従軍慰安婦の女性が招かれたりしたことに、日本政府が不快感を表明した「事件」があった。日本政府としては「余計なことを」という思いもあるのだろうが、韓国としては、戦前、韓国を植民地とした加害国としての日本の反省が十分でないことを米国に訴えたかったのかもしれない。
 そういえば、日本と北朝鮮の関係においては、加害国だった日本が拉致問題が明るみに出たことで「被害国に変わった」という面がある。今回日本が拉致被害者の家族たちをトランプ氏に会わせて解決を訴えたのも、同じような心境なのかもしれない。

中国では皇帝扱い、米中関係が一気に修復

 次の訪問国、中国がトランプ氏にとって最重要国だったようだ。北朝鮮への圧力の点でもカギを握っているのは中国であり、また、米国にとって最大の対貿易赤字国でもあるからだ。その中国に気を使って、トランプ氏も「貿易赤字は中国の責任ではなく、歴代の米国大統領の責任だ」と述べるなど、米中関係の修復に一生懸命だった。
 一方、中国のほうも紫禁城(故宮)を貸し切りにするなどトランプ氏を皇帝扱いにしたうえ、28兆円におよぶ商談を成立させて、トランプ氏をはじめとする米国の代表団を感激させた。トランプ氏は貿易赤字で中国を責めなかっただけでなく、南シナ海での軍事進出に対しても全く触れず、米中関係は初訪問で一気に修復されたかのようである。
 中国訪問のあと、APECの首脳会議でベトナムに行っても、トランプ氏の上機嫌は変わらなかった。驚いたことに、北朝鮮の金正恩委員長に対する発言まで様変わりして、「友達になるため努力しよう」と言い出したのだから、「中国で何かいい話でもあったのでは」といった噂まで乱れ飛んでいる。
 ASEAN首脳会議のフィリピンでも、南シナ海への中国の軍事進出に対して、「中比紛争の仲介者になってもいい」と、これまで対中批判の当事者だったことを忘れたかのような姿勢の変化で、各国の代表団を戸惑わせている。
 予想外の話題を振りまきながら、トランプ大統領のアジア初訪問は、まずまず平穏に終わったといえよう。といっても、これから米国がどう動くか、ますます分からなかくなった感はあるが…。

対北朝鮮、日本の世論は「圧力」より「対話」へと逆転

 ところで、米大統領の「金正恩氏と友達になれるかも」発言で、安倍首相の「対話でなく圧力を」発言が世界のなかで際立った形になった。それに対して日本の世論が「圧力でなく、対話重視を」に逆転した事実がある。時間的には、トランプ氏のアジア訪問より前のことだが…。
 11月3日に発表された読売新聞の世論調査によると、「北朝鮮に対して国際社会は対話を重視すべきか、それとも圧力を重視すべきか」という質問に、対話重視が48%、圧力重視が41%と出たのである。
 世論調査は実施主体の意向に添った回答が多くなる傾向があるため、安倍政権に近い読売新聞の世論調査に最も注目してきたのだが、その読売・世論で安倍首相に反対する結果が出たのだから驚いた。
 今年2月の読売・世論では、対話重視は35%、圧力重視が55%だったのだ。7月調査、9月調査でもその差は縮小したとはいえ圧力重視派が多かった。それが、大逆転したのである。「北朝鮮の姿勢を変えさせるには圧力だけではダメだ」と国民も気づいたということだろう。
 この読売・世論の結果を見て、読売新聞の社論がどうなるか、安倍政権の政策がどうなるか。目下のところ、変化は見られないが、北朝鮮と対峙している韓国でさえ「対話重視」を主張しているのだから、日本も米朝の間に立って対話を促すような外交を展開できたらいいのに、と思わざるを得ない。国民は状況をよく見ているといえよう。

今月のシバテツ事件簿
北朝鮮による拉致事件

 40年前の1977年11月15日、当時13歳の中学生、横田めぐみさんが新潟から北朝鮮に拉致された。恐らく、北朝鮮の工作員の行動を目撃されたため、証拠を消そうと連れ去ったのだろう。これほどひどい人権侵害はない。
 ただ、このときには拉致事件とは分からず、拉致されたと分かったのは25年後の2002年、小泉首相が訪朝し、「ピョンヤン宣言」を発表して国交正常化に踏み出そうとしたときだ。金正日主席が拉致を認めて謝罪し、めぐみさんら8人は死亡、5人が生存と発表した。
 それまでの70年代から80年代にかけて、「アベック行方不明事件」などが各地で何件か起こっていたが、北朝鮮による拉致の可能性に言及した報道はあっても、確証がないため、単なる行方不明事件のままになっていた。
 拉致事件が明るみに出て日本国民の怒りが爆発、国交の回復はできなかったが、メディアは一斉に拉致問題を取り上げて大々的に報じ始めた。朝日新聞も2002年12月27日付けの紙面で「検証『北朝鮮拉致報道』」という1ページ特集を出している。
 それによると日本人が北朝鮮に連れ去られたことを伝えた初めての記事は、77年11月10日の朝日新聞社会面トップに載った「三鷹市役所の警備員、工作船で北朝鮮へ 懐柔?日本人では初 能登半島から密出国」という記事だったという。
 当時、警視庁公安部を担当していた松村崇夫記者が書いた記事だとあるので、松村氏に尋ねたところ、「柴田デスク(私)が当番の日に出した記事ですよ」と言われてびっくりした。そう言われて思い出したが、当時は拉致事件とは思いも及ばず、単なる密出国事件として報じたものだった。
 その1年後の78年12月、読売新聞が「福井、鹿児島のアベック行方不明事件」を報道し、80年1月に産経新聞が「3組6人の行方不明事件」を報道して、拉致の可能性は高まり、さらに87年の大韓航空機爆破事件で急展開があって、警察庁は97年5月、北朝鮮による拉致事件は7件10人と発表した。
 しかし、北朝鮮はそれを認めず、日本国民の怒りが爆発するのは、その5年後、小泉首相の訪朝で北朝鮮が拉致を認めてからである。
 日本の北朝鮮に対する関係が、拉致事件によって加害国から被害国に変わった面があることは先に触れた通りだが、加害国は加害を忘れがちだが、被害国は被害を、いつまでも忘れ難いものである。日本が加害国で、中国、韓国が被害国だった日中、日韓の関係が、なかなかうまくいかないのも、そのせいだろう。
 北朝鮮と日本の国交が回復できないのも、拉致問題が大きな障害になっているからである。

柴田鉄治
しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。