第54回:日米の比較で考える「議会が機能する条件」(想田和弘)

 「共謀罪」法がついに施行された。

 秘密保護法、安保法制に続いて、非常に問題が多く反対も強い法律が議論もなおざりのまま、ほとんど修正されることもなく、超特急の速さで通ってしまう状況を眺めていると、国会っていったい何のためにあるのだろうと疑問を覚える人も多いのではないだろうか。

 日米を行き来し、両国の政治状況を見ていると、特にその感を抱かざるを得ない。

 例えば、いまアメリカでは、去年暮れの選挙でホワイトハウスと上・下両院を制した共和党が、オバマ時代に作られた医療保険制度「オバマケア」を廃止する法案(トランプケア)を通そうとしている。共和党はもう何年も「オバマケアを廃止する」ことを公約に掲げ、こだわってきたので、彼らにとっては非常に重要な法案だ。実際、下院では奇襲攻撃ともいえる素早さで、議論もほとんどすっ飛ばして、あっという間に通してしまった。僕はそれを見ながら「安倍政権と全然変わらないなあ」と思った。

 ところがここへきて、上院での成立が怪しくなってきた。

 「上院でも共和党が多数派を握っているのになぜ?」と、日本の国会を見慣れている人は不思議に思うかもしれない。しかし実際にそれは起き得るのである。

 その第一の理由は、何と言ってもオバマケアを廃止することに多くの人々が反対しているからだ(僕も大反対)。6月にNBCニュースとウォールストリート・ジャーナルが行った世論調査では、トランプケア法案を「良い」と答えた人はわずかに16%。「悪い」と答えた人は48%に上り、実に不人気なのである。

 特に超党派の議会予算局(CBO)が、下院を通過したトランプケア法案について「2300万人が健康保険を失う結果になる」との予測を出して以来、世論の抵抗が強まっている。実は下院は、CBOの予測が出るのを待たずに抜き打ちのごとく強行採決し、成立させてしまったのだが、そのことも批判に拍車をかけているのだ。

 そうした流れを受けて、上院からは「法案がこのままなら賛成票を投じない」と宣言する共和党議員が少なくとも5人出てきた。彼らの多くは民主党が強い選挙区出身であり、ここで賛成票を投じ地元の人々の反感を買ってしまったら、次の選挙で当選が危うくなるからだ。

 ちなみに下院では共和党が241議席、民主党が194議席とかなり余裕があるが、上院では共和党が52、民主党48と拮抗している。民主党議員は全員がトランプケアに反対しているので、共和党議員の反対者が3人以上出ると成立は難しい。そこでいま共和党は、法案の内容の練り直しを迫られている。そして同党が最低50票を確保できる妥協案を見出せなければ、トランプケアは廃案を余儀なくされるのである。

 まあ、トランプケア法案の不人気ぶりを考えれば、もっとすんなり廃案にするのが民主的だとは思う。しかし日本に比べれば、議会が少しは民意を反映し、行政府をチェックする装置として機能していると言えるのではないだろうか。トランプのロシア疑惑を調査する委員会が議会に作られ、コミーFBI元長官の喚問等がすみやかに行われる様子を見ても、森友・加計学園問題で証人喚問すら拒否されてしまう日本との差は明らかだ。

 ではなぜ、アメリカの議会が少しはまともに機能し得るのかといえば、ひとつには共和党と民主党の勢力が、比較的拮抗しているということが言えるのではないだろうか。これが日本のように与党+補完勢力が両院の3分の2を占める状況であったら、たぶん共和党は自民党と同じく踏ん反り返ってしまっていたと思う。政治において、異なる勢力の緊張関係の存在がいかに大事かということが痛感させられる。

 また、アメリカの議会には基本的に党議拘束がないことも、重要な違いであろう。これが日本であれば、自民党は当然のごとくトランプケアにも党議拘束をかけ、反対する者は「造反議員」と呼ばれてパージされてしまうのがオチだ。つまり日本では、与党の議席が過半数を超えているならば、基本的にはどんな法案も無傷で通せてしまう。したがって議会での議論や交渉は形式的なものになってしまう。日本の国会で居眠りする議員がやたらと多いのは、「議論の行方によっては法案が否決される可能性」がほぼ皆無で、結論が最初から決まっているからなのではないだろうか。「国会の形骸化」が嘆かれるが、党議拘束という悪弊がなぜもっと問題にされないのか、僕にとっては甚だ不思議である。

 いずれにせよ、共謀罪は通って施行されてしまった。しかし、前回にも書いた通り、安倍政権の代わりとなる有力な「受け皿」が作れれば、意外にあっさりと状況は一変する可能性がある。

 安倍政権の支持率が急降下するいま、日本の政治に緊張感を取り戻すチャンスが訪れているのだが、私たちはこの機会を生かすことができるだろうか。

想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。ニューヨーク在住。東京大学文学部卒。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、台本やナレーションを使わないドキュメンタリーの手法「観察映画シリーズ」を作り始める。『選挙』(観察映画第1弾、07年)で米ピーボディ賞を受賞。『精神』(同第2弾、08年)では釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を、『Peace』(同番外編、11年)では香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。『演劇1』『演劇2』(同第3弾、第4弾、12年)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」を受賞した。2013年夏、『選挙2』(同第5弾)を日本全国で劇場公開。最新作『牡蠣工場』(同第6弾)はロカルノ国際映画祭に正式招待された。主な著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs.映画』(岩波書店)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書房)、『カメラを持て、町へ出よう ──「観察映画」論』(集英社インターナショナル)などがある。