第58回:ジャイアンと仲良くしているがために、狙われるスネ夫(想田和弘)

 ずいぶん前のことになるが、友人のAくんとこんな会話をしたことがある。

 A「日本はアメリカの51番目の州みたいだって、揶揄する文脈で語られるけどさあ、本当に“州”だったらすごいよね。日本はむしろそれを目指すべきだよ」

 僕「え、なんで?」

 A「だって州なら日本州出身の大統領だって出せるわけでしょ。1億人も人口がいるんだから、実際あり得るよ」

 僕はAくんの一見突拍子も無い「冗談」にガハハと笑いながら、いや、冗談じゃないぞと深く深く考えさせられたものである。

 実際、Aくんの言う通りである。

 もし日本が米国の州であったなら、私たちには米国大統領を輩出する可能性がある。

 のみならず、沖縄に集中する在日米軍基地も、日米地位協定などという日本や地域住民にとって著しく不公平な取り決めではなく、米国の法律にのっとって規制されることであろう。また、鳩山由紀夫・日本州知事が「州外移設」を唱えただけで、州政府内部や連邦政府から多大な圧力がかかって失脚するなんてことは、ちょっと想像できない。米国の州には高度な自治権が認められているからである。

 日本は米国の州ではなく、属国なのである。少なくとも軍事や外交面においては。

 しかし沖縄を除く日本人の多くは、この「米国の属国」という地位を、あんまり嫌っていない。それどころか、ずいぶん心地よく感じているように見える。むしろ多くの日本人は、日本が宗主国と良好な関係を保っていくことこそ、国際社会でサバイバルしていくための、生命線のように感じているのではないだろうか。

 だからサミットなどでは、全体での記念撮影の際に「日本の首相が米国大統領とどのくらい近いポジションにつけたか」とか、「首相が大統領と何分話したか(そしてそれが中国と比べて多かったか少なかったか)」といった「問題」が、メディアで大真面目に議論される。

 ドナルド・トランプ大統領が来日するとなると、これはもう大変だ。彼が本国やヨーロッパでどんなに評判が悪かろうが、デモクラシーの破壊を試みる専制的大統領であろうが、ネオナチや白人至上主義者を擁護するレイシストであろうが、女性を侮辱してばかりのセクシストであろうが、おかまいなし。国を挙げて歓待する。そして安倍晋三首相がトランプ大統領とゴルフをプレーし、仲良くハンバーガーをほおばっている様子をテレビで眺めながら、安堵の息をもらすのである。

 「ああ、これで我が国も安泰だ。北朝鮮からも中国からも守ってもらえる」

 安倍晋三はこうした国民感情を正しく代弁する指導者である。

 トランプが昨年の選挙で勝利してまもなく、安倍が各国の首脳に先駆けてトランプ・タワーへ馳せ参じたのは有名な話だ。彼にしてみれば、選挙中、日本について厳しいことばかり言っていたトランプが当選してしまって、死ぬほど慌てたのであろう。そして日本の運命を救うつもりで、まだ大統領に就任もしていない男のところへ駆けつけた。

 そういう意味では、彼も必死なのだと思う。そして日本の主権者の多くは、そういう安倍にむしろ「頼もしさ」や「安心感」を抱いているのである。

 しかし多くの人が気づいていないことがある。

 「ジャイアン(米国)と仲良くしていればスネ夫(日本)は安泰」という冷戦時代の構図は、もはや成り立ちにくいという事実である。むしろ「ジャイアンと仲良くしているがために、狙われるスネ夫」という図にさえなりつつある。

 僕が念頭においているのは、ほかならぬ北朝鮮問題である。

 そもそも北朝鮮が核兵器や長距離ミサイルを開発している理由は、「米国に攻撃されて金王朝を転覆させられるかもしれない」という恐怖からである。北朝鮮による度重なるミサイル発射実験や核実験は、日本ではなく米国に対する威嚇行為であり、本来ならば日本は「蚊帳の外」のはずだった。

 しかし日本には米軍基地がある。北朝鮮からすれば、米国本土までミサイルを飛ばすのは容易ではないが、在日米軍基地なら射程距離内だ。北朝鮮は銀行強盗よろしく、近くにいる米国の同盟国・日本を人質に取ることを考えたわけである。

 そういう北朝鮮にとって都合がよいことに、「生き延びるためにはジャイアンと親密になるしかない」という戦略しか持たない日本は、自衛隊を米軍との共同訓練に参加させたりして、一体化をアピールしている。要は自ら標的になることを買って出ている。

 そんなこんなで、日本はいつのまにか対立の「蚊帳の外」から、「ど真ん中」に入れられてしまった。

 共同通信によると、トランプは東南アジア諸国首脳らとの会談で、北朝鮮が日本列島上空を通過する弾道ミサイルを発射した際、日本は「迎撃するべきだった」と語ったという。そして「武士の国なのに理解できない」とも言ったという。

 そもそも宇宙空間を飛ぶミサイルを迎撃することは不可能だし、トランプがどれだけ本気なのかもわからないが、無視できない発言である。

 なぜなら、もし迎撃しようとミサイルを発射しようものなら、その時点で日本と北朝鮮は戦争に突入する。そうなれば日本にもミサイルが降って来て、街は破壊され人が死ぬだろう。東京などの大都市や原発が攻撃されるかもしれない。そのまま戦争がエスカレートすれば、日本は終了である。

 懸念されるのは、対米従属ひと筋の安倍晋三が、トランプに無茶な要求をされても、いまさらノーと言えないのではないかということだ。あるいはトランプが北朝鮮を先制攻撃しようとしたときに、諫めることができないのではないかということだ。

 東京で開かれた日米首脳会談後の記者会見では、二人の主従関係を象徴するような場面がみられた。

 トランプは記者会見で「日本は世界でも有数の経済を作り上げ…」と言いながら安倍を一瞥し、「でも俺らの経済の方が上だよな? これからもそうだ。お前らは2番」とアドリブで言った。安倍はそれを笑顔で黙って聞くしかなかった。

 そしてトランプの「ミサイルを迎撃すべきだった」発言について記者が安倍にコメントを求めると、あろうことか、トランプは安倍が答える前に割り込んでこう言い放った。
 「首相の代わりに答えるとな、アメリカからもっと武器を買えば撃ち落とせるんだよ」

 どうだろうか。これでも日本の皆さんは「ああ、これで我が国も安泰だ」と思えるであろうか。

 僕は祖国の行く末が本気で心配である。

想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。ニューヨーク在住。東京大学文学部卒。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、台本やナレーションを使わないドキュメンタリーの手法「観察映画シリーズ」を作り始める。『選挙』(観察映画第1弾、07年)で米ピーボディ賞を受賞。『精神』(同第2弾、08年)では釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を、『Peace』(同番外編、11年)では香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。『演劇1』『演劇2』(同第3弾、第4弾、12年)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」を受賞した。2013年夏、『選挙2』(同第5弾)を日本全国で劇場公開。最新作『牡蠣工場』(同第6弾)はロカルノ国際映画祭に正式招待された。主な著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs.映画』(岩波書店)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書房)、『カメラを持て、町へ出よう ──「観察映画」論』(集英社インターナショナル)などがある。