持続可能な開発目標(SDGs)16.3項を実現する法律家の国際協力〜コートジボワール司法省にコールセンターができるまで〜講師:原 若葉氏

 2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)のなかには「すべての人々に司法への平等なアクセスを提供する」というゴールが定められています。日本では当たり前のことで気付きにくいですが、平和で社会の安定した国では司法制度が機能しています。何かもめごとが起きたときにルールに則って問題を解決する仕組みがあり、それが正しく動く、そして利用できるというのは実はとても貴重なことです。
 今回の講演では、原若葉先生より法整備支援の一環としてコートジボワールでコールセンターをつくったときの経験や、国際協力の分野に携わるようになった経緯などについてお話しいただきました。[2018年1月13日(土)@渋谷本校]

スタートは渉外事務所から

 私は幼い頃から海外に憧れ、20代の間に米国に留学したいと考えていました。そこで、司法試験に合格し研修所を出るときには、最も確実に国際的な仕事にかかわり留学することもできるよう、弁護士になって渉外事務所へ入所する道を選びました。弁護士3年目にいざコロンビア大学へ留学してみると「何年でもここにいたい!」と思えるほどニューヨークの街は魅力的でした。同時に、もし日本に帰るならば何がやりたいかが明確になりました。それが知的財産権の分野です。私の場合、是非かかわりたいと思う案件も具体的に明確で、それは、音楽著作権、アパレルブランドのライセンス業務、スポーツイベント関連法務の3つでした。
 当時、私が日本で所属していたのは実績と定評ある大手事務所で、プロフェッショナルとしての仕事のイロハをここで学びました。しかし音楽案件を扱いたい気持ちなどもあって帰国後に別の事務所へ移籍しました。それからの6年間は環境に恵まれ、自分が日本で弁護士としてやってみたいと思っていたことは全て、これ以上は望めないと思うほどの形で実現しました。そして「やり尽くした」気がし始めたころ、所属事務所に組織変更が生じ、新たな選択肢が視野に入るようになりました。

知財弁護士の経験を活かし、外務省勤務を経てJICAへ

 ちょうどその頃、特定任期付公務員の制度の利用が始まり、外務省条約局(当時)が初めて弁護士の公募を行いました。私は通商法や国際経済法の専門家ではありませんでしたが「知財であれば何でもやってきた」とアプライしたところ、知財分野の経験者こそ歓迎とのことで、外務省での勤務が決まりました。当時はいわゆる経済連携協定の黎明期で、アジア諸国との新たな協定には知的財産章が含まれていたのでした。もともと知的財産権制度は条約による国際枠組と深いつながりを持ちます。日本が加盟する知的財産関係の条約について全て担当させて頂いたほか、先進国による多国間条約の起案や交渉にまで関与させて頂き、身に余る光栄だと思いました。
 知的財産権に関する分野は国際的な制度づくりにまで関与して、いよいよコンプリーテッド! と感じていた頃に、独立行政法人国際協力機構(JICA)本部の中でも弁護士が仕事をしていることを知り、このお手伝いをさせて頂くようになりました。実は、外務省にいた頃、ある条約の国際協力章の起案を担当しており、条約の枠組が現場でどう実施されるかに関心がありました。アジアの国々への法整備支援のプロジェクトのいくつかに関与させて頂きました。

3・11の後、法テラスでコールセンターの担当部長に

 そして2011年。東日本大震災はいまだかつてない衝撃的な体験で、被災地の支援活動には様々な形で参加し強い関心をもっていました。そうしたところ、日本司法支援センター(法テラス)本部で被災地支援の担当部長の後任を探しているという話が舞い込んできました。さすがに、それまで20年以上国際関係の仕事ばかり、それも企業案件や政府の仕事しかやってきていない私には無理だと思いましたが、当時、ハーグ条約の実施に向けて法テラスの制度の整備が必要であるなど、経験が活かせそうな分野もあると分かり、結局、2年の任期でお引き受けしました。本業の業務自体が震災復興支援でもあり人助けになるということは大変やりがいのあるものでした。被災者支援の一環としては福島や岩手に臨時の出張所をつくりました。法テラスの業務の中では情報提供業務や民事法律扶助全般を担当しており、コールセンターについては担当部長として毎日オペレーションのデータに目を通していました。
 法テラスに勤務していた2013年の秋、JICAの同僚弁護士から、コートジボワールで支援を開始するが、先方政府からコールセンター設置の要望が来ているので手伝ってもらえないかと連絡がありました。当初は日本でのバックアップのお手伝いをするという話でしたが、その後、現地で活動する専門家として、2014年12月から私自身がコートジボワールへ派遣されることになりました。

アフリカ初の本格的な法整備支援〜「平和と安定」を目指して〜

 コートジボワールは、西アフリカでは経済のハブになるメジャーな国です。1980年代に「イボワール(象牙)の奇跡」と呼ばれる経済成長を経験し、実質的首都のアビジャンには今も高層ビルが建ちならんでいます。その当時は日本の六大商社すべてが事業の拠点をおき、300名以上の日本人が滞在していました。しかし1990年代にカリスマティックな大統領が亡くなってから国内が混乱し、2011年末まで約10年に渡り国内危機状況が続きます。この間、司法関係者のほとんどは内戦を逃れてアビジャンに避難し、裁判所などの司法機能は停止してしまいました。
 さて、2013年に横浜で開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD V)では、日本の対アフリカ協力指針として「平和と安定」という項目が新たに書き加えられ、従来アフリカでは殆ど行われていなかった司法分野の支援が注目されるようになりました。また、このとき日本が支援する5つの重点地域のひとつにコートジボワールが選ばれました。コートジボワールには、日本からの支援再開を期して、様々な分野の専門家(アドバイザー)の派遣が始まっていましたが、こうして司法分野に明確なニーズが認められたことから、「司法アドバイザー」の派遣が決まり、私がJICA専門家として派遣されたのです。
 司法アドバイザーとしての私のミッションは「刑事司法分野の人材育成」と「司法アクセス改善支援」の2つでした。

一つ目のミッション「刑事司法分野の人材育成」

 日本のように「平和と安定」が当たり前に存在している国では気付くことが難しいですが、平和で安定した社会には司法制度が存在し、機能しています。例えば、殺人事件があれば、通常は間もなく犯人が警察に逮捕され、被疑者として取調べを受けて起訴され、被告人として裁判所で刑を言い渡され執行されます。日本では、この過程が展開していく様子が報道され、誰もが自然にこの流れを当然のこととして受け止めているはずです。犯人が警察に捕まらない事件は余りなく、被疑者が何年も拘束されたままだったりもしない。これは刑事司法制度が機能しているからです。これは社会が平和で安定するための要素のひとつです。警察や司法の対応がうまくいかない国に行くとその重要性をしみじみ感じます。
 コートジボワールの場合、司法制度はあるのです。ただ、それがうまく機能していない。そこで、司法分野に関る専門家の能力強化を行います。社会の安定のためにまずとりかかるべきは刑事分野ですから「刑事司法分野の」人材育成に取り組むのです。この「刑事司法分野の人材育成」というミッションの下では、コートジボワールとその周辺8カ国から参加者を募り、公用語であるフランス語で刑事司法に関するセミナー(JICA・国連アジア極東犯罪防止研修所主催「仏語圏アフリカ刑事司法研修」)の現地開催や成果普及、ネットワークづくりなどを行いました。興味がある方はぜひJICAの広報誌Mundi2016年9月号をご覧ください。

二つ目のミッション「司法アクセス改善支援」

 日本で「訴えてやる!」という言葉が通用するのは、訴えれば裁判所で真っ当な裁判をしてくれるだろうという期待があり、本気で訴えようと思えば、誰でも裁判所に訴えることができるからです。これが司法アクセスというもので、これも平和で安定した社会のひとつの要素です。そしてコートジボワールのようないわゆるポスト・コンフリクトの国(紛争経験国)ではとりわけ重要です。紛争解決の仕組みがあってそれを利用できれば、争い事があっても解決の選択肢が与えられるからです。内戦などの影響で司法の機能が低下してしまったコートジボワールにおいて、司法アクセスの再開と改善、つまり人々が司法制度を利用しやすくするためにやらなければいけないことは山ほどありました。
 例えば法曹の人数を増やすなど、司法制度の基盤から改善しようと思えば10年単位の長期計画が必要です。限りなくあったニーズの中から、日本が行った支援は、コールセンター「ALLO JUSTICE」をつくることでした。
 コールセンターは、司法アクセスにおける3大障害(①地理的・物理的障害②経済的障害③心理的障害)を軽減でき、1カ所つくればそこから全国にサービスが提供できます。近時のアフリカではすさまじいほどに携帯電話が普及しており、固定電話を引くことが難しい農村でもほとんどの人が携帯電話をもっています。裁判所が遠くても、体が不自由でも、弁護士に会うのは気が引ける人でも、わずかな通話料の負担のみで問題解決の糸口になる情報が得られ、確実に司法アクセスが改善されます。

コールセンター「ALLO JUSTICE」ができるまで

 コートジボワールのコールセンターは、私が2年間オペレーションを見てきた日本の法テラスをモデルにしています。日本の法テラスでは事前に5000問のQ&Aを用意し、約100名(最大で同時に約60名が受電)のオペレーターが対応していますが、コートジボワールのコールセンターは、オペレーター2名、スーパーバイザー1名の非常に小さなチームです。オペレーターの回答用にはコートジボワールでよくある質問を網羅した約700問のQ&Aが用意されています。このQ&Aは市民相談の経験が豊富な弁護士などのプロの法律家が書きおろし、司法省のQ&A検討委員会が細部まで監修補訂しました。
 コールセンターが行うのは電話で法律相談そのものを提供することではなく、「弁護士に相談するべきだろうか」と悩んでいる人に対して「こういう解決方法がありますよ」と情報提供して道案内し、初めの一歩を踏み出してもらうことです。すぐにでも裁判所に連絡するべき人には、裁判所の電話番号を教えます。このように、コールセンターは市民と司法をつなぐ架け橋としての役割を果たしています。
 コールセンターのプロジェクトの成果として重要なのは、物理的な電話機材やパソコンではなく、何より司法省内にQ&A形式による市民向けの法律情報コンテンツが1セット出来たことが最も意義深いことといえます。コールセンターに限らずなるべく多くの媒体を通じてコンテンツが市民に提供されるよう、司法省による情報提供サービスの一環として、ウェブサイトに掲載が予定されており、主要7分野についてはQ&Aを掲載したパンフレットが作成されています。
 2016年12月にコールセンターを開設し、1年間で1700件ほどの電話がかかってきました。相談内容は、家族に関する問題や刑事手続きに関する問い合わせが多かったようです。利用者の反応はきわめて良好で、「何も知らずに生きてきた全ての人に光をともしてくれた」とコメントしてくれた利用者もいました。

SDGsの目標実現に向けて

 SDGs(持続可能な開発目標)の目標16.3項に「全ての人々に司法へのアクセスを提供する」というゴールが掲げられていますが、今回コートジボワールでつくったコールセンターは、まさにこのゴール実現のための一つの具体的な手段です。
 日本とコートジボワールでは司法制度に違いがあるにも拘らず、日本の法テラスをモデルにしたコールセンターは、現に設置され運営されて市民に情報を提供し、司法アクセスの改善に役立っている様子です。つまり、たとえ法制度や文化が違っても司法アクセスの改善に関するベストプラクティスは他の国に応用可能であり、日本の経験を共有することも有効だと分かりました。そうだとすると、国際的な法律家のネットワークを構築して経験共有すること、それぞれが自国の司法アクセス改善を弛まず行うことで、互いに発展し、SDGs16.3項をさらに実現していくことができるといえます。
 「平和で安定した社会」の一要素として司法を考えてみたとき、法律家の仕事は間違いなく社会の基盤を支える仕事です。これを機会にSDGsが掲げている内容について知ってもらうとともに、法や司法に携わる者は、誰もがSDGs16.3項の実現に日々貢献できることや、平和な社会の担い手となり得ることを、ぜひ知っておいて頂ければと思います。

講師:原 若葉氏(弁護士)
1988年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1990年、最高裁判所司法研修所修了(42期)・弁護士登録(第一東京弁護士会)。1993年、米国コロンビア大ロースクール修了。1990年~2003年、大手渉外法律事務所に所属し、国際取引・知財案件の実務に携わる。2003年~2005年、外務省条約局国際協定課・国際法局経済社会条約官室に勤務。2008年~2009年、外務省経済局知的財産室に勤務。2010年~2017年、国際協力機構(JICA)非常勤客員専門員。2012年~2014年、日本司法支援センター(法テラス)本部第一事業部長。2014年~2017年、在コートジボワールJICA長期派遣専門家(司法アドバイザー)。

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