第131回:“2020年憲法改正”は、じつに空疎な首相案件だった(南部義典)

10年前に見た光景

 私は2008年5月3日、ある「改憲派集会」の様子を伺おうと、その会場に足を運びました。当時は、前年(2007年)5月に憲法改正の手続きを定める国民投票法が成立し、2010年5月に施行される予定となっていたことから(=2010年5月以降いつでも、憲法改正の発議が可能になる)、憲法改正論議の「盛り上がり」が期待された政治状況でした。

 しかし、2008年5月当時、憲法改正の機運が高まっていたかといえば、決してそうではありませんでした。むしろ、冷え込んでいました。立法上の想定として、衆議院、参議院の憲法審査会は2007年8月から動き始めることになっていましたが、現実にはまったく動いていない(動きそうにない)状況だったからです。同年7月の参議院議員選挙の結果、いわゆる「ねじれ国会」となり、憲法審査会の始動を良しとしない野党勢力が強大化して、衆議院も、参議院も、憲法審査会の運営のルールを定めることができなかったためです。

 私が訪れた「改憲派集会」で来賓挨拶に立った葉梨康弘衆議院議員(自民党、国民投票法案の提出者の一人)が、「ことしの憲法記念日は、何とも昂揚感がない」と述べたことを、今でもはっきりと覚えています。いわゆる「改憲派」は、国民投票法の成立を「千載一遇のチャンス」と受け止めていたようですが、一年しか経っていないのに、政治状況はむしろ暗転し、先が見えなくなっていたのです。

究極の首相案件

 10年前の憲法記念日における「改憲派集会」の様子は、ことし、そっくりそのまま当てはまっています。実際に参加された方は直接、その雰囲気を感じ取ったでしょうが、多くのメディアが、「改憲派集会」の昂揚感のなさを伝えています。

 「2020年、新しい憲法が施行される年にしたい」――安倍総理は、昨年の憲法記念日に発したメッセージを、停滞していた憲法改正論議に一石を投じたと自画自賛しているようですが、議論が停滞している状況に何ら変化はなく、単なる空威張りです。「改憲派」は少なからず、「隘路に入った」「先が見えなくなった」と内心では感じているものの、それを態度で示すことができないので、じっと俯くだけなのでしょう。

 思えば、「自衛隊明記」「教育無償化」といった具体的な項目の提示こそ、“究極の首相案件”ではなかったでしょうか。自民党も正直なところ、大して扱いたくもないテーマを急に投げられて、困惑と混乱の一年を過ごしてきたに違いありません。党の体裁、面目を保つため、「議論を確実に進めているフリ」「意見がまとまっているフリ」をし続けるという、じつに空疎な、虚しい努力を重ねてきたわけです。

 このような鍵かっこ付の「憲法改正論議」は、いわゆる四項目(自衛隊明記、教育無償化、緊急事態、合区解消)を提示した党大会(3月25日)が実質的な終着点となりました。事実、党の憲法改正推進本部は、党大会以後、一度も開催されていません。

議論の仕切り直しは、いつの話か

 私の肌感覚からすると、少なくとも平成期(来年4月30日まで)の間、国会で憲法改正論議が積み重なることはありません。まして、憲法改正の発議が行われることもなければ、しばしば提起される国民投票法の改正でさえ、結実することはないと考えます。巷のほとんどの議論が誤っていますが、憲法審査会の定例日は慣例上、週一回となっているので(衆:木、参:水)、通常の法律案を処理する場合のスケジュール観と同等に考えることはできません。

 議論の「停滞」というか「膠着」というかは別にして、与党・野党の枠を超えて、およそ憲法に関する問題を円卓協議する環境さえ整わない状況が、しばらく続くことになります。憲法改正論議を有意に進めようとすれば、協議環境を取り戻すことが先決ですが、そこまでの信頼関係は強引に形作れるものではなく、再構築のために、この先何年、十何年とかかることは覚悟しなければなりません。

 私は、この連載で何度も、憲法改正論議を「多人多脚走」に喩えてきました。憲政史上、衆議院、参議院でただ一つの政党が憲法改正発議要件(総議員の3分の2以上)を超えたことはなく、また、将来にわたって、そのような状況は考えられないことから、与党第一党を中核に複数の政党が「共同」して始めるものが、憲法改正論議の「奥儀」だということになります。自分一人で走るのではなく、両隣に必ず誰かがいる状況を理解して、足をしばった上で、どちらの足を先に出すかについて、全員で合意しなければ走り始めることはできません。2人3脚、3人4脚を想像して頂ければ分かる話です。

 しかし、自民党は、過去にも同じような失敗を経験しているにもかかわらず、この「多人多脚走」の想像がまったく理解できないのです。年々、「永久にスタートラインに立てない改憲政党」としての性格を強くしているといっても過言ではないでしょう。

 これは、「準憲法規範」といわれる国民投票法の改正についても同じことがいえます。しょせん法律の改正なので、法的には自民党単独でも可能ですが、単独改正を強行した瞬間、「多人多脚走」の信頼関係が崩れ、スタートラインに立てなくなります。国民投票法は、普通の法律とは扱いが異なります。内容的には憲法改正の手続きに関わり、国民主権原理に直結することから、党派性を打ち消すことは立法上、最低限の要請です(現に、2007年の国民投票法の制定、2014年の同法改正では、政党間の幅広い合意が模索された結果、実現しています。昨今、この点を理解していない言説が増えていることはとても残念です)。

 最後に繰り返しますが、与党・野党が同じ方角を向くには、なお相当な年月を要します。私自身、まさに「百年河清を俟つ」の心境ですが、その間少なくとも、立憲主義違反の「内閣による憲法解釈変更」(2014年)を元に戻すことはできると強く確信し、次の10年をキャッチしたいと思います。

(掲載のお知らせ)
『法学セミナー』

2018年6月号(5月11日発売、日本評論社)に、「国民投票法制からみた、9条改正論の「非現実性」」と題する論稿を寄せました。国民投票法の改正問題について、一通りの論点整理を行っています。関心のある方はぜひ、ご高覧ください。

(講演会のお知らせ)
「憲法改正のゆがんだ舞台 ――「国民投票」の問題点を探る」

日 時: 5月19日(土)13:30~16:30
場 所: 練馬区立勤労福祉会館 大会議室
主 催: 市民の声ねりま
参加費: 500円(高校生以下無料)
連絡先: TEL/FAX 03(5933)0108 Mail : siminnokoe@nifty.com

南部義典
なんぶ よしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。現在、シンクタンク「国民投票広報機構」代表。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。主な著書に『図解 超早わかり国民投票法入門』(C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー no.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日 ――国民投票とプロパガンダCM』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック ――制度改革と教育の課題』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)、などがある。(2018年10月現在)(写真:吉崎貴幸)