第14回:米朝首脳会談の「成功」に、冷ややかだった日本のメディア(柴田鉄治)

米朝首脳会談の「成功」に、冷ややかだった日本のメディア

 6月12日、初の米朝首脳会談がシンガポールでおこなわれた。北朝鮮が中止をちらつかせたり、トランプ大統領が中止を宣言したり、紆余曲折はあったが、予定通り開かれ、世界中をホッとさせた。この米朝首脳会談の開催には、北朝鮮の金正恩委員長と韓国の文在寅大統領の熱意が大きかったという気がする。
 米朝両国家の国旗が飾られた部屋の両端から現れた両首脳が握手をし、親しげに歩む姿をはじめ、首脳会談の様子、ランチ、共同声明の発表と全世界に生中継され、首脳会談の「成功」を世界中に印象付けた。
 ところが、この米朝首脳会談の結果に対して、日本のメディアの評価は総じて冷ややかだった。共同声明で北朝鮮が非核化を認めたのに、「時期が明記されなかった」などと批判するものや「北朝鮮側の一方的な勝利」と論評するものなど、直後の評価も高いとはいえなかった。
 それだけではない。トランプ大統領が米韓合同軍事演習の中止を発表したことに対して、朝日新聞まで6月14日の一面トップに疑問視する記事を載せた。アジア太平洋地域での米軍の影響力の低下を心配するというのだ。
 日本の対米依存がひどすぎるとかねてから批判的だった朝日新聞までそうなのだから、対米依存派の読売・産経新聞など他紙はいうまでもない。突然出てきた米韓合同演習の中止に日本政府が疑問を表明するならともかく、メディアまでそれに同調してしまったのには、ちょっと驚いた。
 今年の年頭には金正恩氏が「核のボタンは私の机の上にある」と言い、トランプ氏が「私も持っているが、彼のものよりはるかに性能がいい」と言い返すという核戦争の脅威まで感じさせた両首脳だったのだから、首脳会談で意気投合し、非核化の約束をしただけでも、成果をもっと評価していいのではあるまいか。
 6月18日に発表された読売新聞の世論調査によると、この米朝首脳会談を「評価する」が43%、「評価しない」が47%と驚くほど評価が低かった。世論調査は実施主体の報道姿勢が反映される傾向がみられるものだが、それにしても、である。
 さすがに同日発表された朝日新聞の世論調査では、「評価する」73%、「評価しない」23%と読売とは正反対の結果が出ていたが、それでも共同声明にうたわれた「朝鮮半島の完全な非核化」に対しては、「期待できる」26%、「期待できない」66%と評価は低かった。
 もちろん米朝両国がこのあと、非核化の実現に向けてどう交渉を進めていくか、その結果を見極めなければ何とも言えないが、少なくとも米朝会談の「成功」で核戦争の危険は回避できたのだから、メディアももう少し評価してもいいような気がする。

次は日朝首脳会談か? 拉致はどうなる?

 この米朝首脳会談の前に、安倍首相は会談で日本人拉致問題を提起してほしいとトランプ大統領に頼んでいた。約束通りトランプ氏が提起したところ、金正恩氏が「分かった」と答え、日朝首脳会談にも前向きな姿勢を見せたという。
 トランプ氏からそう伝えられた安倍首相は、これまでの圧力路線を一転、日朝首脳会談に積極的な姿勢に転じ、北朝鮮との交渉に入るよう外務省に指示した。日本政府は、金正恩氏が「拉致問題は解決済み」と言わなかったことを評価し、首脳会談による進展を期待しているようだが、拉致問題の解決は、そう簡単なことではない。現に、首脳会談後に北朝鮮からは「解決済み」の見解が表明されたりしている。
 拉致問題に最も関心が高い産経新聞に、河野外相の父、河野洋平氏の講演会の内容が報じられていた。「拉致問題より日朝の国交回復を先に」という河野氏の持論を報じたものだが、「拉致問題の解決が最優先課題だ」と言い続けている安倍首相が日朝国交回復をどう考えているのか、訊いてみたいところだ。
 日本は戦前、朝鮮半島を植民地化し、北朝鮮に対して「加害者」なのだが、拉致問題が起こって「被害者」に変わったと言われている。国交回復のためには、加害者としての賠償金の支払いをどうするかという問題が出てくる。
 米国は北朝鮮の非核化の見返りに、この日本からの賠償金を含む経済援助に期待しているようだが、日朝の国交回復交渉は期待通り進展するのかどうか。拉致問題の解決前に国交回復を進めることは、安倍政権にとってはかなり難しい課題だろう。
 日朝首脳会談の進展をメディアは注意深く見守るほかない。

加計学園の「ウソ」にメディアはなぜもっと怒らないのか?

 「もり・かけ疑惑」にまた、新たな進展があった。加計学園の理事長と安倍首相が2015年2月25日に会って、安倍首相が「獣医学部の新設はいい話だね」と語ったという文書が愛媛県から出てきたのだ。それが事実なら、「加計学園が応募していることを知ったのは2017年の1月だ」という安倍首相の答弁はウソだったことになる。
 それに対して安倍首相は直ちに「その日に加計氏とは会っていない」と否定し、加計氏もそれに同調、それでは文書の辻褄が合わなくなって、加計学園の事務局長が「私がウソをつきました」と「自供」したのである。
 これは大変なことだ。首相の発言まででっち上げ、首相の威を借りて獣医学部の新設を勝ち取ったのなら、それは一種の詐欺事件だといっても過言ではない。もちろんこの加計学園のウソに対してメディアは批判したが、どうも怒りが足りないように思えてならないのだ。
 なぜ、もっと激しく怒らないのか。首相の言葉まで創作して新設を勝ち取ったのなら、「認可を取り消せ」という糾弾が渦巻いてもよさそうなのに、そうなっていない。なぜか。
 メディアが怒らないのは、加計学園のウソの自供に半信半疑だからではないか。もっとズバリと言えば、ウソをついているのは、加計学園ではなく安倍首相のほうだとみているからではあるまいか。

ウソをついているのは加計学園か、安倍首相か?

 というのは、会った日付まで創作してウソをでっち上げるのはかなり無理なことであり、それに首相の発言までついている。それまでにも「総理のご意向」とか「首相案件」と言った文書が文科省や愛媛県から続々と出てきて、官邸や秘書官らが「記憶にありません」の大合唱が起こっていた、という事実もあるからだ。
 その点について6月18日の東京新聞に興味深い記事が載っていた。小泉政権で首相秘書官を務めた小野次郎氏が「愛媛県の文書に面会時間が15分間と出ていたところに真実味がある」と語ったというのだ。つまり、ウソをついているのは安倍首相のほうだというわけである。
 メディアは、たとえウソをついているのが安倍首相のほうだと思っても、ウソをついたと自供した加計学園を激しく糾弾すべきなのだ。「首相の威を借りての詐欺まがいの行為だ」とメディアがこぞって糾弾すれば、加計学園としても応募したこと自体を取り下げるか、あるいは「ウソの自供はウソでした」と申し出るほかあるまい。
 いずれにせよ、ウソを許してはならない。昔から「ウソはまた別のウソを呼ぶ」といわれている。「ウソは泥棒の始まり」と子どもたちにも教えてきたことではないか。

新潟知事選、与党側が勝つ、ただし、原発容認ではない

 女性問題を理由に退任した米山隆一新潟県知事のあとをうけて、新潟知事選が6月10日に行われ、与党が推す候補が勝った。この知事選で与党側が敗けたら安倍首相の3選も危ういと言われていたので、与党内にはこれで安倍首相の3選も決まりだ、という声も出始めているという。そうだろうか。
 選挙の争点は、刈羽・柏崎原発の再稼働問題だといわれてきた。確かに野党側の候補はこぞって再稼働反対を表明してきたが、与党側の候補は原発には一切触れず、出口調査によると、原発反対派の県民からも大量の票を得ていたようである。
 したがって、新知事も当選したからといって再稼働賛成に転ずるわけにはいかず、当選後の挨拶でも「原発は慎重に判断する」と語っていた。恐らく住民投票でも考えているのではあるまいか。
 そうだとしたら、これで安倍首相の3選も決まり、というのもおかしなことになる。折から福島第二原発の廃炉を東電社長が発表した。新潟県民は、隣の福島県民の苦しみをよく知っており、原発には厳しい姿勢を取っているからだ。
 いずれにせよ、メディアは新潟県民の原発再稼働に対する声をしっかりと追っていく必要があろう。

今月のシバテツ事件簿
大阪地震、マグニチュード6.1なのに死傷者多数

 6月18日朝、大阪北部を震度6弱の地震が襲った。大阪府内で震度6弱が観測されたのは初めてだという。学校の塀が倒れて小学生が死亡したほか多数の死傷者が出た。そのうえ交通機関がほとんどストップし、家屋の倒壊も少なくなかった。
 気象庁によると、震源の深さは13キロ、マグニチュード6.1だという。地震としては決して大きなものではないが、それにしては被害が大きかった。
 思い出すのは23年前の阪神・淡路大震災である。ビルや高速道路まで倒れ、6000人を超える死者まで出た。前にも記したかもしれないが、それまで「関西地方には大きな地震は起こらない」という「迷信」が広がっていたため、手抜き工事が多かったからだろうと言われた。
 今度の大阪地震でも、学校の塀が倒れたり、家屋が倒壊したり、交通網のマヒなどのニュースを聞きながら、「あの迷信がまだ残っているのかな」と、ふと思った。
 1978年にできた大規模地震特別措置法(大震法)によって、「次の大地震は東海地震だ」「それも起こる前に『警戒宣言』が出る」といった迷信が広がっていたのが、ようやく大震法の手直しができたというのに、関西地方に大地震はないという迷信だけはまだ残っていたのだろうか。
 地震国、日本には、いつ、どこで、大地震が起こってもおかしくないのだ、ということを、この機会にあらためて考えたい。

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柴田鉄治
しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。