第79回:自民党総裁選と消費税(森永卓郎)

 9月に行われる自民党総裁選は、安倍晋三総理と石破茂元防衛大臣の一騎打ちとなったが、すでに安倍総理の勝利が確実となっている。立候補が噂された岸田文雄政調会長が、安倍総理支持を打ち出すと、勝ち馬に乗ろうと各派閥が、次々に安倍支持を打ち出したからだ。結局、石破支持を打ち出したのは、竹下派の参議院議員だけだった。
 なぜ竹下派の参議院議員が、安倍三選後に干されるリスクを冒して、あえて石破支持を打ち出したのか。それは、保守本流としての意地だったのだろう。
  自民党内の派閥政治では、保守本流と保守傍流がずっと対立を続けてきた。保守本流に属するのは、平成研究会(竹下派)、宏池会(岸田派)だ。一方、保守傍流は、清和政策研究会(細田派)、志帥会(二階派)、近未来政治研究会(石原派)だ。
 両者の間には、政策の基本理念に大きな違いがある。私の見立てでは、保守本流は平和主義かつ平等主義、保守傍流は市場原理主義かつ主戦論だ。保守本流は人類全員が平等に幸せになるべきだと考える。だから、何としても戦争は避けようとする。自主憲法制定を党是とする自民党政権が続いたにもかかわらず、戦後憲法改正が行われなかったのは、20世紀のうちは、保守本流が主流派であり続けたからだ。また、経済の面でも、保守本流は国民全員を幸せにしようと考えるから、所得の再分配を強め、セーフティネットを拡充しようとする。この理念が、日本を「戦後最も成功した社会主義国」と評されるような社会にしたのだ。しかし、2001年の小泉政権誕生以降、自民党は保守傍流に支配されるようになる。傍流が主流になったのだ。だから、最近は、保守傍流という言葉自体が死語になってしまった。

保守傍流の安倍晋三と、保守本流の石破茂

 保守傍流の基本理念は、一言でいうと、「強い者が勝つ」だ。現実問題として、米国が圧倒的な軍事力を持つ以上、それに抗うようなことはしない。彼らは、「日米同盟強化」という言葉を使うが、その実態は米国に対する全面服従だ。彼らは、憲法を「改正」して、自衛隊を明記するというが、それは自主防衛をするためではなく、米軍とともに戦える戦力を米国に差し出すためだ。また、経済面では、米国に要求されるままに、規制緩和を進め、市場原理を強化するが、それは単に要求されたからという理由だけではなく、彼ら自身の理念でもあるのだ。

 そうしたなかで、安倍総理の基本理念は、明らかに保守傍流だ。市場原理主義かつ主戦論なのだ。小泉純一郎元総理と同じ細田派の議員なのだから当然と言えば当然のことだ。一方、保守本流の理念が近いのが石破茂氏だ。平和主義かつ平等主義だ。国民の強い支持は、石破氏の方にあるのは、世論調査をみても明らかだ。

日本の右派と左派でねじれているマクロ経済政策

 ただ、私は自民党総裁選で石破氏が勝利したほうが、国民が幸せになるとは、考えていない。その理由は、マクロ経済政策にある。
 保守本流のマクロ経済政策が、金融緩和・財政出動で、保守傍流のマクロ経済政策が、金融引き締め・財政引き締めとなるのが本来の姿だ。世界を見渡してみても、左派は金融緩和・財政出動で、右派は、金融引き締め・財政引き締めが基本政策になっている。ところが、アベノミクスは金融緩和・財政出動であるのに対して、石破氏は金融引き締め・財政引き締め派だ。石破氏は、2018年4月の講演で、金融・財政政策をいきなり激変させることはないと断言したが、同時に、「大胆な金融緩和も機動的な財政出動も、いつまでも続けられるはずがない」と将来の引き締めに含みを残している。
 もし石破氏が総理大臣になったら、金融・財政同時引き締めで、日本経済は失速してしまうだろう。民主党政権のときの悪夢の再現だ。
 一方、安倍総理が、財政出動・金融緩和を継続するのは確実だ。少なくとも、経済全体のパイを拡大することには成功する。ただし、日本が米国の戦争に巻き込まれるリスクがさらに拡大し、格差も拡大を続けることになる。

リベラル政党は、まともな経済政策を提示すべき

 私は、日本に一番必要なものは、経済をきちんと理解した、まともな左派政党だと考えている。基本理念は、平和主義と平等主義。そしてそれを実現するための対米全面服従からの脱却、社会保障拡充と消費税減税、そしてその財源としての金融緩和だ。アメリカでも、ヨーロッパでも、新自由主義の惨禍を目の当たりにした国民が、確実に左派の支持を増やし始めている。そして彼らは、左派としてのまともな経済政策を提示している。ところが、日本の左派政党だけが、なぜか財務省と日銀のマインドコントロールから逃れることができずに、相変わらず「社会保障の拡充のためには消費税引き上げはやむを得ない」とか、「金融緩和はバブルを引き起こすだけで、何の効果もないどころか危険だ」などと、財務省や日銀が作った神話の呪縛にとらわれ続けている。
 リベラル政党の人たちは、もう一度きちんと経済学を学び直して欲しい。遠回りだが、それが日本の未来を切り開く唯一の道なのだから。

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森永卓郎
経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。