林美子さんに聞いた:ハラスメントのない社会へ。メディアで働く女性が変えていく

今年4月、決裁文書改ざん問題で国会が紛糾するさなか、『週刊新潮』の報道によって、当時の財務次官による女性記者へのセクシュアル・ハラスメントが発覚。これを受けて、新聞社などで報道の仕事に携わる女性たちが「メディアで働く女性ネットワーク Women in Media Network Japan(WiMN)」を立ち上げました。代表世話人のお一人、林美子さんは元新聞記者であり、現在はフリーランスのジャーナリスト。セクシュアル・ハラスメントのない社会に変えるために、メディアから変えていく取り組みをお聞きしました。

あのときメディアで働く女性の尊厳が崩れていった

――「メディアで働く女性ネットワーク」は、今年5月、ジャーナリズムに携わる女性たちによって設立されました。所属する会社の壁を超えてつながり、ネットワークを立ち上げるまでの経緯を教えてください。

 すべては4月12日の『週刊新潮』の報道から始まるわけですけれど、私がまずいと思ったのは、当日の麻生太郎財務大臣の発言です。参院財政金融委員会で野党から追及されても、大臣は事実関係を確認するつもりはなく、処分については「緊張感を持って対応するよう訓戒を述べたことで十分」と、否定しました。
 私はすごく危機感を覚えました。事務次官の女性記者に対するセクシュアル・ハラスメントが明らかになったのに、監督責任のある大臣が事実確認をすることさえ否定する。それは「こんなことは大した問題ではない」と言っているのと同じだからです。
 メディアで働く女性記者は、新聞社でみるとまだ2割ですが、社によっては新人記者の4割、5割が女性というところもあります。私も30年、新聞社にいたので、先輩たちが道を切り開いてきたのを知っています。なのに、次官は処分もされず「報道の現場ではセクハラなんて大したことじゃない」となったら、若い女性がメディアの世界に入ってこなくなる。先輩記者たちが築いてきた実績も、現在現場でがんばっている女性記者の尊厳も、ガラガラと崩れていくような気がしました。

――あのときは次官の職にある人が、取材に来た女性にここまで侮蔑的なことを言うのかと怒りがわき上がりました。セクハラが報道された後も、次官本人や麻生大臣のめちゃくちゃな発言が次から次へと出てきましたね。

 批判も日ごとに大きくなっていきましたよね。財務省はやむなく調査をすることになって、被害者の女性に「財務省が依託する弁護士に名乗り出るように」と調査協力を要請した。4月19日、あすわか(明日の自由を守る若手弁護士の会)の太田啓子さんら弁護士さんたちは、「名乗り出ろなどとは、女性の人権に配慮のない調査方法だ」と訴え、撤回を求める署名を集めて財務省に提出しました。
 提出後、弁護士さんたちの会見があって、私も取材に行きました。そうしたら、知り合いの女性記者たちがわーっと走ってきて「林さん! これ、何とかしなきゃ!」と言うわけです。この段階では私たちに何ができるのか、具体的な考えがあったわけではないのですが、とにかく「一度集まって話し合いをしよう」ということになりました。

――報道から1週間、女性記者のみなさんはそれぞれ危機感を募らせていたのですね。

 そうだと思います。私はフリーランスのジャーナリストなので、記事を書くことはできるけれど、これは記事を書くだけで済む問題ではないという気がしていました。でも、仲間の記者と一緒なら何かできるかもしれないと思ったんですね。
 4月23日には、事務次官のセクハラに抗議する「セクハラ被害者バッシングを許さない! 4.23緊急院内集会」がありました。このとき私はスピーチを頼まれて、「女性記者たちで何かできないかと話をしています」と言ったんです。
 それで院内集会の後の打ち上げで「財務省に私たちで抗議文を出そうかという話もあるんですよ」と言ったら、集会を主催した方から「じゃあ団体をつくるんだね」と言われて、いきなり団体をつくることになってしまった(笑)。
 そこから設立に向けて動いて、社会運動の経験が豊富なジャーナリストの松元千枝さんに共同代表世話人になってもらいました。設立趣意書を書くときも、人の文章を直すのも、自分の書いた文章を直されるのも、どちらも慣れている人ばかりなので、作業はどんどん進みました。そうして5月1日に設立総会を開いたんです。

――わずかな期間で準備をして、人が集まったのですね。

 いろいろな人に声をかけて、新聞社だけでなくテレビ局、出版社、インターネットといったメディアで仕事をしている80人を超える女性が参加してくれました。団体の名前も、フリーランスを含めてさまざまな媒体、組織に属している人がいるので「メディアで働く女性ネットワーク」という名称にしました。
 そして、会合はクローズドにして、松元さんと私の他は、本人がOKしない限り顔と名前は出さないと決めました。なぜなら、メディアで働く女性には、被害の程度の差はあれ、過去にセクハラを受けた人がたくさんいるからです。相手は今も同じ社内にいたり、取材先の男性だったりします。記者が報道以外の活動をすることに、会社の理解を得るのも簡単ではない。だから、ほとんどの人は会社に知らせずに参加しています。

――5月15日には、林さんと松元さんが、設立を報告する記者会見を行いました。

 会見では、テレビ朝日、野田聖子女性活躍担当大臣、麻生大臣、安倍晋三首相に要望書と要請書を提出したことを発表しています。このときは多くのメディアが来て、あたたかい雰囲気の会見になったので嬉しかったですね。新聞各紙、ネットメディアでも取り上げてくれて、やってよかったなと思っています。

セクハラを根絶するには法整備が不可欠

――設立趣意書では「私たちは、メディアを変えることで、社会を変えていきます」と謳っています。財務省と次官への抗議にとどまらず、女性がメディアで働きやすい環境をつくり、誰もが生きやすい社会をつくることにも言及していますね。

 女性記者の数が増えたとはいえ、メディアはまだまだ男性中心の職場です。報道の現場でセクシュアル・ハラスメントと女性差別をなくすことは、民主主義や個人の尊厳を守ることにもつながると私たちは考えています。
 セクハラはメディアだけでなく、あらゆる職場で起きていますよね。そもそもセクハラという言葉が流行語大賞(新語部門)を受賞したのが1989年。男女雇用機会均等法が改正されて、セクハラの防止と対応を事業主に課したのが1997年。そして、セクハラ防止と対応が配慮義務だったのが措置義務に強化されたのが2006年。20年も前から、法律にきちんと明記されているんです。ところが、セクハラは現実には大きく減少しない。
 私は今、大学院で学んでいまして、たまたまセクシュアル・ハラスメントを論文のテーマに選んでいるんですね。記者時代にはセクハラや性暴力の被害者の取材をしましたが、記事を書いても十分に書ききれませんでした。それで新聞社を辞めてから、セクハラを社会の流れの中に位置づけて論文を書きたかったんです。この30年くらいの動きを見ると、今こそセクハラをなくしていく分水嶺のときでもあるのかなと思っています。

――セクハラをなくすには、具体的にはどのような対策が必要なのでしょうか。

 法整備が重要だと思います。今の均等法では不十分だから、セクハラがいつまで経ってもなくならない。日本のセクハラ対策については、国連の女性差別撤廃委員会などからも再三是正を要請されています。だけど、政府は均等法があるのを理由に適切な対策を講じてこなかった。これを変える必要があります。
 私たち「メディアで働く女性ネットワーク」は、男女共同参画を担当する野田大臣にセクハラをなくすための法整備を要望書で求めました。ところが政府は、事務次官のセクハラ騒ぎの中で「対策をまとめる」としながらも、法整備については消極的な姿勢だった。野田大臣は、「法律がすべてを解決してくれるとは(思わない)。まずは未然に防ぐ対策を打つ」と言いましたが、それでは私たちの要望にまったく応えていないわけですよ。
 私たちは再度、政府にセクシュアル・ハラスメント対策を求めて、6月5日に緊急声明を出しました。声明文には「セクハラの禁止と制裁規定の導入をはじめとして、しっかり規制する法律を強化してください」と書いています。

――法律にきちんと書かなければセクハラはなくならない、と。

 均等法は、事業主に対してセクハラを防止するための義務を課しているに過ぎません。社長が「セクハラはやめよう」と訓示するとか、社内で啓発活動をするとか、相談窓口を設けるとか、セクハラがあった場合に適切に対応するとか、そうした「措置をとりなさい」と命じているだけです。セクハラを禁止する規定はどこにもないんです。
 制裁も企業名の公表だけ。企業がセクハラを防ぐための措置をちゃんと実行せず、放置している場合に是正指導をして、従わなかったら会社の名前を公にする。だけど、これも過去に一度も適用されたことがなく、実効性を伴っていないんです。
 ほとんどの先進国には、禁止と制裁を厳しく定めた何らかの法律があります。日本はその点ですごく遅れている。いずれにしても、法整備の強化はこれからも粘り強く訴えていくつもりです。

「セクハラを許してしまう社会」の問題

――法整備と、あとは社会の中でみんなの意識が変わることも大切ですね。

 社会全体に「セクハラなんて、どうってことないだろう」とか「仕事なんだから、それくらい呑み込め」みたいな感覚がはびこっていますよね。とりわけ中高年の男性のなかには、麻生大臣の数々の発言にみられるような女性蔑視的な意識をもっている人が少なくありません。
 私たちは、5月15日に出した麻生大臣あての要請や、6月5日に出した緊急声明で、麻生大臣に対して「セクシュアル・ハラスメントの研修を受けてください」と繰り返し求めています。政府は今回、省庁幹部にセクハラ研修を義務づけました。ただし、これは課長級の職員、幹部にとどまっているので、大臣、副大臣にもぜひ受けてもらいたいです。
 それから、もちろん民間企業の研修の徹底も必要です。管理職の男性たちが、セクハラ被害をリアリティをもって理解するためには、被害者役と加害者役を入れ替えたロールプレイングなども採り入れてほしいですね。
 その他には、職場のセクハラをなくすために誰でもできることとして「第三者介入」という方法があります。セクハラ被害に遭いそうな人がいたら、さり気なく介入して助けてあげる。例えば、飲み会で上司からセクハラを受けている女性がいたら、さっとその間に割って入って話題を変える、とかですね。まわりが見て見ぬふりをしない。日常の中で誰もができる、ちょっとした工夫はいろいろあると思います。

――ただ、このところ性差別的な発言や問題が後を絶ちません。そうした現状を見ると、社会はすぐには変わらないような気もしますが…。

 そうですね。セクハラというと、女性の権利なんか考えたこともない保守派のおじさんのやることと思いがちですけれど、実はそうではない。セクハラは保守とかリベラルとか関係なく、どこでも起きるので、そこは注意しなくてはいけないと思っています。
 普段は、女性蔑視的なことは言わなくても、本音のところでは女性を下に見ている男性はときどきいますよね。そういう男性は心の底からわかっていないから、ふとしたときにセクハラまがいの行動をとったり、実際にセクハラで女性を傷つけたりする。それを「この人は悪い人じゃないから」と周囲が大目に見てあげたりする。
 どんなに「いい人」だろうと、人権侵害は絶対にやってはいけないんです。そうした共通認識を世の中に広げていかなくてはいけないのに、どこかセクハラに甘い空気が社会の隅々にある。

――「あの人は仕事ができるから」といって免罪するのもありがちです。

 事務次官のセクハラでも、まさに麻生大臣が次官の処遇を質問されて「能力に欠けるという判断をしているわけではない」と言ってかばったでしょう。あの次官を評して「セクハラをしたからといって仕事の能力がないわけではない」と言いきっているんです。
 「メディアで働く女性ネットワーク」の仲間とも、「セクハラをした時点で能力がないっていうことだよね」とよく話しています。セクハラをする男性は往々にしてパワハラもする。そういうタイプの男性は、自分では「オレはできる上司だ」と思っているかもしれないけれど、セクハラやパワハラをされた相手は伸び伸び働けないんです。相手が嫌がったり怖がったりしているのがわからない男性は、「仕事ができる」とは言えない。でも、そういう男性が社内で偉くなったりするんですよね。

――結局は、セクハラを許してしまう社会の問題になってきますね。

 セクハラが起きると「女のほうも悪い」という言葉が必ず出てくるじゃないですか。被害者に責任をかぶせてくる。だけど、セクハラに限らず、パワハラ、マタハラといったハラスメントは、被害者の問題ではなく加害者の問題なんです。
 事務次官のセクハラが報じられたときに「私たちも同じ目に遭ってきたのに我慢してきた、責任を感じる」と言う先輩記者たちがいました。そう言いたくなる気持ちはよくわかるんです。でも、問題の本質は、声を上げにくい権力構造、抑圧構造にあるんですよ。「黙っていた自分もいけない」と反省しすぎるのは、被害者の責任を強調することにつながりかねないので、そこは女性側も気をつけないといけない。
 私たちは女性だけの団体ですが、多くの男性にわかってほしい、知ってほしいという思いがあります。すべての人間は対等なんだという基本的なことをいろいろな形で伝え続けて、少しでもよい方向に社会を変えていきたいですね。

女性による職能集団としてできることはたくさんある

――「メディアで働く女性ネットワーク」の設立から約3カ月。Facebookで情報を発信するなど、活発に活動されているようすがうかがえます。

 7月14日に第1回年次総会を開きました。設立を発表した5月15日の記者会見の時点で会員は31社、86人だったのが、38社、104人まで増えました。
 もともと団体を設立したのは、設立趣意書にも書いたように「私たち自身が声なき声の当事者だった」という発見があったからです。ジャーナリズムに携わる者は、声なき声をすくい上げて伝える役目があります。女性記者は、そうした仕事の中でセクハラを受け、それについて沈黙を強いられる場合もありました。テレビ朝日記者の告発によって、多くの女性記者は「私も似たようなことがあった」と心を痛め、「あっ、私たちは当事者だったんだ」と気づいたわけです。

――記者であると同時に、声を上げられない被害者でもあった。

 あのときテレ朝の記者が外部にセクハラ被害の情報を伝えたのは、記者としての倫理に反するという意見がありました。だけど、あれは正当な報道であったと私たちは考えています。あの事務次官は平気で女性の尊厳を踏みにじる人間であり、国家公務員という職務をまっとうするに値しない。それを広く知らせるのは報道であるというのが、私たちの主張なんですね。
 いい例としてあげられるのが、『岩手日報』のセクハラ報道。昨年12月、自社の女性記者が岩泉町長からセクハラ行為を受けたことを、同紙が報じました。それを全国紙でも取り上げて、町長は辞職に追い込まれたわけです。
 同じことをテレ朝でもできればよかったけれど、女性記者は、社内では難しいと判断した。だから『週刊新潮』に情報を提供した。つまり、セクハラの被害者である当事者が、自らの被害を報道したということだと思うんです。

――現政権のもとで、新聞やテレビの報道は抑制的になっている印象があります。その中で女性の記者がつながって、「私たちはもう黙っていない」と立ち上がったことに勇気づけられました。今後はどのような活動を進めていくご予定ですか。

 まず「メディアで働く女性ネットワーク」をつくったことで、私たちは自分の体験を安心して喋れる空間ができました。また、セクハラの問題だけでなく、「ジェンダーに関する企画は社内で通りにくい」といった問題提起もできる。媒体の違い、会社の違いを超えて、みんなで議論できるわけです。
 私たちはメディアで働いている職能集団として「やるべきことはいっぱいあるね」と再確認しています。これからはテーマごとにワーキングチームをつくったり、他の女性運動や社会運動ともつながったりしていきたい。セクシュアル・ハラスメントをなくし、すべての人が生きやすい社会に変えていくために、幅広いムーブメントを担う一翼になれればいいなと思っています。

(はやし・よしこ) ジャーナリスト。1985年朝日新聞社入社。経済部、社会部、特別報道部などに所属。震災と女性、アダルトビデオ出演被害などを取材。2016年早期退職し、労働やジェンダーの分野を中心に取材、執筆している。2017年、お茶の水女子大学博士課程前期(ジェンダー社会科学専攻)入学。財務省事務次官によるテレビ局女性記者へのセクシュアル・ハラスメント事件を機に2018年5月、「メディアで働く女性ネットワーク」を立ち上げ、代表世話人就任。