第466回:私の「壁ドン」体験〜クレジットカードや賃貸物件の審査に落ちるとか、フリーランスとして生きてるとやたらとぶつかる「壁」の数々について(雨宮処凛)

 ちょっと前、安倍首相が来年10月に消費税を予定通り10%に上げることを表明した。

 その際、中小業者支援策として、中小商店でクレジットカードなどキャッシュレスで決済した場合、増税2%分をポイント還元することなどを検討する旨も伝えられた。

 報道を受け、「クレジットカードを持っていないお年寄りや子どもはどうするんだ」「そもそも小さな商店ではクレジットカードなんて使えない」という批判の声が上がった。そんな批判に頷きつつ、思った。

 私、お年寄りでも子どもでもないのに、3年くらい前までクレジットカード持ってなかったんだけど…。

 なぜか? それは審査に落ち続けていたからである。落ち続けた理由はおそらく「フリーランスだから」。これまでの確定申告の書類など、あらゆるものを出しまくってもずーっとずーっと、何度も何度も落とされ続けてきた。

 そんなことを言うと、「ブラックリストに載ってるのでは?」などと怪訝な顔をされるのだが、そもそもカードが作れないのだからブラックリストに載りようがない。これまで一度も借金をせず、一応マトモに働いて本も50冊以上出し、納税もし、社会的信用に繋がりそうな新聞連載などもやってきたし、今もやっている。なのに、たった一枚のクレジットカードすら作ることもできない。これがフリーランスに立ちはだかる「壁」である。

 壁ということで言えば、いろんなところで書き散らかしているが、2年ちょっと前にはマンションの入居審査にも落ちた。不動産業者が言うには、その理由はおそらく仕事がフリーランスだから。また、保証人となる父親が65歳を超えていることもあるらしい。が、単身女性である私が保証人を頼めるのは父親しかいない。結局、その物件は泣く泣く諦め、別のマンションに入居できることになったのだが、社会的信用度が低い私は保証会社をつけなければ入居できず、結果、毎月7千円以上を保証会社に支払っているのである。今、まさに。まるで「フリーランス」であることへの罰を受けるかのような出費。実に年間、8万円以上を「信用」がないために支払っているのだ。

 ちなみにこのマンションの家賃の支払いはクレジットカード。別の物件で審査に落ち、毎月7千円取られることも渋々承諾した上で最後に「クレジットカード払い」ということを明かされたのだが、私がカードを入手したのはそのほんの2ヶ月ほど前のことだった。ギリギリ、「クレジットカードがないからやっと決まったマンションに入居できない」という事態を免れたのである。

 もう現世では無理だと諦めていたクレジットカード。それをどう入手したのかというと、たまたまある百貨店でカードを作ることを勧められ、作ったらそれにクレジット機能がついていたのだ。というか、そのカードを作る時も「どうせ作れないだろう…」と思い込んでいた。今まで、何度もそんなことがあったからだ。しかし、なぜかその時はあっさりと作れて、なんだか騙されたような気分だった。拍子抜けしたものの、やっとみんなから何十周も周回遅れで「社会に参加できた」ような気分に包まれた。それくらい、疎外感を感じていたのだ。

 カードなしの人生は、今思うと随分不便だった。

 もちろん、ネットでの買い物などできない。21世紀になってだいぶ経とうというのに、一人、木で火をおこすような未開の生活を続けていたのである。が、この不便さは5年ほど前に「デビットカード」を入手することによってだいぶ緩和されていた。しかし、会費は取られるし、ネットの買い物では「デビットカードは使えません」てなこともあるし、またセキュリティ的にもいろいろ不安だった。一度、まったく身に覚えのない金額が引き落とされ、カード会社から「犯罪者的な人に勝手に使われた」と連絡があったこともある。結局、しばらくしてお金は戻ってきたが、そのためには警察に被害届を出さなければならず、とにかくいろいろと面倒だった。しかし、クレジットカードがない間は、デビットカードを使うしか選択肢がないのだ。

 さて、このように、「社会的信用がない」と、余計なお金がかかる。社会的信用だけでなく、「貧困」「不安定」という事態も同様だ。保証会社への支払いもそうだし、私の場合、ローンだって組めないだろうと最初から諦めている。今のところ借金の予定はないが、それも無理に決まってる。安定層であれば、金利の低いところからお金を借りられるものの、貧困だったり社会的信用がなければないほど危険な上に金利も高いところからしかお金を借りられない。その究極が、ヤミ金だ。

 このようなことを、「ポバティタックス」(貧困税)というのだが、今、貧困税を払っている人とそうでない人の差が急速に広がっているのをしみじみと感じる。

 例えば私が「入居審査に落ちた」という話をするとしよう。相手が派遣社員だったり非正規の場合、「わかるわかる! 私も派遣だからって理由でこの前入居審査落とされた!」などと「不安定あるある」で盛り上がる。しかし、相手が正社員など安定層の場合、そんな事態がこの国にあることすら知らなかったりする。クレジットカードの審査に落ち続け、つい最近まで持てなかったと言うと、この世の終わりみたいな顔で驚かれるし、「ローンも組めないよ」と言えば、「そんなことがこの国にあるなんて!」と、憐れみの視線を向けられる。

 私がしゅっちょうぶち当たり、その存在に人生を阻まれている壁。それが私と同じように立ちはだかっている人(「壁ドン」系)と、その壁の存在すら知らない人(「非壁ドン」)。何か今、残酷なほどその差が開いているような気がするのだ。

 格差が広がるということは、待遇や賃金などの差が開くだけではなく、このような「壁ドン」系(どうせなら本来の壁ドンがよかった)と「非壁ドン」が同じ職場に居合わせるということである。そこでは「非壁ドン」が「壁ドン」に、「え、マンションの入居審査に落ちた? ならローン組んで買っちゃえばいいじゃん」などと言い放ったりもする。入居審査に落ちる人が、ローンの審査に受かる確率はかなり低い。非壁ドンには悪意などないわけだが、壁ドンには「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない?」に聞こえるという次第である。

 「壁ドン」系になるのは、フリーランスや非正規だけじゃない。持ち家を持たない高齢者の多くもそうだろう。孤独死などの懸念から、高齢者を受け入れてくれる賃貸物件は恐ろしくわずかだ。障害や病気を持つ人の境遇も多くが近いと思う。また、親に頼れない児童養護施設出身者なども苦労が多い。未成年で親がいないと携帯を持つことすら難しいのだから。

 そんなこんなを考えていると、いつも不安になるのが「もし、中国に行くことになったら」ということだ。私が最後に中国に行ったのは2000年頃。その時の中国はまだ、みんな人民服みたいの着て自転車で大渋滞、みたいな光景で、空港で両替したお金に偽札が混ざっていたりと牧歌的(?)だったが、今の中国はすべてスマホ決済というではないか。仕組みなどはまったくの謎なのだが、これまで「自分だけがクレジットカードの審査に落ち続けた」というトラウマから、「何度スマホで決済しようと思っても中国の未来的な機械がピーピー言うばかりで私だけ決済できず、水の一本も買えずに中国で餓死」という夢まで見る始末だ。中国に行く予定などまったくないのに。

 そう思うと、児童養護施設出身の未成年なんてもっと大変だ。スマホ決済しかできないのに、そもそも携帯を持てなかったらどうすればいいのだろう。そして中国に限らず、今後この国も、どんどんそういう方向に行くに決まってるのだ。その時、またしても私だけそういうシステムから排除されてしまったら…。そう思うと、夜も眠れない。らくらくほんユーザーの高齢者ばっかり集めて「スマホ決済反対デモ」「現金使わせろ一揆」とかやるしかないか…と覚悟を決めつつあるところだ。

 40代までクレジットカードを持てなかったことは、それくらい、社会不信や自分への不信につながるのだ。

 ここまで書いて、思った。

 そもそも、フリーランスや非正規が「社会的信用」が低いのって、本人のせいだけじゃなくない? なのに、今はただひたすらに個人が不利益を被り、保証会社にポバティタックスみたいのを払ったりしている。だけど、そもそもそういうことが変じゃないか? なぜなら、正社員を減らして非正規を増やしてきたのは国なのだ。なのに、そこになんの手当ても法整備もしてこなかったからこのようなことが起きるのだ。そもそも、非正規を増やすのであれば「雇用形態によってこのような差別はしない」などの手を打っておくべきだったのだ。それをすべて「自己責任」で片付け、個人が損したりお金を払ったりいちいち壁にぶつかったりしている。

 クレジットカードの審査に落ちるたび、私は「これってもう、日本の身分制度だな」と思っていた。自分だけが、「圏外」にいる気がした。何か悪いことをして、ペナルティとしてそうなっているならわかる。しかし、私は何も罰を受けるようなことなどしていないのだ。

 政府までもが副業を勧める中、今後、フリーランスは増えることはあっても減ることはないだろう。国が進める「働き方改革」を見ていても、フリーランスをより活用・推進していく流れも見てとれる。そうであるならばなおさら、「フリーランスだから」という理由で不利益を被ることがないよう、配慮がなされるべきなのだ。私は、自分の意思でフリーランスを選んだ。しかし、そのことによって様々な審査にこれほど落ちるなんてまったくの想定外だったし、明らかに制度の不備なのである。

 まずは私たちにはこんなに多くの壁があるということを、政策立案に関わる「非壁ドン」の人たちにこそ、知ってほしいものである。

この前、新潟県新発田市に行きました!

雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。