日本における難民を巡る問題と入管収容問題の現状 講師:駒井知会氏

日々のニュースで取り上げられないことがないほど、世界中で深刻化している難民問題。遠い海外の話と思われがちですが、日本にも2017年には年間2万件近い難民認定申請がありました。日本は難民の地位に関する条約・議定書に加入することで、難民を保護することを国際的に約束していますが、実際の難民認定率はわずか0.2%です(2017年)。なぜ他国に比べて極端に少ないのか。日本の難民認定制度の実態と、昨今その劣悪な処遇が問題になっている入管収容施設の実態について、難民救済に情熱を注いでいらっしゃる駒井知会弁護士にお話しいただきました。[2018年12月8日(土)@渋谷本校]

難民たちは「日本を選んで来た」わけではない

 UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)などが発表している難民の数は約6500万人、その半数以上が子どもといわれています。そのうち日本にやってくるのはどんな人々なのか、今日はお話ししたいと思います。
 日本に辿り着く難民申請者の中には、最初から日本を目指して来たわけではない人が少なくありません。まず日本には言葉の壁があります。英語圏、フランス語圏のほうが、難を逃れた先で言葉が通じる場合が多いし、同国出身者のコミュニティなどもしっかりしている場合が多いので、本来ならカナダやヨーロッパに逃げたかったけれど、そちらに逃れるためのビザがとれず、やむなく日本に来たという人が少なくないのです。
 もう一点知っておいていただきたいのは、難民申請する人は「難民のナの字も知らなくて当たり前」と言うこと。とにかく危ないから逃げてきた。日本で難民申請しようと計画を立てて、難民認定申請の手続方法をあらかじめ調べたり、証拠書類をそろえてスーツケースに詰めて準備万端でやってくる人など、ほとんどいないのです。そんな余裕なく逃げてくる人が多いのですから。
 また、故郷で十分な教育を受けられなかった人もいますし、難民認定申請者が大学で都合よく法律を専攻しているケースなんてむしろ珍しいので、申請者は難民保護に関連する法律とか人権とか、知らなくて当然なのです。まして、国際難民法や難民審査制度については学んでいないほうが当たり前です。
 対して、難民の審査をする側の人は、国際法に精通している専門家、プロでなければならないのです。これもまた当たり前です。申請者たちの命運を握る審査を行うために、国際難民法に関する深い知識や理解は必須ですし、また、拷問や一家惨殺など悲惨な状況に直面して、トラウマを負った人々の心理を深く理解し、真実を導き出すノウハウをマスターしている必要があるのは当たり前です。海外の裁判官などは、国際的な学会や研究会にも定期的に参加して、最新の国際難民法の議論学説にまで目配りしている方々が大勢おられます。

難民とは?日本の立場は?

 1951年の「難民の地位に関する条約」などによると、難民とは「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であること、または政治的意見を理由に迫害を受ける恐れがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができない者、またはそのような恐怖を有するために、その国籍国の保護を受けることを望まない者」と定義されています。
 日本はこの「難民の地位に関する条約」に加入しています。条約上の難民の定義に当てはまる人を保護します、と国際的に約束しているのです。
 また「締結国は、難民を、いかなる方法によっても、人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であること、または政治的意見のためにその生命または自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放しまたは送還してはならない」という「ノン・ルフールマン原則」は、難民条約に規定されている原則であると同時に、国際慣習法として全ての国家を拘束するルールです。つまり、日本は、「逃げてきた人を危険なところに返してはいけないという国際的なルールをちゃんと守ります」という約束もしていますし、その約束の有無にかかわらず、この「ノン・ルフールマン原則」に拘束されるのです。

日本の難民認定率は0.2%(2017年)

 現在日本には、どれくらいの難民申請者がいるのでしょう。2017年の申請件数は1万9000件以上、国別に見るとフィリピン、スリランカ、ネパール、トルコ、ミャンマー、カメルーン、ウガンダ、コンゴ民主共和国など82カ国出身と実に様々です。
 そのうちどれくらいの人が難民認定されているかというと、2017年ではわずか20名。ここ数年の日本の難民認定率は約0.2%です。ちなみにドイツは約25%、アメリカ約40%、フランス約17%、カナダ約60%、イギリス約30%など、全て2017年の数字ですが、日本の難民認定率がいかに低いかは一目瞭然です。
 昨今マスコミなどで「偽装難民」という言葉が聞かれます。私自身はこの言葉が大嫌いですが、もちろん、そういう人がゼロだとは言いません。しかし認定率0.2%ということは、申請者の99.8%が「偽装」だということなのでしょうか。それは違うと声を大にして言いたい。毎日のように難民申請者の人々と会っている私たちに言わせれば、むしろ「国際基準に照らしてみて、なぜこの人が難民と認められないのか」という思いのほうがずっと強い。審査制度がほんとうにフェアで、それで難民として認められないなら仕方ありませんが、そこに大いに疑問があるのです。

申請までの高いハードル

 日本で難民として認めてもらうためには、まず自ら「申請」をしなければなりません。ヨーロッパには、入管のカウンターで「私は難民です。ヘルプ(助けてください)」というだけで申請と見なされるという国もあると聞きますが、日本ではそうはいきません。
 難民認定申請書は、法務省のホームページに28言語で載っています。その点自体は評価しますが、問題は中身です。実際にごらんいただければと思いますが、12ページにわたって非常に細かい質問事項がたくさん並んでいます。しかも、その質問の中には、専門家でなければ正確に回答することが難しい、分かりにくい質問もあります。
 たとえば「もしあなたが国に戻った場合に、迫害を受ける理由は次のどれですか」という質問事項があり、「特定の社会的集団の構成員であること」という選択肢がある。ですが何の説明もなく「特定の社会的集団」といわれても、なんのことか分からない。たとえば同性愛が禁止され、刑事罰の対象となるような国から逃れてきたLGBTIの人とか、女性性器切除(FGM)の風習が根強く残る地域から逃げてきた場合などがそれに当たり得ますが、法律的な知識がなければ、「特定の社会的集団」という選択肢に自分のケースが当てはまるのかどうなのか、分かろうはずもありません。
 こうして苦労してなんとか申請書を書いても、窓口でさんざん待たされ、あれこれ不備を指摘され、何度も書き直してやっと受理されることも少なくありません。それからさらに何日も待たされて(1年以上待たされることもあります)ようやく難民調査官による一次審査のインタビューが始まります。

はたして審査は適正か

 また、審査では、証拠の提出を求められます。たとえば反政府活動をしていた人なら、デモで配布したビラとかチラシとか反政府組織の党員証とかですが、本国の当局に(空港などで)見つかったら危険な物証を持って逃亡することなど、実際にできるでしょうか。見つかったら殺されてしまうかもしれないのに。
 しかも、時に大きな危険を冒してまで何とか持ち出した、あるいは本国から何とか送ってもらった証拠書類が日本語である可能性はほとんどありません。外国語です。ところが、日本の入管も裁判所も、外国語の書面を証拠として受理しません。突き返されます。「外国語の文書を証拠として提出したいのであれば、日本語訳をつけなさい」と言われるのです。
 でも、収容されている難民申請者たち、収容されていなくても日々の生活費の工面にも必死になっている難民申請者たちが、どこで和訳を手に入れることができるのでしょうか。日本語がうまくできない申請者が自力で翻訳してくれる人を探し、お金を払って和訳を頼む。どうやって? これも至難の業です。
 大切な証拠書類を手元に持ったまま、提出することも出来ずに困っている難民申請者たちは少なくありません。「どうすれば翻訳が手に入るのですか?」と泣きながら訴えてきた相談者も過去にいました。
 第一次審査のインタビューには、原則として弁護士を含む第三者の立ち会いが認められていません。そこで関東弁護士会では一次審査でどういうことが行われているか、申請体験者約130人にアンケート調査をしたことがあります。その結果、インタビューの際に、職員が「机をたたく」「書類を投げつける」などの威圧的行為、罵倒、恫喝まがいの暴言をあびせられたという答えが少なくありませんでした。通訳の質の安定性についても疑問を覚えざるを得ないようなアンケート結果でしたので、私たちは、法務省(入国管理局)に対して、事実を明らかにするために調査をしてほしい、そして何より、インタビューの様子を録画をすることによって、通訳のチェックも含めて後で検証できるようにしてくださいと求めましたが、今日まで無視されたままです。
 ただし、2017年3月以降、ごく例外的な場合に弁護士などの立ち合いを認めるという新しい運用がスタートしたとのことですが、2018年12月現在、まだ事例はゼロか極めて少なく、しかも、本来すべてのインタビューに録画もしくは立ち会いが認められるべきであるにもかかわらず、現状はあまりに程遠いありさまです。
 一次審査でほとんどの申請者は落とされて、7日以内に審査請求の申し立て(以前は異議申立て)をすると、二次審査(審査請求段階、以前の異議申立段階)に進みます。とはいえ、現在、この二次審査の請求から実際に審査が始まるまでに、3~4年待たされるのがざらです。
 二次審査のインタビューには、外部有識者からなる「難民審査参与員」3人、それと弁護士が同席できます。
 審査参与員のなかには法曹(もしくは元法曹)、研究者、NGOの方々などが含まれ、中には、日本有数の国際難民法のエキスパートの方もおられます。しかし……。インタビュー室ではこれまで、非常に恐ろしい事件が数多く起こり続けてきています。
 実例のごく一部をお話ししますと、たとえば一生懸命に質問に答えている申請者に対して、「あなたは難民にしては元気過ぎる。本当の難民はもっと力がない」とか、過酷な性暴力を訴える女性に対して「なぜ、その大佐はあなたを狙ったの?」「(あなたが)美人だったから?」などという言語道断な発言があったと、同席した弁護士から報告されています。
 逆に元気のない難民申請者の声が小さいと、通訳が一生懸命その言葉を聞き取ろうとしている向かいで、足を踏み鳴らし続けたり、ペンをカチャカチャ鳴らし続けたりということもあります。そして、残念ながら、このような、あまりの「とんでも発言」や、真摯さに満ち溢れた態度(いやみです)が、決して「珍しいこと」ではないところに、大きな問題があるのです。
 このように申請から審査までは難問山積、しかも気の遠くなるような時間がかかります。申請から二次審査の結果がでるまで、5〜6年かかったという例は珍しくありません。あげくに99%が落とされます。その間、仮放免者の場合は、健康保険もなく、収入もなく不安定な生活を余儀なくされる、あるいは「不法滞在者」として入管施設に収容される。特に、空港で来日直後に庇護申請した人たち(ある意味「優等生的な難民申請者」)は、ほとんど全員がそのまま収容され、長期収容の後に「仮放免者」として苦難の道を歩くことになります。
 これが助けを求めて日本にやってきた難民申請者の実情なのです。

超絶的に狭い難民定義の解釈

 日本が「難民鎖国」といわれるのには、申請手続きや審査過程の問題だけでなく、難民定義の解釈が超絶的に狭いこともあります。たとえば「迫害」とは何かという解釈。海外では、「様々な種類の人権の重大な侵害」だけではなく、「差別的措置」も、迫害にあたる場合があるというのが国際的な通説です(正確な解釈の内容については、それだけで90分の授業をしなければならないほどのテーマですので、興味のある方はぜひご自分で調べてみてください。調べれば調べるほど、日本の運用と国際通説の乖離の凄さが分かると思います)。
 対して日本の多くの裁判例では、「迫害」と見なされるのは、逮捕の危険または生命の危険がある場合のみと、極限まで絞り込んだ判決がなされています。
 また証拠に関して、物証がない場合は、難民該当性を立証するには本人の話を信じてもらえるか否かにかかっているわけですが、難民認定手続の一次段階もしくは二次段階で、本筋から離れた重箱の隅をつつくような質問ばかりされたり、些細な言い間違いや記憶違いをさも重要なことであるかのように指摘されるなど、信憑性評価がきわめて厳しいのが現状です。
 イギリス・オックスフォード大学の私の恩師はこういうことをおっしゃっておられました。「過酷な体験をしてきた申請者が、はじめからありのままを他人に理路整然と話せるなんてファンタジーだ。信憑性評価の要諦は、枝葉末節でなく根本的なところで矛盾はないかの検証を行い、もしぶれていたら何故そうなのか、正当な理由があるかどうかを探るところにある」と。

入管施設で多発する死亡事故

 2017年末時点で、全国17カ所の入管収容施設に収容されている外国人は1350人となっています。一番多いのは東京入管で500人以上、長期収容者が大半を占める茨城県牛久市の「東日本入国管理センター」には、2018年2月時点で340人(概数)、その約7割が難民申請者です。
 これらの施設で、自殺者、自殺未遂が後を絶たないこと、また医療を受けられずに死亡する例が多発していることが大きな問題になっています。
 とくに医療の不備は深刻で、たとえば被収容者が、頭が割れるように痛い、胸が苦しい、息ができないと訴えても、医者に診てもらえるまでに2週間から1カ月待たされることが珍しくないのです。今日明日にも自殺者や病死する人が出てもおかしくない状況で、私は面会に行くたびに、「とにかく死なないで、助けるから」と言い続けています。
 いくつか例を挙げると、2014年に亡くなったスリランカの男性(東京入国管理局に収容されていました)の場合。NGOの調査では、このような事実が浮かび上がってきます。ある朝7時半頃に、その男性は「胸が痛い、死ぬほど痛い、病院に連れて行って」と泣きながら訴えました。8時半ごろ、職員が彼を連れにきたので、やっと病院に連れて行ってもらえるかと思いきや、独居室に入れられ、放置された。そして13時頃意識不明の状態で見つかって、病院に救急搬送されましたが死亡。
 また2017年3月にくも膜下出血で死亡したベトナム人男性(東日本入国管理センターの被収容者)の場合。亡くなる1週間ほど前に口から血を吐いて昏倒するということがあったにもかかわらず、病院に運ばれなかった。すぐに病院に連れて行ってもらえていれば、死なずに済んだかもしれません。
 2014年に亡くなったカメルーン人男性(東日本入国管理センターの被収容者)も、大変凄惨な亡くなり方をされています。「I’m dying(死んじゃう)…」「Water…」と連呼しながら、何時間も苦しみながら単独室の床を転げ回って、のたうち回って、亡くなっていきました。いま、彼については、水戸地方裁判所において国家賠償請求訴訟が御遺族によって起こされています。
 入管収容施設の面会を続けていますと、「私たちは動物ではない、人間です」という彼らの叫びが、胸に刺さります。私にこの言葉を伝えた方は、ひとりやふたりではありません。
 祖国で、恐ろしい目に遭って、やっと脱出してきた人が、言葉も分からない、知る人もいないところで、訳も分からず無期限に収容されることの恐ろしさを想像してみてください。数カ月、1年、2年と収容されているうちに、精神的、身体的に極限まで疲弊して、「ここでひとりで衰弱していき、死んでいくより、危険を承知で祖国に帰って、家族や愛する人たちの少しでもそばで死にたい」と、強制送還に応じる人もいます。
 ちなみにイギリスの入管収容施設を見学したことがありますが、被収容者は自分のスマホや(インターネットの繋がった)パソコンを通じて自由に外部とやりとりできるし、祖国の情報を得ることもできます。また、施設内に英語教室、パソコン教室、図書室、美術室、音楽室などもあり、人として扱われているなと感じました。これらの施設は日本にはないものです。
 また、1年365日、午後2時から午後9時まで家族や知り合いが被収容者の方々を訪問して、原則、アクリル板もないオープンスペースで面会することができていました(弁護士は午前中も面会可能)。施設の職員と被収容者がバーベキュー・パーティーをしたり、エッセイやTシャツデザインのコンペに被収容者の方々が参加したりしていました。
 施設の所長さんが、「収容されている時間も、彼らの人生の大切な時間です。将来、イギリスで暮らすことになるにせよ、あるいは祖国で暮らすことになるにせよ、彼らにも社会に役立つ人間になってほしい」とおっしゃっておられた言葉が大変印象的でした。

難民たちの「小さな希望だ」との声を支えに

 日本で難民問題を扱う弁護士はまだまだ少数です。圧倒的に数が足りません。二次審査で落とされて訴訟に持ち込んでも、勝訴は稀なのが現状です。この分野に打ち込んで、大金持ちになれるわけでもありません。それでもなぜ難民弁護士をやっているのか。
 私のところには、毎日のように、難民申請者や被収容者の方々から「助けて、助けて」という悲痛な電話がかかってきます。お目にかかって話を聞いて「分かりました、引き受けましょう」と言ったとたん、泣き崩れる人もいます。「簡単ではない道ですよ」と申し上げても、「これからは一人で悩まずに済む。話を聞いてくれる人、味方になってくれる人にやっと出会えた」と。それだけで、泣いて喜んで下さるのです。つらくても苦しくても、なかなかやめられません。
 コンゴ民主共和国からやっていた男性で、来日直後に空港で庇護申請をしてから約7年半かかって、やっと難民認定を受けられた人がいます。「私の人生には絶望しかない」といつも言っていた彼が、認定の告知を受けて、どこか恥ずかしそうに言いました。「これからは、私も人生に小さな希望を見つけていいんでしょうか」と。その一言を聞いて、私もまた頑張ろうと勇気がわいてきました。
 人が人であるために、難民の人権のために活躍する法曹が増えることを、願ってやみません。

駒井知会(弁護士、「マイルストーン総合法律事務所」所属 元伊藤塾塾生)
東京大学教養学部教養学科第三(国際関係論)卒業、同大学大学院法学政治学研究科修士課程卒業(法学修士号取得)、オックスフォード大学およびロンドン大学(LSE)修士課程卒業。2005年司法試験合格。2013年「マイルストーン総合法律事務所」入所。日本弁護士連合会入管法プロジェクトチーム等所属、全国難民弁護士団連絡協議会所属など。共著に『世界の難民をたすける30の方法』(2018年、合同出版)など。