第10回:最低投票率ではなく、“絶対得票率”を考えよう(南部義典)

 今回は少し、頭の体操のようなテーマです。

 日本で憲法改正の是非を問う国民投票が行われるとします。憲法改正が成立するための要件は、「賛成投票の数が、投票総数の過半数に達したこと」です(過半数ルール)。要するに、投票を終えて、投票箱を開いてみたときに、賛成投票の数が反対投票の数より1票でも多ければいいわけです(例を分かりやすくするために、無効投票はないものと仮定します)。

 この過半数ルールを念頭に、国民投票の結果を示す次の円グラフ(A)(B)をご覧ください。あくまで仮定です。

 (A)は賛成21%、反対20%、(B)は賛成38%、反対1%という結果を示しています。百分率を見る限り、(A)(B)いずれも賛成投票の数が投票総数の過半数に達しているので、憲法改正は成立することになります。

 数値が小さいのであえて円グラフ表示にはしませんが、賛成10%、反対9%であっても、さらに賛成2%、反対1%でも同様です。要は、賛成投票の数が投票総数の過半数に達していることには変わりなく、憲法改正は成立することになります。

 このことから、「全有権者の数に比べて極端に少ない賛成投票の数、割合で憲法改正が成立する可能性を正面から認めてしまっていいのか」、「その後の憲法体系を不安定にしないためにも、憲法改正の成立要件のハードルを上げた方がいいのではないか」、という問題提起がなされています。まさに、単純な過半数ルールの限界を突くものです。

最低投票率ルールの意味とその問題点

 成立要件のハードルを上げる策として、以前から主張されているのが「最低投票率ルール」の採用です。皆さんも一度は聞いたことがあるでしょう。過半数ルールはそのままに「投票率が○○%を超えること」というルールを加えるものです。

 試しに、(A)(B)について、「投票率が40%を超えること」という最低投票率40%ルールを加えて考えてみます。
 (A)は投票率41%で、最低投票率40%ルールを充たし、憲法改正が成立するという結論は変わりません。しかし、(B)は投票率39%で、最低投票率40%ルールを充たさないので、憲法改正は不成立ということになります。

 ここで、多くの方がおやっと思われたことでしょう。(A)と(B)を、よく見比べてください。(A)では賛成21%、(B)では賛成38%で、賛成投票の数では(A)よりも(B)の方が上回っているにもかかわらず、憲法改正は不成立となってしまいます。これは明らかに不合理です。

 なぜ、このような不合理が生じるかといえば、最低投票率ルールが「反対投票の数」を考慮に加えてしまうからです。本来、全有権者の数に対して賛成投票の数が著しく少ない割合で憲法改正が成立してしまうことの問題を克服すべきところ、賛成投票の数(割合)だけに着目しないで、いつの間にか反対投票の数(割合)も加えてしまっているのです。その結果は、(B)を不成立にする一方、賛成投票の数がより少ない方(A)を成立させてしまっています。

 最低投票率のハードルをもっと高くしてはどうか?と考える方がいらっしゃるかもしれませんが、同じ問題が生じます。たとえ、最低投票率を倍の80%とした上で、(A´)投票率81%(賛成41%、反対40%)、(B´)投票率79%(賛成78%、反対1%)の二つを比べていただければ、賛成投票の数がより多い(B´)を不成立にしてしまう不合理さが分かります。

 最低投票率ルールではこのように、賛成投票の数が少ない場合において憲法改正が成立してしまう問題を、合理的にクリアすることができません。

投票棄権を誘発するリスク

 最低投票率ルールは、民主主義社会にとってさらに致命的なリスクを含みます。それは、投票棄権(ボイコット)を誘発してしまうということです。

 もう一度、(B)をご覧ください。賛成38%、反対1%(投票率39%)という結果で、最低投票率40%ルールの下では憲法改正は不成立となりますが、もし、賛成38%はそのままでも、反対が2%を超えればどうなるでしょうか。賛成・反対の合計の投票率は、最低投票率40%を超えてしまい、一転して成立してしまいます。

 これは、賛成の側からすれば好運そのものですが、反対の側からすれば、わざわざ投票に出かけた2%の有権者は「何で、投票に行ったんだ。憲法改正が成立してしまったのは、お前たちのせいだ」と、一生恨まれることになるでしょう。しかし、その結果を覆すことはできません。

 かくして、最低投票率ルールは、投票棄権に法的な意味(効果)を与えてしまいます。本来、憲法改正に反対する意思は、棄権という手段ではなく、投票用紙に向き合って反映させることが重要であるにもかかわらず、です。

“絶対得票率”を上手く採用した、沖縄県民投票条例

 これまで見てきたように、過半数ルールに加重するとしても、最低投票率ルールを採用することはできません。採用するとすれば、「賛成投票の数が全有権者の数の○○%を超えること」という、絶対得票率のルールです。

 ここで思い出されるのは、先般の沖縄県民投票です。県民投票条例は最低投票率ルールを採用せず、10条2項で「県民投票において、本件埋立てに対する賛成の投票の数、反対の投票の数又はどちらでもないの投票の数のいずれか多い数が投票資格者の総数の4分の1に達したときは、知事はその結果を尊重しなければならない」と、絶対得票率25%ルールを採用していました。

 県民投票条例10条2項を参考に、(A)(B)について改めて、「賛成投票の数が全有権者の25%を超えること」という絶対得票率25%ルールを適用してみましょう。もちろん、過半数ルールの追加として、です。

 (A)は賛成21%で、絶対得票率25%を超えず、憲法改正は不成立になります。他方、(B)は賛成25%で、絶対得票率25%を超えるので、憲法改正は成立することになります。先の最低投票率40%ルールを適用した場合と、結論が真逆になることがお分かりいただけるでしょうか。

 25%を超える賛成投票が絶対的に必要となれば、極端に低い数で憲法改正が成立する問題は合理的にクリアできます。憲法改正の成立をめざす立場(賛成)は、過半数だけでなく、この25%を超えるべく、懸命に運動を展開することでしょう。逆に、反対の立場は、投票棄権が法的な意味をなさない中で、その賛成派の運動を上回ろうと、さらに懸命に運動を展開することでしょう。全体として、賛成・反対を合わせた投票率が向上する効果が得られるはずです。

 憲法改正の成立要件を加重する場合、最低投票率と絶対得票率のいずれを採用すべきか、単純な算数のご理解の下、迷うことなくご判断いただけるはずです。繰り返しますが、単純な算数がご理解いただけるかどうか、です。

南部義典
なんぶ よしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。現在、シンクタンク「国民投票広報機構」代表。主な著書に『図解 超早わかり18歳成人と法律』、『図解 超早わかり国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー No.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)、などがある。(2019年1月現在)