ミキ・デザキさんに聞いた:「慰安婦問題」論争の渦中へ。「いいね!」ばかりの心地いい場所から一歩を踏み出そう

ようこそ、「慰安婦問題」論争の渦中へ──。そんな挑発的なキャッチコピーを携えて、先週公開されたばかりの映画『主戦場』。日本のメディアではときにタブーのようにも扱われてきた旧日本軍の「従軍慰安婦」問題について、研究者やジャーナリスト、人権活動家、そして「慰安婦」問題の存在を否定する人たちなど、左右双方のさまざまな人たちにマイクを向け、その主張を語らせた異色のドキュメンタリーです。公開前から大きな話題を呼んできたこの映画はどのように生まれたのか。日系アメリカ人のミキ・デザキ監督にお話をうかがいました。

なぜ「慰安婦」問題に関心をもったのか

──映画『主戦場』は、旧日本軍の「従軍慰安婦」問題をめぐる論争を、さまざまな角度から検証するドキュメンタリーです。監督がこのテーマに関心をもたれたきっかけは何だったのでしょうか。

(C)NO MAN PRODUCTIONS LLC

デザキ 「慰安婦」問題については、アメリカのメディア報道などを通じてある程度の知識はもっていました。改めて関心を抱くようになったのは、かつて朝日新聞記者として「慰安婦」に関する記事を書いた植村隆さんが、いわゆる「ネトウヨ」と呼ばれるような人たちから激しいバッシングを受けているのを知ったのがきっかけです(※)。
 私も以前、ある動画をユーチューブに投稿したことで、同じようなバッシングに遭ったことがあります。英語講師として日本に住んでいたときに感じた人種差別について語る内容の動画だったのですが、「日本には差別なんてない」と反発され、個人情報をネット上にさらされるなどの攻撃を受けたのです。
 そのときの苦しかった経験と植村さんの状況が重なって見え、気になって記事などを読んでいるうちに、日本のメディアでは「慰安婦」の問題が一種のタブーのようになっていることを知りました。興味を抱いてさらに調べてみる中で、日本のメディアも韓国のメディアも、非常に偏った情報しか発信していない、なすべき仕事をなしていないのではないかと考えるようになったのです。

※かつて朝日新聞記者として〜…1991年、朝日新聞記者だった植村隆さんは、元「慰安婦」韓国人女性(後に実名で名乗り出る金学順さん)の証言をまとめた記事を執筆した。2014年、この記事を「捏造」と断じた『週刊文春』の記事をきっかけに、ネット上などで植村さんへのバッシングが勃発。植村さんの勤務先や自宅にまで脅迫電話などが来るという事態になった。

──どういうことですか。

デザキ どちらも、自分の国の立場からしかものを見ていなくて、相手国の観点を完全に欠いていると感じました。日本人や韓国人の友達とこの問題について話しているときも、やはり同じような印象を受けます。政府やメディアが、そうした偏ったメッセージばかりを発信しているからではないでしょうか。
 そういう状況にある二つの国が、互いの間にある「壁」を越える機会をつくりたい。それが、この映画をつくろうと思い立った理由です。この作品を通じて、日韓の人たちがもっと理解し合って、何らかの解決を見出し、よりよい関係をつくっていくきっかけが生まれてほしい。もちろん、とても難しいことだと分かってはいますが、そうした希望も託して制作をスタートさせたのです。

どんな言説にも、オープンに耳を傾けようと思った

──映画の中には、研究者からジャーナリスト、政治家、人権活動家まで実にさまざまな人たちが登場します。中には「慰安婦」の問題についてずっと研究されている人、元「慰安婦」の女性を支援する市民団体の人たちもいれば、タレントのケント・ギルバートさんや衆議院議員の杉田水脈さんのように、「彼女たちは売春婦に過ぎなかった」といった主張を展開する人たちもいますね。出演を依頼する際には、どのような交渉をされたのですか。

デザキ そのまま「私は大学院生で、慰安婦問題についての映画をつくっている。いろんな人たちの話を聞きたい、あなたたちに自分の意見を発表するプラットホームを提供したい」と伝えました。この問題について、私自身は何の結論も持っていない。映画の中で最終的には何らかの結論を出すつもりではいるけれど、現状では白紙だ。だからこそここにいるんだ、とも話しました。
 それは、自分の正直な思いを伝えたつもりです。この問題に興味を抱いてさまざまな本などを読みはじめたとき、心がけていたのは「どんな言い分に対してもオープンでいよう」ということでした。もちろん、「慰安婦は性奴隷だった」と言われていること、強制連行があったとされていることなどは知っていましたが、それを否定するような言説に対しても、頭から拒否するのではなく、まずはオープンに耳を傾けようと。
 そうした考え方は、タイで僧侶になるための修行を経験したことから身に付いたものかもしれません。そこで教えられたのは、「確信を持つこと」の危険さ、常に「not sure(確信が持てない)」という姿勢でいろということでした。この映画を撮りながらも、常に自分に「not sure」と言い聞かせていたような気がします。
 本来は、何についてもsureであったほうが人は安心できるし心地いい。特に映画をつくる上では、自分なりの結論を訴える必要があるわけですから、not sureで居続けようとするのは非常に難しいことではありましたが……。

──それは、映画をつくり終えた今も、ですか?

デザキ もちろん、ある程度の結論は自分の中で出ています。特に、国際法的な観点から見た場合の結論は明らかだと思う。
 ただ、自分の考えに対してもどこかnot sureという気持ちは持ち続けたいと思うし、最初から何らかの結論を持って映画をつくりはじめたわけではないということ、オープンな気持ちで撮影に挑んでいたということは、映画を見る人にも伝わればいいなと思っています。

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正面から、噛み合った議論の場をつくりたかった

──映画では「強制連行」「人数」「性奴隷」といったいくつものテーマに沿って、左右双方の意見が次々に飛び交い、ぶつかり合っていきます。挟み込まれるニュース映像などとともにそれを見ているうちに、それぞれの意見の納得できるところ、おかしいところ、説得力の有無などがくっきりと浮かび上がってくる。ある映画評では、「言葉と論理の知的ボクシングを見ているよう」とありましたが、ああいった構成にしようというのは最初から考えていたのですか?

デザキ 早い時期から意識していました。というのは、それまでいろんな場で「慰安婦」問題に関する意見がやりとりされているのを見ていて、議論があまりに噛み合っていないと感じていたからです。
 その大きな原因は、左派のほうにあったように思います。「慰安婦」問題を否定しようとする人たちが「慰安婦の強制連行を証明する資料なんてないじゃないか」と言ったときに、左派の中には「元慰安婦の人たちの証言を聞けば、そんな問題ではないことが分かる」といった答え方をする人が少なくありません。実際には右派が求めているその「資料」がないわけではないのに、それを分かりやすく示そうとしないことが多いのです。
 もちろん、元「慰安婦」の女性たちの証言は重要だし、それを大事にしようとするのは理解できるのですが、それが「質問にちゃんと答えていないじゃないか」という不満や、「ごまかされている」という右派の不信感を生むことにもなった。今の日本で歴史修正主義の言説が広がっているのも、それが一つの理由ではないでしょうか。
 ボクシングのたとえを使うならば、右派がボクシングのパンチを放っているのに、左派は柔道で対抗しようとしているようなものです。私はそこをきちんと向き合わせて、かみあった議論の場をつくりたかった。そうしない限り、右派は「アンフェアだ」と言い続け、不満を抱き続けるでしょう。
 
──ボクシングなら、同じボクシングで対決する場を、ということですね。

デザキ だから、インタビューの際の質問もそのねらいに沿って組み立てていきました。右派・左派どちらの立場の人に対しても、「私はこう思うのですが…」ではなく、「反対派がこう言っていますが、この意見についてはどう思いますか」という聞き方をしていったんです。
 ただ、やはり左派の人たちは、研究者も活動家も、なかなか証言以外のことについて語ろうとしない傾向があって。繰り返し「この質問に対して、具体的に資料を示して答えてほしい」と頼む必要がありました。そうした工夫の積み重ねで、両サイドの人たちが、スクリーンを通じて対話しているような感じを出すことができたのではないかと思っています。

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どちらの立場に共感する人にも、違う意見に耳を傾けてもらいたい

──見ながら驚かされたのは、出てくる人たち、特にいわゆる右派の人たちが非常に率直に、饒舌に持論を語っていることです。「慰安婦問題は捏造だ」といった歴史修正主義の言説に加え、人種差別・女性差別的な発言もいくつも飛び出しますが、それをカメラの前で語ることへのためらいや警戒心は感じられなかったのでしょうか。

デザキ ほとんどなかったと思います。皆さん、私に対してもとても親切でフレンドリーで、こちらが戸惑うほどでしたね。
 それにはいくつか理由があると思うのですが、まずグレンデール市(※)の人たちなどアメリカ在住者については、トランプ政権下で生まれた「空気」の影響もあるのではないでしょうか。トランプ大統領誕生以降のアメリカには「とにかく何を言ってもいいんだ」という雰囲気があるように思います。
 そしてもう一つ、これは日米を問わずですが、歴史修正主義を唱える人たちは、いつもは自分と同じ意見の人たちの間でだけ話をしていて、直接反論を受けることがほとんどない。だから、自分たちの言っていることがそれほど奇妙に聞こえるとは思っていないのかもしれません。
 また、私もインタビューに際しては、一貫して「意見を聞きたい」という姿勢で臨みました。誰の言うことに対しても反論したり、話を遮ったりすることは基本的にせず、自由に語ってもらった。それが「ここでなら話せる」という雰囲気をつくったのではないかと思います。

※グレンデール市…アメリカ・カリフォルニア州、ロサンゼルス近郊の都市。2013年、市内の公園に日本軍「慰安婦」の姿をモチーフとした「平和の少女像」が建立された。『主戦場』の中では、その撤去などを求める在米日本人らの発言も紹介されている。

──映画の完成後、出演されている方たちからの、映画を見ての反応はありましたか。

デザキ 配給会社から全員にマスコミや関係者向け試写会の案内は出してもらっていて、ケント・ギルバートさんが見に来てくれたと聞きました。その場では「少なくとも私の発言がゆがめられたり、文脈を無視して一部を切り取られたりはしていない」「勉強にはなるんじゃないか」と言われていたそうです。「後半部分は気に入らない」とも言っていたそうですが、どの意見に対しても「フェアに扱った」ことは認めてくれたのではないかと思いました。左右どちらの立場に共感する人も、この映画を通じて何かを学んで、新しいことを知ってもらいたいと思っていたので、その意味で希望も感じました。

──予告編などを見て「どんな映画なんだろう?」と気になっている人は多いと思います。その方たちへのメッセージはありますか。

デザキ とにかく、まずは見てみてほしい。今は、自分と違う意見の人とはあまり触れあわない、自分の意見に賛同してくれる人とばかりつながるということが多い時代です。ソーシャルメディアはまさにそういうふうにデザインされていて、「いいね」や「シェア」を求めて記事をUPすることはあっても、意見が分かれて議論になるような内容を載せることはみんな恐れますよね。
 でも、実際に話を聞いてみないと知ることができないことはたくさんあります。自分と同じ意見にばかり耳を傾けているのはたしかに心地いいけれど、その「居心地のいい場所」から一歩踏み出してみてほしい。それこそが「Come to the battleground」(主戦場へようこそ)です。

(取材・構成/仲藤里美 取材写真/マガジン9)


『主戦場』
東京・シアターイメージフォーラムにて公開中。ほか全国順次公開
公式ウェブサイト
http://www.shusenjo.jp/

ミキ・デザキ ドキュメンタリー映像作家、YouTuber。1983年、アメリカ・フロリダ州生まれの日系アメリカ人2世。ミネソタ大学ツイン・シティーズ校で医大予科生として生理学専攻で学位を取得後、2007年にJETプログラムのALT(外国人英語等教育補助員)として来日し、山梨県と沖縄県の中高等学校で5年間教鞭を執る。同時にYouTuber「Medama Sensei」として、コメディビデオや日本、アメリカの差別問題をテーマに映像作品を数多く制作、公開。タイで仏教僧となるための修行の後、15年に再来日。上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科修士課程を18年に修了。初映画監督作品である本作『主戦場』は、釜山国際映画祭2018ドキュメンタリー・コンペティション部門の正式招待を受ける。