第72回:NHKって何だ?(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 ぼくは「マスゴミ」という言葉を(やむを得ず他人の文章を引用するときは別だが)、自分の書くものの中で使ったことはない。友人知己の中には、たくさんの尊敬すべきマスメディアの方たちがいて、それぞれの組織の中で頑張っているのを知っているからだ。そんな記者や編集者たちを十把一絡げにして「マスゴミ」などとは呼べるはずもない。
 だが、そんなぼくでさえ、今回は思わず「このマスゴミめ!」と吐き捨ててしまいそうになった。
 5月3日午後7時の「NHKニュース」である。

大集会の様子を報じないNHK

 3日、ぼくは所用があって、残念ながら東京・有明で開かれた「5・3憲法集会」には参加できなかった。
 毎年、参加していたので、今年も気にはなっていた。だから、スマホで集会の様子をチェックしていた。もっと詳しく様子を知りたかったので、所用をすませて帰宅してから7時の「NHKニュース」にチャンネルを合わせた。そして、驚愕したのだ!
 ぼくはそのとき、思わずこんなツイートをしていた。

NHK7時のニュースを見たか! 憲法集会の扱いのひどさ。参加者の姿をまったく映さない。あまりのことに、ぼくは息を飲んだ。改憲派と護憲派の巨大な差を伝えたくなかったからに違いないが、あまりに露骨。はっきり言う。NHKよ、恥を知れ!

 怒りのあまり、文章が分かりにくかったかもしれないが、このツイートには共感者がものすごく多かったようで、数時間後にはインプレッションが15万を超えていた(5日には、30万を突破していた)。
 さて、この件に関しては少々の説明が必要だろう。こういうことだ。
 この時間のNHKニュースは、まず連休中の交通渋滞の情報を延々と流し、そのあとで皇室関連や令和についてのニュースが続いた。
 「憲法」関連のニュースは(5月3日は憲法記念日なのだぞ!)ずっとあとの項目だった。
 “憲法の重さ”についてのNHKの判断がその程度だというのなら、それはそれで仕方がない。だが、その伝え方が大問題なのだ。
 ニュースでは、まず改憲派の集会に触れ、安倍首相の改憲を訴えるビデオメッセージを長々と取り上げ、続いて公明党、維新、希望の党などの議員のあいさつを詳しく報じた。そのあとで護憲派の集会での立憲、国民、共産、社民議員らのあいさつが流された。
 問題はそこからだ。集会の様子には一切触れなかったのだ。つまり、集まった人たちの映像は一切なし! 感動的だった永田浩三武蔵大学教授(元NHKプロデューサー)のアピールなども完全無視。これはいったい、どういうことなのか?
 調べると、護憲派の集会には参加者6万5000人、改憲派の集会の参加者は1100人(いずれも主催者発表)。つまり、NHKはこれを伝えたくなかったのだと思うしかない。そのため、公平中立をよそおって、護憲派のみならず改憲派の集会の参加者の様子にもまったく触れなかった。護憲派の巨大な広場を埋め尽くした人の波の動画を流したくないのであれば、改憲派の集会の様子も流すわけにはいかない…というリクツなのだろう。
 なんという姑息! なんという愚か!
 NHKよ、そこまで堕ちたか、と嘆息するしかない。

“安倍忖度”も度が過ぎる

 現在の日本で、6万人以上の参加者がある集会など、沖縄を除いてはほとんど見かけることがない。つまり、それほどの大きな訴えだったのだ。それを完全に無視しようとして、バカげた番組を作り上げてしまったのが、このNHKニュースだったのである。
 護憲派6万5000人、改憲派1100人。安倍首相に不気味なほどすり寄るNHKニュースにとっては、この圧倒的な差を映像で見せることは、やってはいけない編集だったのだ。これはぼくの妄想ではないだろう。最近のNHKニュースを見ていれば、これこそが真実に違いない。
 他国での数千人規模のデモなどはわりと詳しく報じるのに、日本国内での数万人の巨大なデモンストレーションにはまったく触れない。まともに考えればその異様さが分かるだろう。
 映像の持つ力は大きい。
 「安倍改憲」には、さまざまな調査では有権者のほぼ6割以上が反対している。その確実な映像化が、今回の両派の集会の圧倒的な参加者数の差だった。“安倍忖度ニュース”としては、それを視聴者に視覚的に見せるわけにはいかなかったのだ。
 ともかく、NHKの“安倍忖度”は、度が過ぎている!

煽動報道の旗振り役

 「NHKニュースがひどい」という批判はよく聞く。だが、これほどロコツに映像を操作するのが日常になってしまっているのであれば、もはやそれはニュースの名に値しない。ほんとうに「政府広報」と名を変えたほうがいい。
 巨大メディアであるNHKが、この先、安倍改憲が議論になったときに、どんなひどい放送を始めるのか自明だろう。
 そんなNHKが、まるで“税金”のように、強制的に視聴料を徴収する。ふざけんな!と怒鳴りたくなる。

 改元、退位、即位…と続いた最近の天皇関連のニュース。
 この「令和」の凄まじい熱狂報道は、ほとんど常軌を逸していたとしか思えなかった。戦前の戦争に至る煽動報道と、どこか共通するような気がして仕方なかった。しかも困ったことに、この熱狂の先頭に立って旗を振ったのは、NHKではなかったか。

 戦時中の国民標語に「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」というひどいのがあった。
 現在の日本を考える。国民の可処分所得が低下し、困窮世帯が激増しているというのに、不要とも思われる超高額な米製兵器を際限なく購入する安倍政権。生活苦にあえぐ人たちには「その賃金で我慢して生活せよ」というに等しい。まさに、困っている人へ「工夫が足りぬお前が悪い」と言い放っているのと同じではないか。
 NHKを先頭とするマスメディアは、そんなアベノミクスへの批判を忘れたみたいだ。

「令和騒動」と呼ばれるかもしれない

 「平成最後の…」「令和最初の…」というフレーズが、いったいどのくらい飛び交ったことだろう。
 スポーツニュースを見ていても、それはひどかった。「平成最後のホームラン」や「令和最初のホームラン」に至っては、ぼくは呆れてしまった。「平成最後のホームラン」と「令和最初のホームラン」にどんな違いがあるのか。ホームランは、それ自体は平成であろうと令和であろうと1点であることには違いはない。それとも、令和最初のホームランには、特典として10点がおまけされるとでもいうのか? バカバカしい!

 ツイッターにも書いたけれど、この大騒ぎは、後世の歴史書では「令和騒動」とでも名付けられるのかもしれない。
 あの江戸末期の「ええじゃないか騒動」にも似ていて……。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。