第485回:『つみびと』から、大阪二児置き去り死事件を思う。の巻(雨宮処凛)

 痛ましい児童虐待の事件が続いている。

 昨年、目黒で命を奪われた5歳の結愛ちゃん。そして今年、千葉県野田市で虐待の末亡くなった10歳の心愛ちゃん。また、最近も札幌で2歳の女の子が衰弱死し、母親と交際相手の男が逮捕されている。女の子の体重は、2歳児の平均を大きく下回っていたという。

 年間の虐待件数は13万件を超え、そのうち、死亡したのは49人。主たる加害者でもっとも多いのは実母で、全体の61%を占めているという。

 そんな児童虐待について考える時、必ずと言っていいほど思い出すのはあの事件だ。

 2010年夏、大阪のマンションに子ども二人を置き去りにして死なせたシングルマザーが逮捕された事件。クーラーもつけない部屋で、飢えと渇きの果てに幼い子ども二人が亡くなったというあまりにも痛ましい事件。日本中の人々が胸を痛め、そうして母親・A子が猛烈なバッシングに晒された。風俗店で働いていたことやホスト通いなどがことさらに強調され、「鬼母」などと騒がれた。

 そんな喧騒を見ながら、思っていた。もちろん、A子のしたことは絶対に許されることではない。しかし、なぜ、彼女「だけ」がこれほどに責められるのだろうと。元夫や彼女の周りにいた大人たちはなぜこれほどに免責されるのだろうと。

 この事件でもっとも疑問に思うのは、なぜ、二人の幼い子の命が、未熟すぎる母・A子に預けられたのかということだ。なぜ、周りの大人たちはそれでよしとしたのか。なぜ、ほとんど働いたこともない20代前半の彼女が、養育費をもらわず、誰のサポートもなく3歳と1歳の子どもと自身の生活費を稼ぎながら子育てができると思ったのか――。

 離婚の原因は、彼女の浮気だった。そのことにおいて、彼女に責められるべきことはあっただろう。しかし、それと「子どもの安全」はまったくの別問題である。彼女はまるで厄介払いでもされるように、子どもとともに家を出された。

 夫とその親にしてみれば、「結局は自分の実家に泣きつくだろう」という思いがあったのかもしれない。が、A子に頼れる親はいなかった。だからこそ彼女はすぐに現金を得られる仕事として、水商売、風俗に流れていく。しかし、危機はすぐに訪れる。子どもが熱を出してしまったのだ。連絡したのは、熱血漢のラグビー指導者として知られる父親。この父親は、「子どもがインフルエンザかもしれないので面倒をみてほしい」と助けを求めた娘に、「急に言われても仕事もあるし」と断っている。

 のちにそのことを父親は裁判で、「急なことを言ってきて無理だ。勝手なことを言うな、という気持ちがあった」と語っている。また、そうやって突き放すことで娘が成長するのでは、というようなことも別の場で語っている。典型的な「根性論」が、孫の命を奪うことにつながってしまった。彼女は父親の態度によって「誰も助けてくれない」という思いを募らせていったからだ。

 一方で、A子が子どもの頃に家を出ていった母親は精神的に不安定で、頼れるような状況ではなかったという。

 事件について詳しく取材した『ルポ 虐待 大阪二児置き去り死事件』(杉山春/ちくま新書)によると、離婚するまでのA子は、びっくりするほど真面目に子育てをしていたという。が、自身の浮気からあっさりと離婚が決まってしまう。話し合いの場には夫、夫の両親と自身の父親、父親の交際相手がいて、彼女が一人で子どもを育てることが決まってしまう。

 彼女は裁判で、その場で「私には育てられない」と言ったと述べている。「今までもきちんと働いたことがないし、皆の協力があったからやってこれたことはわかっていた」からだ。しかし、「母親から引き離すことはできない」と言われたという。その場にいた皆から言われた気がしたそうだ。

 「育てられないということは、母親として言ってはいけないことだと思い直しました。自分はひどいことを言ったのだと思いました」

 この瞬間、幼い二人の運命が、ほぼ決まった。そうして放り出された若い母親と二人の子ども。彼女は、以下のような誓約書を書かされている。

・子どもは責任をもって育てます。
・借金はしっかり返していきます。
・自分のことは我慢してでも子どもに不自由な思いはさせません。
・家族には甘えません。
・しっかり働きます。
・逃げません。
・うそはつきません。
・夜の仕事はしません。
・連絡はいつでもとれるようにします

 こうして、すべての退路が断たれた。それから1年と少し。二人の子どもは変わり果てた姿で発見される。

 親子3人が半年間住んでいた部屋は、越してきて以来、一度もゴミ出しをしていない状態だったという。彼女の心は、子どもを置き去りにするずっと前から、もう修復できないほどに壊れていたのかもしれない。

 ここまで大阪の事件について書いてきたのには理由がある。

 それは小説『つみびと』を読んだからだ。著者は、山田詠美氏。山田詠美氏がこの事件をモチーフにして小説を書くことを意外に思ったのは私だけではないはずだ。「灼熱の夏、彼女はなぜ幼な子を置き去りにしたのか」。帯にそんな言葉が躍る本書のページを開いたが最後、ほとんど一気読みした。読み進めるのはあまりにも苦しかったけれど、どうにも止まらなかった。

 小説は、それぞれの視点から進んでいく。若いシングルマザーの蓮音。その母親の琴音。そして置き去りにされる「小さき者たち」。

 小さき者たちは、母親が大好きだ。だけど小さき者たちから見える母親は、いつもいろいろな人たちに怒られ、なじられている。そんな時、母親はいつも「毛を逆立てた猫のように」なり、その場を去ることしかできない。その後一人で泣き、時には「ふざげんな」と毒づき、そして時には、「駄目だなあ、私の人生」と呟く。

 そんな母が外出したきりの期間がどんどん延びていく経過が、小説では丁寧に描かれる。置いていく食事も、お菓子などだんだん腐りにくいものになっていく。母親は子どもたちと一緒に食事をとることも、一緒に風呂に入ることもなくなっていく。やっと戻ったと思っても、着替えだけをバッグにつめて慌ただしく出ていってしまう。

 「私、何やってんだ…ほんと、何やってんだよ。もう! でも、もうどうにもならない…もう、どうにもなんないんだよ…」と言いながら。

 小説には、蓮音の母・琴音の生育歴も細かく描かれる。なぜ、母親は娘・蓮音を捨てたのか。その背景を見ていくと、母親も大きな心の傷を抱えていることがわかる。

 もちろん、どんな背景があろうとも、子どもを置き去りにすることは許されることではない。しかし、琴音を、蓮音を、そしてA子をここまで孤立させたものはなんなのか。

 A子は裁判で、「区役所に連絡を取る等、誰かに助けてもらおうとは思いませんでしたか」と問われ、答えている。

 「思いませんでした。誰も助けてくれないと思っていました。助けてくれそうな人は、思いつきませんでした」

 が、A子は一度、泣きながら役所に電話をかけている。大阪に行く前、名古屋で働いていた頃だ。「子どもの面倒が見られないから預かってほしい」。そんな申し出だったが、すでに担当者は帰ったあと。A子には児童相談所の電話番号が伝えられ、そこに電話すると「今までつらかったね、しんどい気持ちはわかります。一度来てください」と言われたそうだ。が、具体的な来所日時の指定や段取りについての話はなかった。これを受け、A子は「やっぱり誰も助けてくれないのかなと思いました」と裁判で語っている。児相側によると、その後、何度か携帯の留守電にメッセージを入れたそうだ。しかし、A子が電話を折り返すことはなかった。

 『ルポ 虐待』によると、事件が発覚した後、名古屋市では事例検証委員会が設けられている。委員会は職員全体の危機意識の向上などを示したが、現場の職員は困惑気味にこう言ったという。

 「でもそれは、時間的にも体制的にも難しい。予算が充実しないと。私たちは通常業務で精一杯なんです」

 予算がない。人手がない。

 この手の話になるたびに、幾度この言葉を聞いてきただろうか。少なくとも私は、貧困問題にかかわり始めた13年前からずーっと耳にしている。それなのに、予算や人手が少しでも増えたなんて話はとんと聞かない。虐待件数はこれほど増加し続け、社会の関心もこれほど高まっているというのに。なぜ、ここに大胆に予算が使われず、戦闘機に手軽に一兆円が使われてしまうのだろう。

 そんなことを考えてふと思うのは、現政権の姿勢についてだ。ことあるごとに「家族の大切さ」を強調するわけだが、そもそも彼らの中では「虐待事件を起こしたりする人々」は、最初から「国民」にカウントされていないのではないだろうか?

 はからずも、池袋の高齢ドライバー(元官僚)による無残な事故を受け「上級国民」という言葉が話題となっている。

 それを思うと、現政権が「家族」という時の家族は、限りなく上級国民に近いもののように思えてくる。形態は経済成長時代に「標準世帯」とされた、正社員の夫と専業主婦の妻、子ども二人みたいなモデル家族。もちろんその夫婦では別姓など論外だし、妻の浮気など起こり得ないし、子供は絶対にひきこもらないし、親による子の虐待なんて起こりえない、というような。しかし、現実には様々な困難がある。そしてそのためにこそ、政治は存在するわけである。が、現政権の、虐待や貧困に極端に冷淡な姿勢を見ていると、そもそもそういう人はあらかじめ「国民」にカウントされていない気がして仕方ないのだ。

 例えば、13年には「子どもの貧困対策法」が成立したが、同時期からずーっと続いているのは生活保護基準の削減で、それは「子どものいる世帯」にもっとも大きな打撃を与えるものなのである。そういった現実を見るにつけ、「子どもの貧困対策法」の対象に、生活保護世帯の子どもはカウントされていないのだな、と思う。

 また、現政権の特徴として、「母性」を強調するところを指摘する人も多い。例えば18年、萩生田幹事長代行は、「0〜3歳児の赤ちゃんに、『パパとママ、どっちが好きか』と聞けば、どう考えたって『ママがいい』と答えるに決まっている」「『男も育児だ』とか言っても、子どもにとっては迷惑な話かもしれない」と語っている。萩生田氏だけでなく、現政権には母性神話への信奉が色濃く見られ、また第二次安倍政権が始まった頃には「3年抱っこし放題」が打ち出され、「今の時代に子育ては母が基本って、どんだけ時代を逆戻りさせるんだよ」と失笑を買いもした。

 が、このような言説を笑い飛ばせる人は強いのかもしれない。

 「母親たるもの、母性さえあればどんな困難でも乗り越えられる」という呪いは、時に女性の口を塞いでしまう。置き去り死事件は、A子が「いい母親」であろうとこだわりすぎたことがひとつの原因と言われている。彼女が信じる「いい母親」でいることが、彼女のかなりの部分を支えていた。「母親たるもの、こうでなければならない」というプレッシャーにがんじがらめになっていた。そして「いい母親」でいられなくなった瞬間、彼女はあっという間に壊れていったのだ。

 しかし、その前に「母親」から「降りる」ことができれば、子どもたちは死なずに済んだように思うのだ。が、現政権は、決してそれを許さないだろう。「母親たるもの、そんな試練に耐えられなくてなんだ」と彼女をなじるだろう。具体的に助けを求められても断るのに、その上金も出さないのに、根性論で口だけの励ましを続け、より追い詰めていくような手法を使って。まるでA子の父親のように。

 『つみびと』には、蓮音の母親が以下のように思う描写がある。彼女自身、過去に子どもを置き去りにして家を出た過去を持つ。

 「私も、娘の蓮音も、自分の子を捨てた。事実だけを取り上げれば、同じ残酷で非道な行いに思われる。でも、私は、後先を考えずに逃げ出したから、子供たちを死なさずにすんだ。そして、すべてを引き受けて来た蓮音の子供たちは死んでしまった」

 大阪の二児置き去り死事件について、これまで何回書いてきただろう。

 それほどに、私はこの事件にこだわってしまう。それはどこかに「自分がそうなっていたっておかしくない」という思いがあるからだ。40代となった私は今、作家・活動家という肩書きで時に偉そうなことを言ったり書いたりしているけれど、A子と同じ年代だった頃、もし妊娠して出産していたら、彼女が落ちたのと同じ穴にはまっていたっておかしくないと思うのだ。

 A子だけでない。ネットカフェで出産した、死産したその子をコインロッカーに入れていたら逮捕された、なんてニュースを耳にするたびに、思う。私だったかもしれないと。A子が子どもを置き去りにしたのと同じ20代前半、私は自分が親や周りの大人たちから「愚か者」で「厄介者」と呆れられているのを感じていた。そんな私がもし、小さな子がいるのに浮気して離婚なんてしようものなら、もっともっと厳しい目で見られたことは容易に想像がつくのだ。存在するだけで舌打ちされ、迷惑がられ、「家・親族の恥」のように扱われれば扱われるほど、素直に助けなんて求められなかっただろう。周りがすべて「敵」にしか思えなくなるだろう。それはどれほど心細くて惨めなことだろう。

 そして同時に思うのだ。なぜ、子を孕ませた男側が責められ、罪に問われることはないのだろう、と。

 『つみびと』は、男側の罪についても触れられている。

 あの事件から、来年でちょうど10年。

 今年も灼熱の夏がやってくる。

 夏になるたびに、私はあの子どもたちを思い出すだろう。

雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。