第486回:6月11日、3度目のフラワーデモ。の巻(雨宮処凛)

 「私は16歳の時に、集団レイプの被害に遭いました。それはその後の私の人生を大きく変えました。進学することもできなくなり、その後2年ほどは乖離状態になって、自分がどんなふうに過ごしてきたか、はっきり思い出すこともできません。被害を打ち明けても『忘れた方がいい』と言われ、私にも悪いところがあったのではないか、忘れるしかないと思ってきました。そうしなければ生きてこられませんでした。
 でも、忘れることなんてできるわけありません。人にも社会にも何も希望を見出すことができず、あの時殺されていればよかったとリストカットや自殺未遂を繰り返した時期もありました。そして数えきれないほどの二次被害を受けました。でも、私はサバイブしなから生き延びました。そして今日、ここに来ることができました」

 性暴力被害者と支援者からなる「スプリング」の女性が自身の体験を読み上げると、大きな拍手が上がった。6月11日。この日開催されたのは、3回目のフラワーデモ。メイン会場は福岡だったが、東京、大阪、札幌、仙台、名古屋、神戸、山口・下関、鹿児島でも開催された。全国で9カ所だ。

 東京駅の行幸通りで開かれたデモには、花を手にした人々が約300人集まった。そうして次々と、自身の経験を語った。

 民事訴訟中という女性もマイクを握った。札幌出身の彼女は、15歳から19歳まで、中学の教師から性被害を受けていたという。その相手を提訴しているのだ。

 「その時は、男の人と付き合ったこともないし、性的なことも全然わからなくて、子どもは親とか先生の言うことを信じてしまうので、その教員の言うことを信じてしまって、長い間、被害がわかりませんでした」

 そして驚くべきことに、その教員は今も学校にいるのだという。彼女は教育委員会にも訴え、被害の証拠となるものも出しているのに。しかし、教育委員会は「本人が否認しているからわからない」として、懲戒処分などは下されていない。

 「私は仕返しがしたいわけではなくて、今、学校に行ってる子どもだとかこれから行く子ども、保護者の安全や信用を考えると、ふさわしくないと思うから言っているんです」

 生徒に加害し続けた教員が今も何食わぬ顔で現場にいるなんて、「ふさわしくない」どころの話ではなく、悪夢だ。が、現場の対応はこのように遅々として進まない。これでは「性暴力をしたもん勝ち」ではないのか。

 11歳で性暴力の被害を受けたという女性も体験を話した。被害はもちろん辛かったが、その後、警察にいろいろ聞かれたことも、学校で噂になったことも辛かったという。が、もっとも辛かったのは、「それから少女漫画と少女雑誌がダメになっちゃった」こと。なぜなら、「ローティーン、ハイティーン向けのコンテンツって、『初めての〇〇体験』みたいなのが多い」から。初めてのキス。彼氏との初体験。それは多くの場合、ドキドキワクワクのトキメキストーリーとして描かれる。が、そういうものを一切受け付けなくなってしまったのだ。少女にとって、それはどれほどの喪失だろう。それだけではない。友達の「コイバナ」を耳にすることも辛い。

 「みんなが楽しそうに話すのに、自分だけ混ざれなくてしんどくて。そういうのに興味ない変わった子として振る舞うしかなくて」

 話を聞いていて、十代の頃を思い出した。彼女のような少女は私の周りにもいた。みんなが恋愛や性的なことに好奇心いっぱいの頃、その手の話で盛り上がるとスッと姿を消した子。絶対に会話に入らなかった子。その時は、恥ずかしいのだと思っていた。だけどもしかしたら、そういう理由ではなかったのかもしれない。一人で必死にフラッシュバックと戦っていたのかもしれない。

 この日、印象的だったのは、出版社で働く女性など、メディアに属する人々が多くマイクを握ったことだ。記者をしているという女性も、大学生の頃、信頼している先生にレイプされたことを涙ながらに話した。

 その時はショックで、だけど「自分が悪い」と忘れることにしたという。しかし、記者になって十年近く経って、刑法改正の検討が始まる。それに伴い、性暴力の取材を担当することになった。性暴力被害者の書いた本などを読み、「自分が受けたのは性暴力だったんだ」と気づき、涙が止まらなかったという。

 今も性暴力の取材に行く時は、直前まで怖いという。フラッシュバックもあるという。しかし、行くたびにそこにはあたたかな連帯がある。

 「同じように傷ついて、踏みにじられて、でも頑張って生きている人の声を聞いて、生きていてよかったなって、死なないでよかったなって、すごく励まされるんです。結婚した時よりも、子どもが生まれた時よりも、こうやってみんなで#MeToo、#WithYouって言う時が、一番自分が肯定される気がします」

 絞り出すように、嗚咽とともに語った彼女は、話を終えるとそばにいた女性と抱き合って号泣した。その姿に、みんな涙を流していた。私も泣いた。

 前回のフラワーデモに来た帰り、痴漢に遭った話をした女性もいた。親族などからの性被害の実態に触れた女性もいた。被害を口にできるまで、30年かかったという女性もいた。

 また、#KuTooを訴える石川優実さんもマイクを握った。職場でのパンプスの強制は性差別やハラスメントにあたり、禁止する法規制を作ることを求めるネット署名を厚労省に提出し、国会内で集会をしてきた帰りに寄ったのだという。

 途中で雨が降ってきたけれど、話したい人は後をたたず、午後7時に始まったフラワーデモは9時半頃まで続いた。2時間半だ。それだけ、私たちには語りたいことがある。言葉にすることで、みんなでシェアすることで、癒される場所がある。

 話を聞く人の輪の中には、国会議員の姿もあった。この日、他の8カ所ではどんな話がされ、どんな出会いがあったのだろう。どんどん広がっていくフラワーデモ。それが今、現実を変えつつある。性犯罪に関する刑法改正の署名や#KuTooに多くの賛同者が集まり、実際に政治に力を持ち始めている。無視できない動きになりつつある。これまで押さえ込まれていた女性たちの声が、怒りが噴出してきたのだ。

 声を上げることで、批判されることもあるかもしれない。だけどあの場に行けば仲間がたくさんいるんだと思うと、全然怖くない自分がいる。

スピーチに耳を傾ける参加者のみなさん

雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。