第84回:「日韓“摩擦”」の現地報告(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 8月4日から4日間、韓国ソウルへ行ってきた。少し遅くなってしまったけれど、その報告です。
 実はある国際会議へ、ぼくも協力している市民ネットTV局「デモクラシータイムス」に参加要請があり、山田厚史さんとぼくが、とりあえず「デモタイ」同人を代表していくことになった、というわけ。

あちゃー、パスポートがない!

 さて、準備に取り掛かったら、なんとパスポートがない! 会社を辞めてもう10年以上も経っている。仕事上でイヤになるほど海外へ出かけていたので、別にもう、外国なんかへは行きたくなかったからだ。
 そこで、今回の韓国行きのために、新たにパスポート取得ということになった。むかしのパスポートを引っ張りだしたら、4冊もあった。古いのは、長髪、アゴひげ、薄いサングラス。むかしはこんなカッコウでよくパスポートが取れたものだ、と妙な感心。
 最近は、旅といえば、沖縄を除けば飛行機はまったく使わず、ほとんど車。東北をほぼ回ったし、長野や岐阜、静岡、名古屋あたりまで、ノンビリ車を走らせる。だいたいカミさんと一緒。今度はどこへ行こうかね?

「デモクラシータイムス」って何?

 さて「デモタイ」とは、むろん「デモクラシータイムス」の略称で、10人ほどの同人が身銭を切って始めた市民ネットTV局。
 かつて、朝日ニュースターというCSテレビ局でオンエアされていた『愛川欽也のパックイン・ジャーナル』という番組の出演者たちが、愛川さんの衣鉢を継ぐ、という形で始めたもので、YouTubeで無料視聴できる。もしお時間があれば、ぜひこちらも視聴していただきたい。
 ネット上では、いわゆるネット右翼系が幅を利かせているけれど、リベラル系のネットTVとして、じわじわとチャンネル登録者数を伸ばしているのがこのデモタイだ。登録者数はすでに1万8500人を超えている。
 そのデモタイで『山田厚史の闇と死角・現地報告、「日韓摩擦」』という番組を作ったので、そちらを見ていただければ、ぼくらの韓国現地での小さな取材と感想が分かってもらえると思う。国際会議の合間を縫って、ぼくら二人はさまざまなところへ出かけた。
 ここに記すのは、ぼくの取材ノートの断片である。

ぼくの取材ノートから

1. 夕方、明洞へ出かけた
 ソウルに着いたのは夕刻だったので、ともかくメシ。というわけで、ソウル一の繁華街・明洞(ミョンドン)へ出かけた。
 なにしろ、日本の外務省までが渡航への「注意喚起」をしているという韓国である。ぼくも山田さんも、そんなことはまったく信じちゃいないが、とりあえず新宿と原宿を混ぜ合わせたような街をブラブラ。
 あまり外国へ来たという感じがしない。オッサンふたりが、原宿竹下通りへ紛れ込んじゃった…てな感じ。そのうち腹も減るし、韓国なら焼肉だ!というわけで、適当に選んだ店へ。
 これが実に美味かった。ほんとうに適当に入った店だから名前も憶えちゃいないが、美味かったことだけは確かだ。
 それにとても愛想がいい。帰りがけ、店の女主人らしき人が、ちょっとたどたどしい日本語で「今度来たときは、これを見せてください。10%割引です」と「VIPカード」なるものをくれた。

2. 日本製品、不買運動の現実
 ソウルでは、反日運動が高まり「日本製品の不買運動」が行われている、という話を聞いた。不買を呼びかける旗が、街の通りに掲げられているともいう。けれど、目を皿にしても、それらしき旗は見つからない。
 よく聞いてみると、600本ほどの旗が用意されて一旦は掲げられたらしいが、市民の反発が強く、3時間ほどで中止に追い込まれたという。旗を用意したのが行政側、中止させたのが市民側、というわけだ。繁華街は観光で潤っている部分も大きい。そこで不買運動などやれば、観光に支障が出るではないか、というのが市民側の意見。
 このあたり、市民が行政を動かすというのは、日本とかなり違う。羨ましいと思った。

3.「少女像」の前で
 夕方の7時過ぎあたりから、日本大使館前に設置された慰安婦を象徴する「少女像」の前で、「反日デモ」が行われると聞いたので、翌日、出かけてみた。でもこちらの聞き間違い。デモは毎週土曜日だけだという。
 像の前は静かなものだった。青年がひとり、黙って看板のうしろに立っているだけ。とげとげしさなど微塵もない。韓国語はまったく分からないので、こちらは覚束ない英語で尋ねてみる。青年の英語もぼくと同程度。それでも、彼は「私は別に『反日』ではない。ただ、日本には歴史をきちんと学んでほしいだけだ」と言った。ぼくは頷いて握手した。
 ソウル以外からの観光客らしき人たちがチラホラ。日本語も聞こえる。日本人の中年夫婦もいたのだ。
 「なんでこんなところへ?」と聞いてみた。
 「この像を見に、わざわざ来たんですよ。きちんと見ておかなきゃね。歴史の一齣だし…」
 この夫婦、「少女像」についての賛否は言わなかったが、わざわざ来たのだ、それなりの感慨を持っていたのだろう。
 静かな夕刻だった……。

4. ハンギョレ新聞にて
 韓国ではリベラル系の論陣を張るのがハンギョレ新聞。そこで、以前に東京特派員を務めていたという記者に会いに行った。
 吉倫亨(キル・ユンヒョン)さん。日本語に不自由しないので、インタビューはスムーズに進んだ。

  • 確かに一部では「不買運動」は盛り上がっている。普通の市民としては、日本の政策に不同意の意志を示すひとつの表現として、不買運動をとらえている、という傾向はある。それにしても、ユニクロ幹部の発言は不用意に過ぎる。
  • 徴用工問題に関しては話し合うしかない。韓国企業の中にも恩恵を受けた会社は現実に存在する。
  • 慰安婦については、一部だけではあるが、安倍首相の言い分も分からないではない。文在寅大統領の対応も、こだわり過ぎという問題はある。
  • どうも、安倍首相と文大統領は、個人的にお互いを嫌いなのではないかとも思える。個人感情を政治に持ち込んではいけないが…。
  • 韓国の人たちの現在の運動は、決して「反日」ではない。プラカードにも示されているように「反安倍」なのだ。そこを見誤ってはいけない。
  • 韓国人の訪日の人数は、このところ毎年750万人に達する。それだけの人たちが訪れているのに「反日」ということはないだろう。日本人も250万人が韓国を訪れる。とくに若い層にとっては、アニメやマンガ、歌、さらに最近は文学などでの交流は際立っている。世代間で認識の違いは確かにあるかもしれないが、この傾向は変わらないと見ている。
  • 教科書での記述が、日韓の間に横たわる齟齬にも関連しているだろう。
  • このところ、政治家の不用意な発言が多すぎる。ことに、日本の河野太郎外相の「無礼でございます」発言には私も驚いた。まったく自国民しか見ていない。外交とは相手を尊重するところから始まるのではないか。あの発言は、韓国民をそうとう怒らせた。
  • 文大統領にもかなり民族主義的な発言が多い。そこが金大中元大統領などと決定的に違うところ。民族主義を煽っては、うまく政治が機能しない。来年の選挙を見据えて支持率を上げようとの考えかもしれないが、そこは自制したほうがいい。
  • 日本では「嫌韓本」「反中本」が、大きな書店の店頭でも山積みになっているが、韓国ではその手の本は見当たらない。逆に『日本会議の正体』『安倍三代』(ともに青木理・著)の翻訳本が、とても売れている。なぜ安倍首相はあんなに「反韓国的」なのかを冷静に学ぼう、という市民意識の表れなのかとも思う。
  • 1995年の日本の「村山富市首相談話」、それに「日本国憲法第9条」というふたつが大事な点。ことに9条は韓国民主化にも影響を及ぼしたし、平和憲法こそが、韓日友好の柱だと思う。
  • 「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」の中止事件はほんとうに悲しい出来事。韓国でも大きな話題になった。どうして展示を基に開かれた議論ができないのかと、残念に思う。
  • 日本文化、韓国文化を、互いの国民が問題としっかり理解できるように学んでいけば、いずれ「日韓摩擦」は解消していくはず。
  • 最後に強調しておくが、韓国民は日本が好きなのです。

 リベラル系新聞の記者としては、文大統領支持色が強いのではないかと思っていたのだが、意外なほどに文大統領には批判的であった。政治・外交がスムーズに動いていくためには批判すべきはきちんと批判する、という態度には感服した。

5. 原発事故と東京五輪
 最後に気になることがひとつ。
 それは、「東京オリンピック」について、韓国政界の一部からではあるけれどボイコットの意見が出始めているということだ。しかもその理由として「福島原発事故の処理問題」が浮上しているという。
 ぼくは行けなかったけれど、山田厚史さんが取材した東亜日報の元編集局長の沈揆先(シム・ギュソン)さんが、このことについてかなり危惧していたという。韓国では福島県や近隣地方からの農産物について、厳しい輸入制限を設けている。そのことが、東京五輪を巡って再浮上しつつある。
 安倍首相が五輪招致の際に「原発はアンダーコントロール」とぶち上げたことが、今になって問題化し始めたのだ。口は災いの元。ぼくらが韓国へ行ったときにはあまり大きな問題とは思えなかったのだが、いよいよ表面化し始めたようだ。
 東京新聞(8月2日付)には、「原発問題で日本けん制」「韓国、福島処理水の説明要求」という記事が載っていた。

 韓国外務省の権世重気候環境科学外交局長は十九日、在韓国日本大使館の西永知史行使を呼び出し、東京電力福島第一原発の放射性物質を含んだ処理水の扱いについて説明を求めた。海洋放出計画が取り沙汰されていることについて日本政府の「公式的な回答」を要求。(略)
 韓国では放射性物質による健康被害への懸念が強く、東京五輪・パラリンピックで選手に提供される食事を問題視したり日本の輸出規制強化への反発も絡んで大会ボイコットの主張も出たりしている。(略)

 ぼくらが韓国で訊いた範囲では、そんな大ごとという印象ではなかったのだが、少し調べてみると、東京湾でのトライアスロンの水泳競技場での下水による汚染問題も韓国内で知られ始めており、それへの反発も重なっているとみられる。
 だが、ことは韓国だけにとどまらない。他の参加国のアスリートたちだって、放射能汚染には大きな関心を抱くだろう。なにしろ、アスリートは自分の体がいちばん大事なのだから、危ないところには近づかないし、妙なものは食べたくないに決まっている。
 国としてボイコットという過激な態度はとらなくとも、個人的に参加を拒否するアスリートたちが出てこないとも限らない。
 安倍首相の「アンダーコントロール」発言のツケが、こんなところに出てきたのだ。

 テレビは話題になるものならなんにでも貪欲に食らいつく。今の絶好の標的は、例のあおり運転暴行のM氏。それは仕方ないとしても、こんな「日韓」の関係を、もっと冷静に取り上げてくれないものか。
 そして、オリンピックの是非も、改めて論議してもいいと思う。ぼくは「東京五輪」には最初から反対を表明して来た。でも、酷暑だけではなく、原発事故が絡んでくるとは思っていなかった…。
 安倍首相よ、~因果は巡る 歯車の~ である。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。