第497回:消費税増税に、人参の皮では勝てない理由。の巻(雨宮処凛)

 「首相官邸に人参の皮を大量に送りつけたい」

 9月23日、新宿で開催されたデモの参加者が掲げるプラカードには、そんな言葉が躍っていた。

 日本経済新聞電子版に掲載された「ニンジンの皮もおいしく!増税に勝つ食べきり術」という記事に対するレスポンスだろう。

 この日開催されたのは、「STOP消費税 暮らしを守る緊急デモ」。約1週間後に迫る10%への消費増税に「待った」を突きつけるデモだ。

 そうしてこの原稿が更新される頃、すでに消費税は10%に上がっている。

 8%から10%への増税。あなたはどう受け止めているだろうか?

 「いや、でも日本は財源ないっていうし、必要じゃない?」とか言う人が周りに一人くらいいるかと思ったが、残念ながら今回の増税を受け、私はただの一人からもそんな言葉を聞いていない。「もう、ムリ」「もっと消費したい」「台風被害者への追い打ちやめろ」。この日のデモでもそんなプラカードがあったが、デモに参加したことのない友人知人からも、「ほんとムリ」「やめてほしい」という声ばかりを聞く。

 「まだ8%になった現実にも慣れてなくて、服とか買うと8%の消費税がデカすぎて毎回びっくりするのに、また上がるなんて!」

 友人たちと集まれば、そんな話になることも多い。

 デモでは、増税に反対する様々な声も紹介された。親が入っている介護施設の利用料も上がるという声。下請けや中小企業の利益は増えていないのに増税されるなんて、という声。年金額は変わらず、物価は上がる一方で貯金もできないのに、という声。本来使うべき福祉や教育に使われていないから増税に反対、という声。

 貧困問題を取材する私にとっても、今回の増税はリアルに命にかかわると思っている。

 特に生活保護世帯は、2013年からの度重なる生活保護基準引き下げに苦しめられてきた。そのたびに食費を削り、猛暑の夏でも節約のためにエアコンを極力使わないなどして、文字通り命と健康を犠牲にするようにして耐えてきた。

 「もうこれ以上なにを削ればいいの?」

 引き下げのたびに耳にしてきた言葉だが、「今回はトドメって感じがする」という声を聞く。そして、「国から死ねって言われてる気がする」とも。

 さて、そんな消費税が1989年に導入されてから、今年で30年。

 社会保障のためにと導入され、それからどんどん税率が上がっていった消費税だが、この30年間で「あぁ、消費税払ってるおかげで社会保障が充実していろんな恩恵があって、こりゃ老後も安心だなー」と思っている人はこの国に存在するだろうか?

 残念ながら、私は出会ったことがない。その理由は簡単で、89年から14年までの消費税税収は282兆円なのに対し、同じ89年から14年までの間、法人税収は255兆円も減っているからである。大企業減税の穴埋めに使われているのである。

 14年、消費税は5%から8%に上がった。この時も「増税分は全額社会保障の充実に使う」と言っていたものの、蓋を開けてみれば社会保障に使われたのは16%。あとの82%は闇の中。それが我が国の消費税である。社会保障が充実した実感がないのも、安心感が得られないのも当たり前だ。それどころか、今年6月には「老後2000万円問題」が浮上したことは記憶に新しい。

 最近、ある勉強会で都留文科大学名誉教授・後藤道夫さんの話を聞き、衝撃的なデータを知った。それは1997年と2015年を比較して、子育て世帯の年収が97万円も下がっているというデータだ(児童のいる世帯 所得関連諸指標の推移「国民生活基礎調査」所得票調査より)。

 95年と15年の「40代男性」を比較したデータにも驚いた。

 95年は結婚していて子どもがいる40代男性は70.7%なのに、15年は51.1%。実に約20ポイントも減っているのだ。

 一方で、「口座を保有しているが、現在、残高がない」世帯も増えている。

 18年の「家計の金融行動に関する世論調査」によると、20代で残高がないのは21.8%、30代で35.3%、40代で34.0%、50代で38.5%。60代で21.9%。すべて単身世帯だ。

 また、金融資産を保有していないのは、20代は45.4%、30代は39.7%、40代は42.6%、50代で39.5%、60代で26.7%。こちらも単身世帯だ。このような残高ゼロ、貯蓄ゼロの層は第二次安倍政権以前と比較して増え続けている(18年から調査のやり方が変わったので単純比較できなくなったのが残念なところだが)。

 安倍政権は有効求人倍率の高さを自慢しているが、その求人内容を見ると、月収10万円台が6割を占めているという現実がある。今年4月、改正入管法が施行され、国は外国人労働者の本格的な受け入れに舵を切ったわけだが、このような現実を見るにつけ、日本社会は10万円台の給料で文句も言わず働く労働力だけが欲しいんだな、と遠い目になってくる。

 ちなみに国税庁によると、18年の非正規雇用の平均年収は179万円。非正規男性は236万円、非正規女性は154万円。非正規女性は月収にすると12万8000円だ。年収数億円の人と、月13万円以下の人が同じ税率で消費税を払うのである。そして問題なのは、今、非正規雇用率は4割に迫るということだ。

 そんなことを思うと、今年の夏に報道されたある事件を思い出す。

 それは、92歳の母親の遺体を車の中に放置したとして、50代の娘が逮捕された事件。

 驚いたのは、逮捕された女性が、92歳の母親と27歳の長男と3人で、1年間も軽自動車で車上生活を続けていたということである。いわば、3世代のホームレス。数日前に亡くなった母の遺体をそのまま車に放置していたことについて、娘は「会えなくなってしまうと思った」と供述しているそうだ。

 貧困率が15.6%ということは、貧困状態の人は約2000万人いるということである。その中には、いつ車上生活や路上生活になってもおかしくない人も相当数、含まれている。

 そんな層にまで、10%の消費税がかかる。

 納得できないのは、増税を決めたのは、決して人参の皮まで食べきる必要がなく、それどころか、家計を気にしながら日々スーパーで買い物をするという経験をおそらく一度もしたことがない人たちだということだ。

雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。